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彼の仲間達

 激突の始めは、第一に部隊達による攻撃からだった。

 人数は全三十。敵対する全ての者と比べれば数は明らかに足りず、されど突き進む様子に恐れは無い。

 目標であるグリュンヒルドを目掛けて進み、その過程において障害となるであろう化外の群れを各々が武装する剣や斧でもって確実に仕留めていた。

 その進撃は正に俺達にとって光だ。利用し利用され合う味方としてはこれ以上無いくらいに頼もしく、兵士全員も小さいながら感嘆の声を漏らしている。

 グリュンヒルドの到達地点は目測で調べる限り、確実に戦場の中心。そこまで到達してしまえば、最早逃げる事は出来ない。護衛対象自身も移動には不向きな体型だ。

 とくれば、やるのは防衛戦。相手が居なくなるまで強制的に俺達と共同戦線を張らねばならなくなる。

 そして部隊の連中は護衛対象を確保しての撤退が主目的であろうから、全力で戦ってくれる筈だ。

 

 剣が獣の首を絶つ。像の足首を切り、転倒させる。

 倒れた死骸は障害物となり、一心不乱に走る敵の邪魔となった。転んだ小型の化外を兵士が頭部を殴る事で気絶を狙い、一時的にであれ無力化を行っていく。

 殺さないというのは本来難しい話だが、阿頼耶を保持しない者ではどれだけ殴っても殺す事は出来ない。

 殺すつもりで切っても弾かれるだけ。ただし衝撃のみは確実に通っているが故に頭部を殴られれば意識を失うし、身体の各所を揺らせばバランスも崩れる。

 兵士達とて生きる事に必死だ。生きて生きて帰りたいからこそ、一切手を抜くような真似をしない。

 一人で駄目ならば二人で、二人で駄目ならば三人で。不可能な戦いを数によって止め――それでも大型にまで至ると全く足を止められなくなる。


「遅せぇぞ!」


 巨人の首にナイフを突き立て、横に切るライノールの姿が見えた。

 適格に相手の急所を狙い、その俊敏性でもって次の獲物を狙う姿は正に狼。

 化外であれども、連中は生き物という理屈には嵌まっている。極端に通常とはかけ離れていなければこそ、ライノールの行動は正しいものとなるのだ。巨人も首を切られた事で口や傷口から黒い血を噴出し、暫くのた打ち回った後に絶命した。

 この時点で、俺達でも十分に大型を狩る事が出来るのは証明された。

 残る問題点と言えば数そのもの。どれだけ此方が必死になろうとも、やはり数というどうしようもない差を覆すのは難しい。

 だがしかし、だ。そんな事を最初から考慮しない筈が無い。

 相手の数はそもそも正確には解っていなかったのだ。ならば如何なる可能性も考える中で、相手の数が多かった場合も考えない訳がない。

 

「ナギサ。お前の阿頼耶で空間の固定化を行え。出来るな」


「いきなり難しい事を言いますね。――勿論、やらせていただきますとも」


 詠唱には時間が掛かる。だが、彼女は元々あまり多く前に生かせるつもりはない。

 大事な公爵家であることもそうだが、何よりも彼女の存在は大群を相手にする場合に必要だ。失われてはいけないからこそ、彼女は後方に置かなければならない。

 口から紡がれる祝詞を聞きつつ、眼下に広がる戦いを目に刻む。

 自分の行動は一先ず間違ってはいなかった。黒い影のような部隊連中が目標達成の為に結果的に率先して戦い続け、そのお陰で戦域は兵士だけを考えた場合と比べて安定している。

 死んでも良い存在が居るのは個人的に便利だ。元より善なる存在に傾いておらず、その存在も他者を気に掛けるような素晴らしいものではない。

 悪と共に笑う存在など唾棄すべきものであり、故に仕事を果たした後に全滅しようとも構わなかった。

 戦場の誰もがその気持ちを持っている。特に英雄のような善なる者を尊く感じているサウスラーナにとって、ああいった者達は最も忌避すべき存在だ。

 居なくなっても誰も嘆かない。それは悲しいのかもしれないが、されど自業自得でもあった。

 

