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天が見る

 阿頼耶同士の勝負というのは極めて未来を予測しやすいものである。

 その者が保有する能力の詳細。及び対戦相手との相性。殆どを阿頼耶に依存している状態ではその二つが相手よりも上手であればある程に有利であり、それは普段の戦いの中でも当て嵌まる道理だ。

 火は水に弱いと言っているのと等しく、だからこそ能力による優劣を重要視する者達も出てきてしまう。

 使えない能力ならば貴族内でも排斥させる事は多く、王族であれば何か別の能力を周囲に見せつけない限り秘密裏に処理される危険性があった。

 そういった意味ではエクリプティスは相手の欲望を引き出し生き延びる技術が高かったのだろう。そうでなければ幼少期の段階で死んでいた可能性は極めて高く、現在ナグモを治める人間は別になっていた。

 阿頼耶とは重要だ。それは今の戦況から考えるに誰であれ解る事であり、投入する編成案を考える際でも重要な基準として決められている。

 これらは言ってしまえば、人間よりも阿頼耶を基準として考えているということだ。

 此処人の戦闘力にも目を向けるも、そこで評価する者は絶無。能力と肉体性能を合わせての評価によって漸く高か低かが決まるのであり、努力をして身体を鍛えただけでは意味が無いとされている。

 

 昔に出現した新西暦最初の英雄。それらと並ぶ肉体性能を有していれば話は別だが、そんな者が何人も生まれる筈も無い。であればこそ、彼等は彼等が偶発的にではあるが開発に成功し、そして今尚解析に全力を注いでいる阿頼耶へと縋り続けるのだ。

 人間が化外に勝つ最後の方法。もしもこれが断たれたら、人類は最早生き残る事は出来ない。

 化外によって彼等の大陸は蹂躙され、最後には一人も存在しない野生の大地と化すだろう。それが解っているから、誰もが阿頼耶保持者を優遇するのだ。

 そしてそれは、学園に在籍している者程よく感じるものである。莫大な力は財産も同じであり、鍛えた肉体は所詮阿頼耶を発動せずとも険しい道を歩むだけのものでしかない。

 一度でも見れば魅了されるのだ。その力が是非とも欲しいと。金で買えないというのも余計に魅力を高めて、常に学園の門を叩く者は居る。

 中には高い性能を有する者同士で子供を作り新たに能力の高い者を作り出している者も居るが、それらは全て意味の無いものとなっている。

 彼と一緒に来たメンバーも一緒だ。これを手にすれば何かを変えられると確信していたからこそ、それに手を伸ばして今此処に居る。


 ――だが、その誰もが目前の状況に追い付いていなかった。

 それは単純な速さではない。どれだけ異能を使わず副次的効果である肉体強化だけで獅子と互角に戦えているのか。それの意味を理解し切れていなかったのだ。

 武器の剣と爪が確かな金属音を奏でるも、双方の顔に痛みによる表情の変化は見られない。

 先程までは彼が苦しそうな顔を僅かに見せていたというのに、今では一気に獅子の居る土俵へと乗り込んでいた。

 それはつまり、この瞬間に彼は更なる高みに羽ばたいたということ。

 努力だけでは届かぬ次元に既に二名は居る。英雄に届き、更にそれを超えようとする姿勢は常軌を逸した向上心が垣間見えた。

 一瞬一瞬を怠惰に過ごさない。人間の寿命は化外よりも遥かに短いのだから、一歩一歩を全力で過ごそう。休憩だなんて、一度としてしてはならない。

 正にそれを体現している。瞬間的に強くなる様は努力する人間を嘲笑うが如し。

 もしも此処に誰かが介入したとしても、力技で強制的に殺されるだけだろう。


「何だあれ……本当に人間かよ」


 ライノールの言葉こそが、皆の総意だった。

 彼の腕が爪の面部分を捉える。放たれる鉄拳の一撃は骨を破砕する程であり、鈍重な音と共に五本ある内の一本を根本から砕き落とした。それを瞬間的に悟った獅子は舌打ちをし、攻撃直後の動きが止まった瞬間を狙って回し蹴りを彼の脇腹に叩き込む。

 吹き飛ばされる際に獅子と同様に何かが砕ける音が聞こえたが、それで終了にはならない。

 肋骨を的確に破壊したというのに、彼は当たり前のように身体を動かし地面に着地した。脇腹付近は青痣が浮かび、内出血をしているのが一目で解る。

 否。その程度にしか傷を与えられていない。明らかに防御などしていなかったというのに、獅子からしてみれば彼のダメージは軽傷でしかなかった。

 現に彼は受けた傷などまったく無視して常以上の速度で迫っている。恐ろしさすら感じる程だ。

 同一人物であるのかどうかを疑うのは正しいだろうし、それに対して思考が慎重になったとしても何ら不思議はことではない。されど獅子が選択したのは再度の攻撃。

 

