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兆候と凶兆

お気に入りに入れてくれた方々、誠にありがとうございます。

 人間は暇な時間が多い程、時間の流れがゆっくりに感じる。

 そして逆に忙しい程に時間は早く流れ、しかし両者がもらえる時間の長さは同一だ。忙しい程にやるべきことが多い人間は暇な人間よりも時間を気にする余裕が無い。

 常に一瞬を気にするような生活であれば尚更だ。暇であれば毎日時計と睨めっこをしている時間もあり、如何に一瞬が長いものであるのかと思うところだろう。

 俺とてそれは一緒だ。鍛錬をしている間はあまり意識を何処かへ向ける事も無く、ただ只管に自己のみに向かっている。

 単純な筋力トレーニング。素振り、相手が居れば摸擬戦。

 思いつく限りの鍛錬を繰り返し続ける内に時間は高速で過ぎ去り、深夜だと思っていた空は何時の間にやら朝へと変化していた。気付くタイミングは基本的に全て自分で終わってからか誰かに言われたらで、今日に関しては全てが終わってから空が青くなっている事に気づいた。

 身体を戻して早朝特有の空気を吸い込み、一気に吐き出す。普段からストレスを感じる日々の中で、こういった些細な癒しを覚える回数は意外な事に多い。

 男であれば酒や女に癒しを覚えやすいものであるが、俺としてはそれは忌避する側だ。

 自然こそが俺にとっての癒し。誰かが作った人工的な代物ではなく、自然に生える木々にこそ人が持ちえない心の綺麗さと呼べるものがあると思っている。

 

 しかし、これを素直に理解してもらえる人物は少ないだろう。

 俺のコレは正直老人の感想に近い。若人としてはもっと刺激的な事を追及すべきだと意見されるに決まってる。無論それを完全否定するつもりは毛頭ないのであるが、されど個人としてはまったく求めていなかった。

 王族の住むこの施設周りだけは元のままだ。 

 此処を拠点に出来たらどれだけ良いだろう。実際に此処から命令を出せるようになっている筈だが、今ではその機能も殆ど働いてない。レックス曰く、例の戦力の一人が直接兵士に言ってくるだけ。

 しかもかなり高圧的だそうで、もしも歯向かえば見せしめとして何人か殺されるらしい。

 いや、既に何人かは死んでいるそうだ。近くの土に埋めて木の枝で出来た十字の簡素な墓を立てているようで、仲が良かった者は毎日そこで手を合わせている。

 無念だったろう。未練だって山程あっただろう。生きたいと思っていた筈だ。

 そんな生を奪う輩を俺は許せん。


「朝御飯の準備終わったわよ……てどうしたのよ、その手。血が出てるじゃない」


「ん?……ああ、気にするな」


 声の方向に居るのは、建物から出てきたサウスラーナだ。

 若干着崩れた制服のまま彼女は此方に歩み寄り、短めのスカートに付いているポケットからハンカチを取り出す。それを血が流れている俺の掌に当てて、流れる血を止めていた。

 彼女が俺を見る。その目には普段と変わらぬ青があり、俺の姿があり、常の煌めきがあった。

 汚れを知らぬ無垢な輝きのようで、そこには昔と変わらぬ炎がある。英雄になるのは正しく彼女のような存在であるべきだ。

 だというのに、彼女はその先を選ばない。意識的にやっているのか無意識的にやっているのかは不明なれど、彼女は必要な一歩を未だ踏んではいないのだ。

 覚悟はある。能力も強い。肉体だって鍛えてはいる。

 それでも彼女は何かを理由に制限をかけていた。それがとても羨ましく、とても憎らしい。

 

「今日も鍛錬?……何時何が起こるかも解らないんだから、あまり動かし過ぎは良くないわよ」


「なに、最早日課だ。やっていないと違和感が強くてな」


 お前が俺のような努力を続ければ、きっと俺よりも強くなるだろう。

 なのに何故、お前は俺の後ろを歩こうとする。何故俺に勝てないのだと確信するような目を向ける。

 俺こそが英雄だと断ずる言葉が剣となっている事を彼女は知らない。期待の一つ一つが如何に俺にとって辛い重石となっているのかを彼女は知らない。

 全部全部封じ込めてきたのだから、知られる訳にはいかないのだ。知られれば彼女は悲しむだろうし、それ以上に俺の希望を潰すだろうから。

 だから、辛くとも鍛錬は日課だと言い切る。そこに何の悪感情も無いように瞳で返せば、彼女は柔らかく微笑んで傷が無い右手を掴んだ。

 

