会議
「現段階で此方が有しているのはこれだけです。それ以外については、残念ながら全員がこのような状態であるので確信にまでは届きません」
「ふむ、いや感謝する。此方はあまりにも現地の情報が少ないからな」
互いの意見交換はやはり共に状況を解っている者同士の間で行った方が効率が良い。
危機のレベルを共有し、それに対する打開策の模索。他の問題点も自分とは違う角度から見れるが為にまた別の要素が浮上し、それに関する意見も聞ける。
自身の領土で起きる問題を解決するのと一緒だ。領民から上がってくる諸々の問題は此方が想定している問題とはまた別の問題を教えてくれる。それを領民と一緒に解決し、互いの間に信頼関係を構築。そして少しでもより良い領地開発を行い、新たな民を受け入れ発展を起こす。
こうした流れは一家の長に決定権があるか、その家長に任せられた者のみが有している。他の者が裁量権を持ってしまえば悪意ある連中が勝手に騒ぎを起こしかねない。
そして現在、ナグモはその悪意ある連中によって殆どの警備が手薄となっている事が判明した。
何とも頭痛のするような話だが、警備の稼働率は全体のおよそ三割。
その三割とてまともに動けているとは言い難く、餓死によって既に防衛網には穴が開いている状態だ。此処が無傷であるのは襲ってきた対象が基本的に野生動物であるが故。もしも弱小であるとはいえ、化外が出現したとしたら少なくとも数名は犠牲になるだろう。
一応監視の目については上の連中が気を付けているとは思われる。でなければああまで楽観はしていないだろうし、仕事をしていない者など如何な理由があれ今の兵士諸君よりは待遇は下である筈だ。
働かざる者食うべからず。そういった意味では上も上で化外に対する行動は起こしているが、その反面自身を優先し過ぎているが為にまったくもって自国民の現状を気にしていなかった。
非常食はまだ残っている。これは俺が無駄に多く食べるからこそ多く入っている結果だ。
後三日分はあると言った時のリーダーの喜色満面の顔は印象的で、それだけ今という事態がよろしくない事を切実に教えてくれた。
それは武器防具の面でも一緒だ。防具は重装一式のみで、武器は碌に整備もされていない物のみ。
何故整備をしないのかについては、そもそも整備をするだけの施設群を全て占拠されてしまっているからだ。
例の戦力達が自分達の状態を万全に整える為に勝手に奪い、今現在好き勝手に使われている。
阿頼耶持ちが居る事が判明した時点で素直に退却を選んだのは賢い選択だが、その結果として飢えてしまっていると思うと何とも言えない。
「問題点は……やはり例の連中だけか。それが居なくなればあの貴族達も此方に協力せざるをえまい」
「ええ。ですが、私が見た限りでは彼等は中々に凄腕の持ち主です。同じ年齢であれば兎も角、現在の貴方達に勝てるとはとても」
「何を言っている。最初から勝負をする気など無いさ」
問題はグリュンヒルド家とエクリプティスが用意した連中のみ。
それだけが厄介なのだ。彼等の自信の源はあの連中であり、確かにリーダーが語るように倒してしまえば今この場において決定権を握る事は出来るだろう。
それが難しいのも承知済みだ。元より戦うつもりなど欠片とてある筈も無し。
人類同士で潰し合いをしてどうするのだ。それではまったくもって只の無駄遣いにしかなるまい。
それに俺が殺せば王族である奴が絶対に俺の家族ごと処刑するだろう。それだけは絶対に阻止せねばならず、ならばどうするのかと言われれば――――他と潰し合いを行わせるまでよ。
そもそも、俺が英雄になりたいと思っているのは表面上の話だ。
実際は欠片とて興味も無く、本当であれば即座に帰還をしたいというのが本音である。だというのに危険な橋を渡る回数を態々増やしても俺に益は無いだろうし、何よりも死ぬ危険がある以上絶対に御免だ。
故に戦う相手を別に見繕う。
本来の目的は化外の警戒である。その部分のみであれば俺達は敵対ではなく協力するのが当然だ。
