第三章:無能と有能
人間は全力を出せば普段出来ないような事も出来るようになる。
精神性を常に前向きにしていれば才能というどうしようもない部分を除いて成長速度は著しくなるものであり、であればこそ成功を収めた者は皆同じ言葉を口にするのだ。
前を向け、結果が悪くとも俯くな。才能が無くとも努力で補える。足りない分は他所から用意し、天才の持つ王道とは真逆の道でもって勝利せよ。
つまり、悪い結果ばかりが積み上がろうとも諦める事無く足掻けである。どれだけ悪い事実だけが積もったとしても、それでも夢を捨てきれずにいれば逆転の芽は残り続けるのだ。
それを最初の頃の自分は信じていた。嫌でも努力し、嫌悪しても殺し、反発したくなくとも自身の夢の為に兄や父の呼び声を全て無視する。
修行、鍛錬、修行、鍛錬。積み上がったモノは結果的に悪くはなかった。それを喜ぶ師匠達の方が多かったが、俺にはもう既に解っている。彼等は確かに喜びもあったのだろうが、その大部分を占めているのは安堵だ。こんな凡人が果たしてこの学園に無事入学出来るかどうか解らないと不安に思っていたからこそ、彼等は俺が無事に突破した事実に気持ちを落ち着かせたのだ。
故に、俺というのはそんなものなのである。
どれだけ努力を積み重ねたとしても、手を伸ばせる夢があっても、誰かに頼らねば勝てる道筋が出てこない。生まれて初めての勝利と言えば小型の化外くらいなもので、それは多少の技術を身に着けた者であればいくらでも殺せるような存在だった。
俺の目標とは程遠い敵。英雄となるにはどれくらいの壁があるのだろう。
そこに俺自身が辿り着かなければ、自分は誰かに頼り続ける永遠の弱者のままだ。それは決して容認していいものではない。真の目的を達成するまでは誰にも殺されて良い訳が無いのだから、強くならねば俺は俺のまま一人で歩いていけないのだ。
そう思い、考え、感情を乗せて木剣を振るう。
帰還してから早一週間。最初の三日間程度は騒がれたものの、俺達が何も話す気がないことを悟ったのか直ぐに元通りとなった。
それに伴い周りからの露骨なアプローチも減り、今では随分と馴染み辛い人間として認識されたのだ。
「二百……二百一……」
それは俺にとって考える時間と、鍛錬をする時間をくれた。
これまで通りでは絶対に駄目だと訓練内容の見直しと強化を行い、例えどれだけ辛くとも学園が閉鎖される時間までには終わらせる。当然苦しさは比較にならない程に増したが、幸いにしてあの時の激痛を思い出せば苦しさは我慢出来るようになった。
己の自己強化。これまでの状態では阿頼耶をどれだけ引き出そうとしても、元々の性能に引き摺られて出せる割合は限られていた。
自分の身体の性能次第で一割や二割の量も多くなる。最大保存量が増えれば、必然的に一割にも変化が生じるのと同じだ。英雄だって一割の出力でもこの学園の生徒が出せる最大出力を大きく上回っている。
そんな怪物に教えを請うている弟子が撤退させることしか出来ない相手。
最早それだけで今の自分には不足しているモノが多過ぎると自覚していた。阿頼耶に関しての意思力にしてもそうだ。俺ではきっと最大の出力にまでは上げられない。
理由は簡単。
俺の本音と発動している内容があまりにも違い過ぎる。本来であればまったく別の何かが出て来るだろうに、偽りの部分を本気にしているよう思い込ませている所為で不安定なままだ。
それでも勝てない訳ではないが、やはり安定性と最大出力は欲しい。対象が常軌を逸していればいる程にその部分を求める気持ちは今後大きくなってしまうだろう。
だがそれをしようとすれば、否が応でも俺は自分の本音を曝け出さねばならなくなる。
そうなれば呪いが発動して怪我を負った身体に更なる困難だ。正直な話、激戦の後に激戦が起きるようであれば生き残れる気がしない。
呪いを弾き返せるだけの何かが欲しいものだ。道具や魔法のように殆ど喪失された技術も探ってはみたが、どれもこれも俺の欲しい物とは違う。
攻撃や防御の概念は確かに必要なのだろうが、俺が欲しいのは解呪なのだ。そういう意味では、魔法や道具は俺にとって役立たずである。