「それでも、今は終わり。朝御飯の時間よ、もう皆食堂に集まっているわ」


 引っ張る彼女の姿に合わせて、俺も足を動かす。

 建物の一部からは食事を作る際の煙が見え、風に乗って良い香りがやって来る。されどその臭いの中には間違いなく此処で取れた作物達を使用したような少し不快なものもあり、学園の食堂レベルを少し期待していた自分としては大きく落胆してしまうものだった。

 少なくとも、此処から去るまではこの食事だ。非常食しか食べられない兵士に比べたら明らかに贅沢なのだろうが、それでも少しばかりの不満を言わせてもらいたい。

 これを誤魔化すには調味料を多分に入れるしかないだろう。それを許可してくれるとは思えず、単純な量だけで済ませようと早々に結論を下す。

 毒の心配は正直あまりしていない。まったくしていないとまでは言わないものの、食べた所で別段何か起こるような事もあるまい。

 起きたその時点で終了だ。時間経過で向こうが死ぬだけである。

 ――――そう何度も思わなければ、何も食べられなくなるのだ。




――――――――




 日は既に三日目に突入している。

 これまでの間で解っていることと言えば少なく、どれも今後において何か進展に繋がることはない。

 食堂に出された食事は学園に通っていない頃の俺であれば確かに美味かった。肉を贅沢に使用したステーキや新鮮そうに見える野菜で作られたサラダは見るだけなら大変食欲をそそるものである。

 それを持ってきた料理人の顔色が悪い時点でかなりの無茶を言われていたのだろう。もしくは、あの二人が納得出来ないと何度も何度も作り直しを要求していたのかもしれない。

 だが、その部分については別段問題でもないことだ。あの二人も交えた食事は無言が多かったが、それでも何も話さなかった訳でもない。

 特に一番話していたのはエクリプティスだ。彼は大層ナギサの容姿を気に入ったらしく、後宮入りを検討してくれないかと相談を持ち掛けていた。

 勿論彼女にその気は無い。現状においてそんな話をする時点で嫌われるのは明確だろうに、まだまだ初対面と言えるだろう人間に対してその言葉。女性を道具か何かとしか認識していないのは明白である。

 そんな男に対して彼女は微笑みながら検討する旨を告げた。

 それは貴族であるのならば誰でも解る遠回しな拒絶であるが、彼にとっては見込みのある話だと思ったのだろう。

 明らかに気分が高揚していたのを内心で罵倒していたものである。

  

 どう見ても馬鹿の姿を見るだけのような空間に、されどそれを変えんとグリュンヒルドは咳払いを一つ。

 一体何が出てくるかと思えば、先日の兵舎についての話だった。かなり誤魔化したような言い方ばかりしていたが、簡単に纏めればお前達がそこに居るだけの理由は本来無い、何故そこに行ったかである。

 監視の目は確かにあったのだ。解り切っていただけに動揺は少なく、俺が返す言葉も敵対の意思を示す為に敢えて固くした。

 貴様に説明する義理など無い。そもそも、何故すると思ったのか。

 当然もっと迂遠にしたが、意味自体は伝わった。露骨に此方に対する視線が強くなったのを見て、此方も負けじと微笑み返す。

 正直グリュンヒルド家当主からこんな視線をもらえば冗談ではない事態を招く事に繋がるが、相手はその息子。俺とは年が少しばかり離れているだけの相手に負ける気は無い。

 特に生き残る為に努力してきた俺にとって、何の苦労もせずに惰性に生きている相手など論外だ。

 最終的には向こうが臍を曲げて適当な脅しをするだけに終わったのだから、やはり相手の程度はそこまでなのだろう。

 

 ただ一つ。唯一、俺が反応した話題があった。

 グリュンヒルドは俺達の絶望する顔を見たくてその情報を特に何も隠す事無く放ち、その内容に確かに不安が首をもたげたのを感じている。

 四日目に来る筈の英雄の弟子が、現在滞在中の都市で起きた化外騒動に走り回っていると。

 それは突如として起きたそうで、化外の数も数十と中々の規模だそうだ。種類も豊富であり、中には中型の代表格である翼竜の姿もあるらしい。

 弟子一人だけでは時間が掛かるそうで、現地の部隊も含めてで現在は交戦中。

 四日目の到着は絶望的であるとの報告が此処に入った。――――だがしかし、そんな事はどうでも良い。

 皆の顔は弟子が都市に居る化外を絶滅させられるのかといった不安に駆られているみたいだが、俺としてはその弟子が間に合わなかった場合どれだけ此処に滞在しなければならないのかについて不安を覚えたのである。