「サウスラーナ、お前も前に行け。俺が突撃するのが一番なのだろうが、指揮官がいきなり前に出ては混乱する者が続出する。俺の次に強いお前なら信頼も出来よう」


「解ったわ。一番手柄を手にするから、帰ったら少しくらいは二人の時間を過ごしましょう?」


「…………構わんぞ」


 珍しさと嫌悪の所為で少し返答に遅れたが、俺の了承の声に彼女は嬉しそうに飛び出した。

 豹の如く人間の領域外の速さで走る彼女は実に意気揚々としていて、後ろしか見えていなくとも彼女が笑っているのが感じ取れる。

 それだけ嬉しいのだろう。彼女は本当に、英雄を目指すノース・テキスを愛している。

 真実が出てしまえばその愛も無くなると思うと、何とも言えないものだ。彼女の笑顔は実に輝いていて、忌々しさを覚えてはいても確かに暖かかった。

 それが消えるとなれば、さて自分の生活は今後どうなるのだろう。まったく予想出来ないだけに、彼女の存在が俺にとって如何に当たり前であるのかがよく解る。

 ――そんな俺の耳に、可愛らしい呻り声が届いた。

 顔を横に動かす。そして直ぐに戻す。俺は何も見ていないし、何も聞かなかった。


「ノース様?」


「職務を全うせよ。話はその後だ」


 彼女の目の一部が嫉妬に狂っていたのを確認して、今だけはそれを回避しようと言葉を促す。

 そういえば彼女も彼女で俺に好意を持っていた。一体どうしてそうなったのかもいい加減解りたいものだし、戦闘が終わった後に纏めて聞けば良い。公爵家という身分の者を害すればどうなるのかなど解りきっているのだから、その辺に関しては逃げる事は許されないのである。

 悲しい話だ。しかし、事は俺の個人的なものである以上今は必要の無いものだ。

 さっさと頭から追い出し、彼女の展開した固定化された透明な壁を見る。

 空間の固定を行った事で一時的にであれ誰も通る事が出来ない壁が出来上がったのであるが、その成果は初見の時のみ絶大だと言えよう。

 兵士の邪魔をしないように、かつライノール達を邪魔しないようにとなると、限られた展開場所は自然と限定される。

 それは空だ。火を纏う巨大な鳥は彼等の元に行くことは出来ず、口から吐き出された火炎もまた防がれる。小さな鳥でさえもそれは同じであり、飛竜のような鳥よりも力の強い存在であれ彼女の壁を突破することは叶わない。

 これにより空からの心配は減り、味方は全員地上のみを気にするだけでよくなった。

 無論、壁は遥か彼方にまで広がっている訳ではない。旋回されればそれまでであるが、流石に彼女がそれを許す筈も無いだろう。

 

「後は皆の働き次第か……厳しくなるようであれば俺も前に出る」


「その前に指揮官が撤退を指示すれば良いのですが……」


「無いだろうな。化外がどのように誕生するかも解っていない現状だが、向こうは突撃だけしか考えていないように見える。つまりこの数全てを消されたとしても構わないと考えているか、或いはまだ戦力のストックを残しているかの二択。……私的だが、相手が全部隊を導入すれば勝てると思っている事を願いたいものだ。その方が俺としてはやり易い」


「私としてもそう願いたいものです。そうであれば、指揮官そのものが強いと思う必要もありませんもの」


 彼女の言葉に確かにと頷き、戦況を眺める。

 遠距離からの攻撃を気にする必要が無くなった以上、誰かが漏らした敵が出てこない限りは俺達はまだ戦う事は無い。それは嬉しい話だ。俺としても戦わなくて良いのであれば何も文句は無いのだから。

 されど敵の頭が見えないのが不安ではある。このまま全滅されても出ないようならその程度の相手だと思えるが、さてどんな奴が指揮官なのか。

 今は只管戦況が変わるのを待つのみ。此方は既に阿頼耶保持者を何十人と投入した。

 百匹を超える怪物の群れであろうと、その一体一体の質が低いのであれば臆する事は何も無い。

 兵士達とて決して何も出来ない役立たずではないのだ。阿頼耶保持者達が積極的に大型を狩れるように、小型や中型の意識を上手く引っ張ってくれている。

 だが、それでも今の兵士達は万全ではない。犠牲は通常よりも多くなるだろう。

 勝てたとして、そのまま通常の業務に戻れるとも限らない者が必ず出る。その部分も踏まえた上で、俺もまた考えなければならない事があるのだった。




――――――――




「ノークス、大丈夫か!?」


「はい、まだ何とか……ッ!」


 戦場は地獄だと、誰も彼もが皆思う。

 それは生き死にが容易く決まるからだけでは無く、精神的な傷を数多く付けられるからだ。

 多数の人の残骸。殺した生物の死骸は否が応でも生者に忌避を抱かせ、されどその中で戦い続けなければならない。そうしなければ次に死体となるのは己であるから、そうしなければ大事だと思っている仲間達を失うことに繋がるから。