『経過はどうだ?』
思考を続け、その間に別の言葉が挟まる。
明らかに俺だけにしか聞こえないその声に眉を寄せて、仁王立ちしている状態のオリオンに目を向けた。
俺の意識だけにしか存在しない所為か、彼の姿は驚く程に変わっていない。精々顔が動く程度で、服装や髪型といった目立つ部分は一切同じなのだ。
彼は正直、どう話せば良いのか解らない相手である。素の自分を曝け出せる唯一の存在であり、そしてそんな俺を嫌悪している存在だ。互いに正反対の方向を向き、意見が一致する機会など絶対に訪れないだろう。
そう確信しているからこそ、最近の俺達の間には会話が存在しない。
話す内容が無いのでは無く、話そうと思えないのだ。どうせ最後には雰囲気を悪くして終わりとなる以上視界に強制的に入ってしまうのであれば無視するしかない。
お陰で今奴は暇を持て余している。俺からすれば血涙モノだ。ハンカチがあれば噛み締めたい。
そんな奴からの突然話し掛けられるなど、もしかすれば明日には何か騒ぎが起きるかもしれないな。
内心で呟いて、本当にそうなりそうだと少し気が滅入った。呪いなど関係無く、そういう旗を立てそうだと俺は半ば勝手に彼を評価していく。
さて、話し掛けられたのならば話さねばならぬ。普段は互いに不干渉を強いたつもりなのだが、それを破ってまで踏み込んだという事は相応に重要な話題なのだろう。
オリオンが直接関わってきそうな話題など歓迎したくはない。何を話したとしても否定的な意見は持ち続けるべきだ。
普段通りだと返し、再度木剣を振るう。
質素で、しかし簡潔に全てを表現するには手っ取り早い。これが日常であるとすることで前も似たような状況であると表現する事が出来るのだから。
『ふむ……それでは成長出来まい。もっと意識を身体全体に巡らせろ。ただ素振りをするだけでは無駄な体力消耗を招くだけだ』
どうやら、彼は彼なりに俺の鍛錬について意見してくれるようだ。
余計なお世話だと思いつつも、冷静な部分は英雄の意見は参考にすべきと告げる。渋々ながらも己のフォームを意識しながら剣を振れば、再度彼の口からふむという言葉が漏れた。
彼の視線を全身に浴びながら、そのまま暫く剣を振るい続ける。軽い羞恥プレイのような状況に少しばかり心中は落ち着きを失っているが、女に見られている訳でも無し。
気にする必要など無いのだと言い聞かせ、日課と化した素振りを学園のグラウンドの隅で行う。
最初の内は何処かから嗅ぎ付けたのか見に来る者も居たが、代わり映えのしない俺の鍛錬に誰もが直ぐに飽きて去ってしまった。
そも、鍛錬とは面白い事でも何でもない。期待するだけ無駄だが、俺にパフォーマンスを見せるだけの余裕は無いのだ。
『そういえばだが、グラムという女が話した件。……貴様はどう見る』
そうして集中していれば、今度は真剣味を籠った言葉がやって来る。
内容が内容だけにまともに返す気も起きないが、それでも相手が馬鹿正直に真面目に問い掛けているのであれば答えないというのも何処か悪い気になってしまう。
だから、俺はグラムと話した時の気持ちをそのまま語った。あんな話は信ずるに値しないと。
敵が強いだけ。戦った相手は研鑽の果てにああいった強さを手に入れたのであって、何か特別な事がある訳ではない。
星座という言葉を他で聞いた事が無いのも俺の気持ちを推している。今まで読んだ本の中にもその類は存在せず、古代の単語というよりも彼女本人が作った言葉だと思う方が余程しっくりくるのだ。
どうしても信じさせたいのであれば、証拠を提示してほしい。誰もが納得するような、逃げ場など存在しない程の決定的な何かを。
それを出されるまでは、俺は信じない。まぁ出したら出したで正直彼女の家が作った物なのではないかとも考えてしまうのだが。その辺りはもうどうしようもあるまい。
『成程、貴様の意見は解った。確かにそう考えるのが妥当だろう。私としても素直に頷けるだけの判断材料が少なく、肯定させるには些か以上に準備不足を感じた』
オリオンの言葉に頷く。俺よりも余程頭の回りそうな奴の言葉だ。