 

 それを聞いたのは二日目の夜。

 都市の場所も一日程度で行ける範囲であるものの、敵の数によってはやはりそう簡単に全ては終わらない。さてそうなれば、当然俺達側の滞在期間も延長されると考えるのが当然の道理だろう。

 それについてグラムに手紙を出す事をグリュンヒルドに言えば、快く了承してくれた。

 あの余裕は確実に此方の手紙を読むつもりだ。ならば、敢えて暗号文にしない方が良い。

 素直に疑問に関する内容だけで纏め、それを出した。早ければ三日後には何か起こるだろうし、そうでなくとも既に行動を開始しているかもしれない。

 兎も角、これまでの中で今現在の何かを動かすような材料は入手出来なかった。

 強いて言えば、エクリプティスが想像以上の馬鹿であること。そして俺達の滞在期間が伸び、化外に襲われた際の防衛に参加する確率が跳ね上がったことだ。

 危険が増えただけで何も得になるような情報は無い。益々俺達は崖に追い詰められたのだ。

 しかし、それで負けである筈も無し。危険であるのは重々承知で、ならば何も手を打たない訳が無い。

 早々に話は兵舎に居るレックス達にも届け、俺達の話し合いは熱が上がっていった。

 この時からナギサやサウスラーナも兵舎に来たが、兵士達の反応は実に素直だったと言っておこう。殴られた兵士の人数も既に数えるのも馬鹿らしい。

 それでも何とか成功させようと画策するのだから、男はどんな時でも馬鹿なのだと改めて認識させられた。

 

 だがまぁ、そんな男は一握りだ。

 特にサウスラーナに関しては直ぐに手を引いた者ばかり。一目で実力を察したのか、或いはリーダーであるレックスの注意を聞いたか、兎に角彼女の被害は一部を除けば安全な状態にまではなっている。

 ナギサに関しては家柄上手を出そうとすれば即終了だ。彼女自身も決して男子に負ける程情けなくはないし、野郎の一人や二人程度素手でも気絶させられる。

 阿頼耶の理不尽さに比べれば何でもないということだ。それを見てた一人の兵士が流石とそう思っていないような顔をしていたのが僅かに脳裏に残っている。

 さて、そんな細々とした部分を挙げた訳だが――――逆にそれ以外に関しては別段何か困ってはいない。

 俺達の考えたあの二人を追い出す話は、そもそもの前提として化外が現れなければならないのである。

 それが出てくるまでは俺達とて暇であるし、巡回している警備の人間も同じく暇だろう。

 食料を作る者達だけが、今は働いている。

 何か起きても直ぐに動けるように待機の兵は兵舎に残っているものの、その殆どが今は飢えに侵されていないが故に純粋な待ちのみだ。

 

「あー、何か良い事起きねぇかな……」


「起きるわきゃ無ぇだろ。こんな場所で」


 背後に聞こえる兵士の愚痴の声にも最早慣れたもの。

 気分が下がるような発言ばかりで最初はサウスラーナが激怒していたが、今はグリュンヒルドに呼ばれているので別の意味で激怒していることだろう。

 本当、上位貴族というのは面倒なものだ。俺もまた爵位はグリュンヒルドと同一ではあれど、あそこまで上に行こうと思う野心は無い。

 それだけの能力があるとも思っていないしな。だからこそ彼女はその点については何も話さない。

 俺を慮ってかどうかまでは不明だが、そういった部分は良いとは思う。マイナスが大きい分まだまだプラスには好転しないが。

 さりとて、何時かは彼女との未来についても考えねばなるまい。

 何せ婚約者。未だに進展らしい進展が無い事実に両家の親達が何も思っていない筈も無し。今はまだ学生だからこそ大丈夫だが、卒業すればそのストッパーは外されてしまう。

 そうなる前に決着をつけたいものだが……中々そんな機会は訪れないものだ。


「……テキス様。少しよろしいですか?」


 そんな俺の隣で、常より若干早く歩いてきたレックスがそっと耳元で話す。

 声色には不安。僅かに震えているということは恐怖も感じている。何か起きたのは明瞭であり、であれば無視する訳にはいかない。

 何も聞かず、俺とレックスは二人で建物の外に出た。そして誰も見ていないのを確認した後、二人で全力疾走を開始。


「何が起きた?」


「第一外壁付近を警備していた者からの連絡です。以前から観測されていた森林で動きが」


「……ついに動いたか」


 勝負の時は近い。腰に下げたままの剣の柄を握り締め、今はまだだと只管にその場所を目指すのだった。

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