 肉薄し、剣を素直に受けずに回避行動。

 同じ行動では簡単に先を見抜かれる。ならば速度重視による攪乱を織り交ぜた一撃必殺を狙う。

 純粋な力技では彼を突破出来ない。獅子が押し返そうとすればするだけ力が上がるような化け物だ。同じ基準で戦おうとする事自体が間違っているだろう。

 獅子には力の上限があり、彼にはまるで上限があるように思えない。

 それだけ世界と阿頼耶の双方からバックアップを受けている事を意味しているが、それに気付いている者は誰一人として居なかった。

 ただ違和感として普段彼と行動していたメンバーは感じている。

 彼は戦闘中では笑わないのが最も大きな理由であるものの、それでも明確に違うと解ってしまえば訝しんで調べようとするのは道理。特に長年一緒に過ごしたサウスラーナからしてみれば、彼の変化は異常に過ぎた。

 

「どうした。人間を超えている者が真っ向勝負を嫌うのか。獅子の名が泣くぞ」


「黙っとけよ。それに好き好んで獅子になんぞなりたかった訳じゃねぇ。こんなのは俺には荷が重過ぎる」


 相手を挑発するような発言も彼らしくはない。

 勝負を最短で終わらせようとするのが彼であり、故に純粋な技量勝負になる場面が多かった。そうなれば阿頼耶に依存している者は想定外の攻撃を食らう事にもなる。積極的に能力を使わない姿勢は一部からは非効率的だという声もあったが、ここぞという場面で使う有効性をサウスラーナは知っているのでそんな声は纏めてどうでも良かった。

 故に、今の状況は甚だおかしい。まるで技量勝負になっていないのだ。

 確かに最低限の体重移動を行っているし、剣の冴えも以前とは比べ物にならない。攻撃を受けた時の衝撃の受け流し方など完璧であり、技量が無いとは絶対に言えないだろう。

 しかしそれでも、今の勝負は力だ。純粋な激突で如何に相手を崩すか。そんな技量を無視した戦いが続けられている。

 それは人類が選択しなかった方法。即ち回避を捨てた戦いだ。

 少なくとも彼が目指した戦い方ではないのは明白。そんな真似を今選択したのかとも思うが、あまりにも無謀だ。彼が絶対に選択するものとは考えられない。

 

「どうして。何があったの……」


 高揚を覚えているのは事実。されどそれ以上に彼女だけは不安も抱えている。

 彼の行動は普段とは違い過ぎる。まるで別人(・・)が戦っているようにしか見受けられない。しかし目前で戦っているのは紛れも無く彼だ。

 それがどうにも噛み合わず、頭の中は一部混乱している。されど嫌な予感のようなものはあった。

 これがどういった意味合いを孕んでいるのかは定かではなくとも、悪寒を覚えた時点で備えをしておきたい。されど、どのような備えをしておくべきなのかも現状解っていないのだ。

 つまり彼女は何も出来ない。ただ指を加えて戦況の行く末を眺めるしかないのである。それがどうしようもなく悔しいと、彼女は自身のナイフを強く握った。




――――――――




 身体が熱い。

 炎の中に放り込まれたが如く、泣き叫びたい程の熱が彼の身体を襲っている。

 それでも身体は勝手に動き、獅子との互角の戦いを演じていた。彼は何一つとして身体に指示を下してなどいないというのに、身体はそれを当然のように受け入れて行動していたのだ。

 一体どうして、と彼は心中で呟く。原因は一切不明のままで、そも覚醒したのも今この瞬間。

 数限りない身体からの危険信号によって目覚めただけであり、それによって何かしらの変化が生じた訳ではなかった。

 目前に自身の首を刈り取ろうと迫る爪が来る。しかしその速度は最初に見た時に比べれば緩慢としていて、操作を乗っ取られていなかったとしても十分対応が出来る程度だ。

 そして身体もそれを当然と考え、間に剣を入れて爪を弾き返した。そんな真似は一度も出来なかったというのに、彼の身体はそれを事も無げに達成するのである。

 

『なんだこれ……どうなってるんだよ』


 思わず素の口調で呟こうとして、自分の口すら動かない事を理解した。

 それはつまり全ての身体の支配権を奪われたということ。誰であるのかは定かではなくとも、人の身体を乗っ取られたのは不快だ。まったくもって喜ばしいものではない。

 何とか戻せるかと身体に意識を向けるが、返って来るのは空しいものばかり。ならば阿頼耶を発動してでもとそちらに意識を向ければ、何故かそれさえも完全に言う事を聞かない。