無暗に敵対しても何も旨味は無いし、逆に敵を無駄に増やすだけで終わるだろう。寧ろ体力の消耗した段階で化外が襲来して全滅になるなんて可能性も有り得てしまう。
「安易に俺達で排除しなくとも、此処には化外が居る。俺達は四日間しか居ないが、その後にも英雄の弟子が此方に来る。流石にこの事態を国から信頼された者の弟子が黙って見ているだけとは限らないだろう。よって、今は何もしなくとも良い」
「しかしそれでは、我等の動きに支障が……」
「解っている。だからこそ、何もしなくとも良いのに手を加えるのだ。連中の思惑通りにさせるのは正直に言って癪だからな」
最後に残る細かい問題は弟子達が解決してくれるだろう。
先ずは大本を此方が折る。具体的な行動としては、第一として偽装だ。
指を一本立て、全員の視線を集める。ライノールまで集中しているのは流石にツッコミたいところであるが、さりとて話始めてしまった以上もう止まれない。
先ずは非常食の隠蔽、及び兵士達の状態を偽装することだ。建物内からは不穏な気配は無く、同時に誰かから見られているような感覚も覚えない。
ライノールに確認に行かせる事も出来たが、逆にその行動が何かをしていると察知される危険性がある。
故に俺の感覚頼りなところが強いものの、何かをしていると思われるくらいは計画通りだ。
非常食をあげたところで彼等全員の士気が上がるだけ。実力が上がる訳ではないので連中もそこまで深くは探りを入れないであろう。
そこを突き、既にある程度バレている状態のまま偽装を施す。その結果として連中は兵士を微笑ましい努力をしている者達と内心で嘲る訳だ。それが全体に浸透し、上にまで至れば完了。
実際に騒ぎが起きた時、恐らく連中は本当に施設が危険になるまで表に出ない。
証拠隠滅の為に全滅するのを待ち、その後に疲弊した化外を討つだろう。それは簡単に推測出来ることであり、そして同時に俺達にとって一つ細工を仕込む隙間となる。
阿頼耶使いは恐ろしい。しかし同時に強力な力は慢心を呼び込む。真に強い者こそが阿頼耶を制御するのだから、それが出来ない者など所詮は偽物だ。
増長しているからこそ何も気付けない。慢心しているからこそ気にしない。
兵士の必死の行動を気にも留めず、彼等は活躍の瞬間を待ち続けるのだ。頭に描くは栄光を掴む己のみ。
警戒を厳にするのは指揮官が出張ってきた時くらいなものだ。
その頃には全てが遅い。
「部隊を二つに別けよう。既に倒れていた者は死んだ扱いとして報告。まだ警備等で生きている姿を目撃されている者は通常の業務を続けてくれ。そして死んだとされた者達には――少し騒ぎを起こしてもらう」
俄かに騒ぎ始める兵士を見やり、俺はらしくもなく口角を吊り上げる感覚を覚えた。
それを見たリーダーは唾を飲み込み、頷く。話の続きを早くと無言で急かす者達に対し、俺は誰にでも解るように説明をしていくのだった。
――――――――
「――と、言うわけだ」
夜。
誰もが寝静まるような時刻の中、俺達は人数分の蝋燭を持って円の形で集まる。
聞こえてくる音は虫の鳴き声ばかり。足音が一つも聞こえないのはこの場所に警備の人間が来ないからであり、そうする事を望んだのは俺だ。
彼等で警備をしてもらうより、此処は俺達で気を付けた方が良い。幸いにしてこの手の事に関しては全員が経験がある。二年の授業は戦闘系の実践は少ないが、サバイバルのような生活系は多いのだ。
あの時は確か動物を狩る事だったな、と思いながら女性陣とウィンターに事のあらましを説明。
そして発動させようと企んだ事もぶち撒けば、案の定と言うべきか眉を顰める者が出た。
「それって……かなり危険じゃないかしら」
サウスラーナだ。彼女の出した言葉は察する事が出来る。
確かに此度俺がやろうとしている事は危険の範囲に入るだろう。何せこの施設を正常なモノに変えようというのだから、それが安全である筈が無い。きっと向こう側からも何か接触があるだろう、と想定しているからこそ俺は今平静を装えているだけだ。それが解らなければ普段の無表情顔は崩れていたに違いない。
