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屠殺の獣

 視線の遥か先。

 此処に来る前から観測されていた森において、既に多数の動きが確認されていた。

 空は夕暮れ。もうじき夜へとなる時刻であるが、最初に発見された時より変化らしい変化は起きていない。

 百を超すかどうかまでは定かではないものの、闇に浮かび上がる瞳の数は測定不能。以前に聞いていた数よりも明らかに増えているのは間違いなく、早急に対策を練らねばならない事態となっていた。

 一先ずの段階として、兵舎に居る生きていた(・・・・・)兵士達を全方位の監視分だけ残して森に一番近い門へと集結させる。

 俺達には指揮権がないものの、この行動に関して上から何か咎められる事は無かった。これだけでもう上は俺達全員が全滅するのを待っていると確信出来たが、取り合えず邪魔されなかっただけ良いと思おう。

 上で監視をしている人員には必要以上に非常食を別けた。一番重要なのは鮮度の高い情報だ。それを持続させる為にも、惜しみなく全てを放出する。

 受け取った連中からは笑顔を返されたが、それをするのは全てが無事に済んでからだ。

 相手は化外。如何なる手段でもって攻撃を行うかは解っておらず、現段階において出来る事と言えば監視を続けて可能な限り先手の芽を潰すこと。

 獣系の敵であるとまでは解っているものの、森に潜むだけではどんな奴かは解らない。

 虫系かもしれないし、ヒト系の線もある。それこそ常軌を逸した姿も想定される故に、油断をする道理は何処にも在りはしない。

 

 僅かな時間の中で、ナグモ内は一気に緊張の渦に嵌まった。

 最悪の可能性も踏まえて王宮への連絡も考えたが、相手は何処から来るかも決まっていない。下手な行動で相手を刺激するのは愚の骨頂だ。それに、出した兵が別の森に入った瞬間に襲われる可能性も十分にある。

 焦るべきではない。まだまだ情報は不足しているが、明確な敗北がある訳ではないのだ。

 阿頼耶が使える人員は俺を含めて合計五人。それと上の二人が保有する部隊そのもの。全員か、それとも何人かまでは不明であれ、少なくともそれなりの数は揃っている。

 しかし、練度不足であることは否めない。初の化外戦の者も居る現状で、頼りになる大人も居ないのでは不安の方に天秤が傾くのは避けられないだろう。

 だからこそというべきか、五人の中で俺に一番注目が集まるのは自然なことだった。

 兵士も俺が五人の中でのリーダーである事を知っている。司令官へと自動的になってしまっている状態で色々な不安要素があるのは素人には辛い。

 されどやらねばならぬ。やらねば何も始まらず、何かを達成する事は出来ない。


死者(・・)に連絡。――墓から這い出る準備をせよ」


「了解」

 

 短いやり取りを行い、己が出来る準備を済ませていく。

 ウィンターとライノールは既に前に出した。彼等二名であれば兵士を守る事も出来るし、雑魚を潰すだけなら十二分に可能。それはサウスラーナとナギサも変わらないが、彼女達二名は現在グリュンヒルドの所に居る。俺達にとって居てもらいたい場所に固定させる為に、最初に会った私室で二人は気持ちの悪い肉塊と中身の伴わない会話を繰り広げていた。

 注意事項として俺達に対する悪口に反応するなと言っておいたが、サウスラーナは大丈夫だろうか。

 この手で一番危険なのは意外に彼女なのだ。激情家ではない筈の彼女は俺に関する事になると途端に感情的になる。

 それだけ好かれていると思えば聞こえは良い。しかしそれで迷惑を起こしてくれれば火消しをするのは俺だ。そういった面倒だけは起こしてくれるなと願いながら、俺は自分の装備を確認する。

 といっても化外相手に特殊な装備は無い。阿頼耶が主戦力となる以上俺が持つ物は剣に、重要な箇所のみを守る鎧。非常食もいくらか入っているものの、それは逃走を図る場合のみだ。