 どう見たとしても異常事態だった。混乱しそうになるも、それを必死に理性で繋ぎ止めて考える。

 最初に殴られた時点で自分の意識は当の昔に無くなっていた。今でも腹に走った激痛の感覚は残っており、恐らく無事に帰って来た後もそれは残り続けるだろう。

 後は覚えている内容は殆ど無い。何かを見たような気がするし、何かを聞いたような気もするが、それを調べる当てなど無いのが現状だ。

 そういえば、と彼はふと不思議に思う。

 今まで記憶が吹き飛んでいたというのに、支配権を奪われても今は意識がある。


 これまでの出来事では危険な状況になればなるほどに記憶を喪失していた覚えがあるが、今回のコレが全ての原因とすれば皆が彼等を頼るようになる理由も納得ものである。

 支配権を奪われているとはいえ、焦っている内容は自分の身体が言う事を聞かないだけだ。決して敵に殺されそうになっているからだとか、変な言動をしているからだとかではない。

 つまり勝てる要素がある。今のままで十分に獅子を打倒する事が出来るのだ。

 何時自分に権限が戻って来るのかも解らないままだが、何時もであれば敵を倒して意識を失えば戻って来る。今回もそうなるだろうと考えれば、幾分気も安らかになる――――


『戯け。そのような思考を許すと思うか』


 瞬間、彼の背後で声が響いた。

 振り向こうとするが身体が反応を示さず、突如として起きた出来事に彼の頭は急速に困惑を深める。

 目前で戦い続ける獅子を見ながら、彼はまったく別方向へと意識を傾けた。

 背後から聞こえてくる足音は重く、声の種類からして男性そのもの。それも彼の声よりも低い。声だけなので正確な年齢層は不明だが、年上であることだけは確かだろう。

 声には出せないが故に、思考の中に言葉を投げ込む。一体何者であるのかと。

 

『当然の疑問だな、よろしい。思考を放棄するような真似は断じて許さん。私が此処に居る限り、そう容易に安息が訪れるなどとは考えぬことだ』


 再度足音が場違いなまでに戦闘音の中に紛れ込む。

 最初は彼の背後で、次は真横で、最後は彼の視界の中で。徐々に出てきた姿を見るだけで、彼は目を見開くような感覚を覚えた。

 先ず最初に視界に入ったのは長い金髪。自身のそれよりも輝き、黄金の如く大地に届きそうな程の髪。

 次に視界に入ったのは顔。端正な顔立ちではあるものの、一見するとその人物の顔は冷たそうな印象を覚える。口元は真一文字を貫き、目は切れ長だ。されど漆黒の目には確かな熱がある。

 何処かの軍の制服だろうか。白の服の上にマントの如く上着を引っ掛けた状態の男は、そんな彼を見ながら口を開いた。


『貴様にとってはこれが初見となるな。私の名前は昔に置いてきてしまったが、今はオリオンと名乗っている。貴様もそう呼べ』


 尊大に、しかし何処か優しさも孕んだ男の言葉。

 ただ聞いているだけであるのに胸の内から熱さが溢れ、内側でも焼かれているのを彼は感じる。しかしそれは決して苦しいことではない。不思議な事だが、彼はまったくその光に苦しみを覚えなかった。

 外側と同じ熱であるというのに、その内側は優しさを多分に含めていたのだ。まるでこのまま消えてしまうことを良しとしないように。

 死へと遠ざけようとする光は、一般的に尊いものとして映る。これもまた同じであるならば、成程痛みなど覚えはしないだろう。太陽の光に人が焼き尽くされる筈がないのと一緒だ。

 そうなるのは余程近付いた場合のみであり、離れていれば極限まで熱を抑える事は出来る。

 これもまたそうであるのならば、オリオンは近くに居るように思えて実際には近くにはいない。

 

『そして私が何者であるのかは、今は伏せておこう。それはお前が辿り着かなければならない』


 オリオンの発した言葉に、何故と彼は告げる。

 実際それは当然だ。いきなり現れ、いきなり言葉を告げ、しかも何も正体を明かさない。恐らく身体の支配権を奪っているのも目の前の人物だろうと彼は考えているが、確信する材料が無い以上推測の域を出ない。

 教えてくれても良いだろうと思考に混ぜれば、相手は彼を睨む。

 灼熱の如き視線は熱線のようであり、当たっている箇所が余計に熱くなっている。何処かに意識を向けられるだけで身体が炎上するなど、並の怪物ではないだろう。

 

『さて、それよりも先ずは現状の危機に関してだ。これから私が解決しても構わないが――お前はそれで良いのか?』


 そんな男の言葉に、彼は間抜けな声を漏らした。

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