 施設の中は兵士達にとって決して良い場所ではなかった。それは今現在も変わらず、そして今後もそう簡単には変わらないだろう。現在の状況を王宮に伝えたとしても、関係者の中には王族も居る。

 如何に嫌われているとはいえ、王族であれば権力の一つや二つはあるもの。王自身がそれを知る前に握り潰されてしまえば、最早誰も知ることはなくなるだろう。

 

 そうだ、未だ現状は何も好転を見せていない。

 未来に生きる若者達が居ようとも、この地は何処までも腐っていた。どうしようもなく、死を優先するようになってしまっていた。

 それがあまりにも悲しい。昔はそんな事は無かったというのに、あの腐った二人が頂点を握ってから急速に此処の腐敗も始まった。兵士達すら被害を受けてしまう程に状況は最悪そのものであり、ノース達が非常食を別け与えない限り動ける者は皆無だったろう。

 その点だけが、唯一の救いと言えるのかもしれないと兵士達のリーダーであるレックスは槍を振るう。

 狼を狙った一撃は正確に胴体に命中したというのに、金属に激突したように弾かれる。

 通常であれば容易く肉を貫いただろう。そうなるように全霊を注いだし、他の者とて手を抜いて攻撃をした者など居ない。

 単純に、構造上頑強に出来ているのだ。

 あの相手を物理的に崩すには同じ土俵に上がるしかなく、それは人間として非常に難しいだろう。

 

 阿頼耶に接続出来た者だけが、それを認められている。

 人間を超越する権利。果て無き希望を目指せる者達。凡人では辿り着けない場所に行ける者。

 更にその中から選ばれた者のみが国の命運を左右する者となり、各国は他の何よりもそういった人物達を優遇する。それは当然の権利であり、皆も同意するところだ。

 国が国としての体を保っていられているのは間違いなく上位の阿頼耶保持者が居るからであり、それが無い小国達は今までの歴史の中で消滅してしまった。

 残されたのは元々巨大だった三国のみで、それらを結集しなければ人類は生き残れなかっただろう。

 人間同士による争いは無くならないとはいえ、今は共通の敵が居る。千年以上も大規模な戦争が起きていないのは皮肉な事に化外達のお陰だ。

 

「こっちの大型は粗方処理した!負傷したのは何人だッ!?」


「ライノール殿ですか!?……新たに加わった者達を含め五十人中二十人が軽傷です。今はまだ誰も脱落はしておりません!」


「よっしゃ、見事!ウィンターの奴が攻撃力の高い連中の防御に回ってくれるから、相手をするのはそこまで難しい相手じゃない。油断しなきゃイケる!諦めんなよッ」


「応!!」


 衝撃を吸収する為に四つん這いで着地したライノールとレックスは短く会話を交わし、ライノール自身は再度弾丸の如く別の大型の化外へと突撃を行う。

 残されたレックスももう此処に居るのが小型と中型ばかりである以上、攻めない理由が何処にも無い。

 遠くの場所ではウィンターが四体の巨人の攻撃を一手に引き受けていた。白い盾はまったくもって揺らぐ気配を見せず、汗を流しながらも不敵な笑みを見せる彼は余裕そうだ。

 知能が低いからこそ、中々崩れぬ要塞を殴り続けるのだろう。

 巨人は怒りの形相を見せるが、レックスから見てもそれに恐怖を覚える事は無かった。

 それに後方から高速で接近する姿が見える。あれは正しく、サウスラーナ本人だ。防御だけのウィンターを手助けする目的で駆けてきたのは間違いなく、道中を遮る化外達をナイフでもって両断している。

 恐るべきはその技術と力だ。如何なる鍛錬によってナイフによる両断を成功させたのか。

 正しく理不尽そのもの。怪物を倒せるのは怪物だけとグリュンヒルドは唾を吐いていたものだが、その事実に今なら納得の顔を見せる事が出来る。

 阿頼耶の保持者達は、どれもこれもが人間の規格を超えているのだ。

 俊敏性に力を振っているライノールでさえも大型を狩れるのならば、未だ後方で控えるもう二人の者達は一体どのような実力を保有しているのか。

 

「テキス様……」


 テキス家という存在はレックスにとって憧れだ。

 自分が軍に入る理由の一つであり、最も尊敬する者である。その人物の子息であるのならば。

 そして今味方である全阿頼耶保持者のリーダーであるのならば――きっと他とは違う。

 これまでよりも上の何かを見せてくれるのかもしれない。そう思う彼の心中には、確かな高揚と畏怖があった。

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