 それだけで挑むのだから、間違いなく他よりも俺達の姿は異常に見えることだろう。

 兵士は化外戦に有効でない重装鎧。フルプレートアーマーと呼ばれる物を装備し、両手剣や槍といった各々にとって得意な武器を森に向けている。

 体力の回復は行えたが、されど身体の全ての機能が好調である訳ではない。

 寧ろ彼等はまだまだ不調そのもので、個人的には休んでほしいくらいだ。時間があればベッドに叩き込んでいただろう状態で戦いに赴くというのは、本人達からすれば地獄に違いない。

 

「…………」


 だが、彼等兵士はそんな恐怖を表に出さずに前を睨んでいる。

 職務に忠実であるというよりは、単に生き残ろうとする生への飢餓が主な原動力だろう。

 戦場であるからこそ、修羅場であるからこそ、人は嘘を剥がして本音で向き合うのだ。それは逃走という手段によって現れるし、誰かに怒鳴る事で現れることもある。

 されど今この瞬間は、何か害を起こす事も無く皆で一丸となって森に潜む悪意を退けようとしていた。

 その団結こそが人の強さ。どれだけ阿頼耶を保有したとしても残る、人間が最も恐ろしいとされる部分だ。それが成される限り人は纏まり続け、敵対する者達に対して矛を向ける。

 故に今回もまた、それは完成されていた。唯一別の者達を除き、俺達は世界の道理に従って敵対という当たり前の行動を起こしたのだ。

 であるからこそ、最早止める事は出来ない。戦いは避けられず、平和などある筈も無いだろう。

 そもそも向こうからして人間の殺戮を良しとしているのだ。そんな相手に此方が遠慮する必要も無く、全力でもって完全消滅を狙うのが当然である。

 

「何時来る……」


 敵はまだ来ない。それが何とも己の心胆を寒からしめ、僅かに身体を揺らす。

 敵が動けば死人は大量に生まれるだろう。今此処に居る兵士の何人が生き残るのかも定かではなく、されど大多数の者達が死ぬのは予想されていた。

 一番己に対して忠を向けたあのレックスでさえ、生き残る確率は一割にも満たない。

 それが現実だ。氷の如く冷たいそれこそが人間の生きる世界であり、だからこそそれを拒絶する為に人は只の人である事を止めた。

 己が生き残るには、怪物になるしかない。その果てに存在そのものを否定されようと、今の自分達は怪物となって自国民を守り切るのだ。

 一種の自己犠牲精神。それが最初期の阿頼耶を獲得した者達の意思である。

 今はその意識が大分薄れてしまっているが、それでもまったく無い訳ではない。特に長く続く血脈を有する王族であれば、誰とて知っているものだ。

 それを捨てたのが今此処に居る王族で、純粋に生き残る事を考える人間らしい姿だった。

 俺もまた、それが最も人間らしい姿なのかもしれないと思う。未だ完全に人の手が届いているとは言えない技術を用いるなど、その時点で神か何かに縋っているも同然。

 宗教家であれば阿頼耶を実際に称え、心が弱い者は皆同様に膝を折って祈るのだろう。

 阿頼耶は確かに万能の力をくれるかもしれないが、それを行使するのは人間だ。予想外な事態が起こったとしてもそれを止める術など無く、破滅の坂を転がり落ちるのが目に見える。

 

「テキス様。敵に動きが見えました」


「……そうか」


 人とは何か。阿頼耶とどう向き合うか。

 それこそが、今の俺達には必要ではないかと思う時がある。化け物と戦うよりも、それと向き合い新たな道を示す事も必要ではなかと考えてしまうのだ。そうしなければきっと世界は何も変わらない。

 漠然とではあるが、俺はどうしてかそれを信じてしまっていた。

 一体どんな影響を受けたのだろうか。らしくないと自分を戒め、レックスと共に前を見る。

 森の様子は一変していた。闇へと変わっていく場所から次々に異形と呼べる者達が歩き出し、その姿を見せていく。

 さながら魑魅魍魎の絵を見ているようだ。これだけで図鑑を一つ書けるかもしれないと思う程なのだから、今回相手にする敵の総量はどう考えたとしても此方だけでは足りない。

 敵は大雑把に別けるとして、大型中型小型。小型は狼や猪に類似した姿を取り、中型は熊や象といった一般的に大型な部類に見える。しかし、大型という分類が存在した以上更に巨大なのも居た。