彼が言うのならば、恐らくはそうなのだろう。どうでも良い部分も強い己としては、別段相手がどのような言葉を使おうとも興味は無い。
仮に真実だとしてだ。彼女の語った言葉が正しく、それが世界を震撼させるようなものだとしても、正直自分には関係は無い。俺にとっては物事を達成する為に必要な道具でしかないのだ、この阿頼耶は。
稼働するならそのまま使い続ける。稼働しないのならば、他の手段を考える。
現状は阿頼耶でしか敵を倒せないから使えなくなるのは御免被りたいのだが、元から阿頼耶自体がどんな原理で動いているのかも詳細に知っている訳ではない。
最悪はオリオンと相談する他あるまい、嫌だけど。
一先ず、その点は他所に置いても構わないだろう。考えるべきは他にある。
荷物を纏めながら、考えるのはこれからについて。取り敢えず終わった出来事を纏めるとしよう。
仕事は終わった。そして報酬も昨日届いた。
学園長室で貰うことになったのは他の者達に詳細を知らせない為だろう。噂話にでもされれば対処が面倒なので有難いと思っていた。与えられた金貨百枚はそのまま部屋の中に仕舞い込み、鍵を四重にかけて隠してある。盗もうにも入れている箱は床に釘でもって固定しているので、早々取られるなんて事態には陥らない筈だ。
絶対じゃない辺りにこの学園の非常識さが垣間見えるが、それは常なので気にしない。
他の生徒達との間には僅かではあれど壁が生まれた。これは一緒に活動していた他の面々も同じだ。
気にするだけ無駄だろうと結論を弾き出しているので特に問題にはならない。ライノールやナギサは早急に元に戻そうとしていたが。
武器に関しては今は必要としていないので木剣のみ。阿頼耶は試しに発動してみたが、最初の時にまで戻っている。あれは絶対にオリオンから何かが流れてきたのだろう。
身体の異常については――正直不味い。医者曰くまた寿命が縮まったそうで、しかもその減り方は尋常ではないらしい。
勝つには相応の代償が必要になるというが、本当に削られるとクるものがある。
――――当面の問題は、あの絵の怪物達と戦えるくらいになることだな。
されど、それは既に解り切っていたこと。もう散々に悩んだ故に、切り替えはお手のものだ。
致し方ないのは諦める他無いのだ。そうして選択していった果てに今の自分が居るのだから。
だからこそ、寿命を削る恐怖よりも生を謳歌出来るだけの時間を手にする手段を考える。その過程として命を削る必要があるならそうするが、最後の一線にまで近づいたら流石に揺らぐだろう。
俺の目標は彼女の家に行くこと。その口実を作らねばならず、しかし入ったとしても何処に彼女が見たという本があるのかが定かではない。
彼女の父親の書斎にあるとは言っていたが、変わっている可能性も十分にある。
捨てられてしまっていたらその時点で俺の人生はどん底だ。そうなる前に回収を済ませたい。
……一つだけ確実に彼女の家に行く方法があるが、それは出来ればしたくはない。それを選んだ時点で俺の平穏は消えるだろうし、何よりも束縛が多くなる。
選びたくないカードだ。それだけに、早く訪問の理由を見つけなければ。
長期休暇でもあれば彼女の家に遊びに行くことも出来ただろう。その線も候補に入れておくか。俺だけであれば不自然そのものだが、ライノール達を巻き込めば出来ない話ではあるまい。
『例の化外か。あれを単独で潰すとなると、必要な値に到達するのは至難だ。貴様がやるべきなのは、的確に弱点を突くべきところだろう』
俺では純粋な火力が無い。それは当然だが、気分の良いものではないな。
一応の納得をして、そのまま俺は荷物を持って学園の外に出る。今後の鍛錬の予定を脳内で作った予定表で埋めつつ、時折挟んでくるオリオンの意見も参考にした。
不快とまではいかないものの、まだまだ苦手意識は抜けてこない。それでも、こうして少しくらいの会話は出来る。それを複雑に感じているのは、単純にまだ俺が納得していないからだろう。
夕暮れの空は何時も通り。何も変化は無く、此方の憂いを無視して機械的に時を刻んでいく。
既に見え始めた空に輝く極小の星を見ながら、息を一回吐き出した。