 それは二足で進む竜であり、空を舞う巨大な鳥であり、森と同程度の高さである巨人だ。

 どれもこれもが人間の考える生態系の全てから逸脱し、さながら物語から出てきたような異形達の祭りにも見える。


「小型は気絶を狙え。中型までなら現実的な方法で殺すのは無理でも動きを止める事は出来る。大型に関してはライノールとウィンターで対処させよう――で、他はどうなってる」


「現在はこの場所のみ敵が出現しているようです。指揮官の姿も見えず、また此方も例の部隊を発見出来ておりません」


「想定通りという訳だな――では、死者の方に動いてもらうとしよう」


「ライトネル様とシュトロハイム様によって今現在もグリュンヒルドは私室に留まっています。成功させるならば、早急に進めましょう」


「是非も無し。早速始めてくれ」


「了解しました。……貴方様に勝利が訪れますよう」


 レックスの声には怯えがあった、恐怖があった。

 しかしそれはあの大群を見た者であれば当然の反応であり、俺達だって平静ではいられない。

 ライノールは不安を感じているだろう。ウィンターだって緊張している筈だ。グリュンヒルドを足止めしているナギサやサウスラーナは俺達の計画が進んでくれと祈っているに違いない。

 皆が皆、普段のままで居られる訳がないのだ。そしてそれらを良い方向に持っていくには、やはり俺が全てを決めねばならない。

 厄介な話だ、嫌な話だ。蹲って泣きたいくらいに最悪だ。

 自分の決定で何十人もの人が死ぬ。それが嫌で嫌で溜らなくて――それでもせねばならないと俺は勝手に奮起し立ち上がるのだ。

 本当の俺では無理でも、皆の記憶の中に居る俺なら出来る。ならばやらなくては、築き上げた像が崩壊することになる。

 剣を引き抜き、天に掲げた。別段それで何か発動する事も無く、されど引き抜く音に皆が振り返る。

 視線、視線、視線――――視線。

 縋る目だ、絶望の目だ、恐怖の目だ、狂気の目だ。目、目、目、目、目。

 平穏の中に無い感情を孕んだそれらを見て、俺ははっと全て鼻で笑う。別に馬鹿にしているというのではなく、ただ単純に少しヤケクソになっただけだ。

 

「先ず最初に言わせてもらうが、俺自身は化外との戦闘経験は少ない。生き残ってはいるが、当時は運の要素が高かった」


 俺は誰かに頼られる程に強くはない。どれだけ頑張ったとて、人の協力が無ければ大きな目標を見ることすら考える事は出来なかった。その内心をもし知られれば失望されるだろう。

 こうして前面に出ているような人間が持つ思考ではない。弱気過ぎる姿勢は、確実に自軍に不安を広める要因となる。だが、強く前を見続ける姿勢というのもそれはそれで不安に思われるものだ。

 完璧超人であるほど人はそれから避ける。自分達では絶対になれない姿を見て、そのあまりの完成ぶりに嫉妬を抱えてしまうからだ。

 それに完璧超人に思われなくとも、何も考えていない人物に思われる可能性がある。

 コイツは突っ込む事しか知らないような愚図である知られれば、その時点で信用など零だ。

 故に、俺は最初はデメリットを口にする。それによって自軍に僅かばかりの暗い光が差すが、それでも俺は言葉を変えることをしない。


「故に――その経験則からお前達には化外を倒せないと断言させてもらう。阿頼耶を使っていようとも、倒せない時には倒せない。それが人間であり、世の道理だ。阿頼耶使いに夢を見ているようであれば早々に切り捨ててもらいたい。……非常識な力を振るっても、その根底は限界のある人間だ。無理をすれば必ず何処かに悪影響が起きる」


 その上で


「人間である限り一人分には限界値があるのだ。ならば、今此処に居る全員を束ねよう。俺もまた、一兵士となって前を走る。一人分では足りぬのなら、全員の合計した値で敵の力量を凌駕してやろうではないか。我等は決して、ただの雑兵であると思われる訳にはいかないのだから」


 興奮させるような内容を俺は言えない。

 ただ静かに、そして現実的に告げるだけ。自分達一人一人が勝手に戦ったのでは此方側が敗北になるのは確実だろうから、皆で協力して敵と戦おう。

 言いたいのはそれだけだ。だがそれこそが、今生き残る最善の手段でもある。

 殺せないなら殺せる者の為に隙を生み出せ。此方の常識がある程度通用するような雑魚であれば、迷わず気絶を狙って武器を振るえ。

 この場で殺せる者は僅か数名。その者達が楽に殺せるような場を皆で構築する。

 つまり俺達阿頼耶側が馬鹿みたいに走り回ることになるのだ。それを想像したのか、一部の兵士からは愉悦の笑みが零れる。

 戦場に気品や優雅など要らない。故に互いに口調は粗暴となるだろう。

 しかしそれで良い。変な上下意識は後で軋轢を生むだけであろうし、それによって本来の役割が全う出来なければ意味が無いのだ。

 だからこそ、遠慮するな。使えるものは何でも使え。

 己の出せる全身全霊で、自身が出せる精一杯で、何もかもを出し尽くして勝利を奪い取れ。

 

「いいか、勝つのは我等だ(・・・・・・・)。決して敵ではない」


 勝って勝って勝って勝って、皆で酒でも飲んで笑い転げよう。

 馬鹿みたいに過ごせる日々こそ、真に尊いのだから。

 掲げた剣を敵に向ける。それこそが攻撃の合図にして、全ての始まり。我等の尊き暮らしの為に、今こそ全てを破壊し尽くすが良い。

 瞬間、背後の建物から爆炎が走った。衝撃波は俺の服を揺らす程度であり、兵士はその炎を見るだけ。

 しかして、その炎を見ても誰も揺るがない。解っていた事象に対して驚く筈も無いからだ。

 これらは最初から予定されていたことであり、であればこそ次に何が起こるのかも決まっていた。

 俺達の遥か上から放物線を描き、飛んでいく物体。

 それは人の形をしていて、その人物の顔は怒りに燃えていた。笑ってしまいそうになる程滑稽な姿に一部の兵士は実際に笑い転げてしまっている。

 よくもまぁあそこまで投げ飛ばせるものだ。馬鹿力ここに極まれりといった所だろう。

 

「あースッキリした!最近で一番爽やかな気分になれたわ!」


 隣で着地と同時に話すのはサウスラーナだ。非常に素晴らしい笑顔を浮かべ、手元にはナイフを握っている。そしてもう片方にはナギサの姿もあり、彼女も彼女で普段は見ないような輝く顔をしていた。

 女性とは本当に恐ろしいものである。これからも常々今回の事を忘れないよう心に刻み、俺は小さく笑みを浮かべて前を見た。

 迫る敵の群れは恐れを浮かべない。愚直に真っ直ぐ進む様子に何も躊躇は無く、故にこのままであれば飛んで行った男は死ぬだろう。

 それを助けないでは、報酬を貰えない筈だ。阿頼耶を保有している者がただ忠義のみで従っている筈も無いであろうし、そもそもあんな男に従いもしない。

 それを示すが如く、明るい陽射しの元に複数の影が走る。目標は投げ飛ばされた男で、走るメンバーの中に俺を見つめる一人の男の顔があった。

 その瞳は薄汚れ、善なる者とはとても見えない。義理人情では動かぬ合理主義者の顔だ。

 しかしだからこそ、助けようとするだろう。俺達よりも先に敵とぶつかって。


「さて、それでは始めよう。俺達が勝利を握るのは絶対だ」


「果て無き覇道を今こそ、歩むのですね」


「そうだとも――英雄譚を紡いでいこう。今この瞬間に」


 来るが良い、勝つのは俺達だ。

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