この一件で王族を追い出し、かつあの男達が今後皆から見捨てられれば良し。
逆に今後も絡んでくるのであれば再度追い出しに掛かるだけだ。そんな未来的な部分も話して、俺は皆の意見を待った。
間違いなく、これは命のやり取りに直結する事態だ。
仲良しこよしな意見など要らない。客観的に、寧ろ俺の意見を潰すような形で議論をしたいのが本音である。俺程度が考えられる事などたかが知れているからこそ、周りにも遠回しに尋ねるのだ。
本当にこれで良いのだろうか。自分は何か間違いをしていないだろうか。
忘れている部分があるかもしれない。故に、皆の意思の共有も含めて話し合いはすべきなのだ。
「ふむ……施設を此方の手に取り戻す。簡単ではないな」
「連中を化外にぶつけ、グリュンヒルド家と王族を焦らせる。生き残るには俺達や兵士を頼らざるをえない形にすれば、馬鹿な真似も出来ないよな?」
「その分危険度は段違いですよ。最終的に私達だけで戦うようなものですから」
「最初から解っていた事だ。此処に来て、あの二人に会い、互いに合わないと理解しただろう?」
ナギサの言う通り、これが成功すれば最終的には俺達だけで戦う形となる。
予想外に活躍してもらえばその限りではないとはいえ、正直悪い予感は止まらない。いきなり全滅だなんてのは勘弁してほしいのが本音だが、あの二人に雇われた時点で底が見えそうなのだ。
まさか学生よりも活躍しないというのは無いだろう。
完全に二人を避難するまでの間くらいは頑張ってもらいたいというのが本音である。
俺の言葉に皆が首を縦に振る。実際にナギサもサウスラーナも嫌悪を覚えたのは確かであるし、男性陣としてもあんな慢心した態度には御立腹だ。
平和を齎そうと思うウィンターとライノールは特に評価は散々だろう。何せ切り捨てる事を当たり前とする発想など、彼等からすれば唾棄すべきことであるのだから。
死んでもらうのが一番手っ取り早い。さりとて、そんな余裕があるのかと聞かれれば答えは否だ。
戦闘に集中するのが目に見えているだろう。特にこれが化外との初戦闘である者は、それ以外に意識を回せる余分などある筈も無い。
「明日にでもナギサには兵士達の元に行って怪我の回復と武器の一時的回復を頼む。体力その他を一気に解決する事は出来ないだろうが、傷を塞ぐ事は出来るだろう?」
「はい、任せてください」
「サウスラーナとウィンターも一緒に来てもらうぞ。特にサウスラーナは覚悟しておけ。中々に凄い光景が見れると思うからな」
「う……大丈夫よ。やってやろうじゃない」
「はっはっはっは、これは心配だな」
さて、これで後は準備をするくらいとなった。
兵士達は取り合えずであれ言う事を聞いてくれるだろう。反抗の意思を持つ者は例外無くリーダーの男――レックスが対応してくれる。別れ際に自己紹介をするのを忘れていたのを思い出したのは、今でも中々に面白いことだ。
それだけ最初は何も言うつもりが無かったのだろうと思うと、親の威光は大変凄まじい威力を発揮するものである。個人的に使いたくない手ではあるがな。
自分の功績で、自分の影響で動かしてこそ一端の戦士だ。誰かの功績を利用するようでは、それはただの腰巾着に過ぎない。
これが英雄の第一歩目となるのか否か。答えは未だ不明のまま。
成功すれば確かな実力と成果を得るだろう。グラムの覚えも良いだろうし、俺達の話を聞いた他の貴族が接触をしてこないとも限らない。
所詮は狸の皮算用。考えたとてどうしようもないが、それでも考えてしまうのだ。
自分にとって最悪な道を。行きたくもない道の果てを。平穏から遠ざかる事がどういうことかを、俺は母を亡くした父の姿で知る事が出来た。
他に縋れる場所も無い人間になどなりたくないのだ。俺は俺のままで、皆と泣いて笑い合えるような自然体のままの関係性でいたい。
こんな仮面など要らないと何度目かも解らぬ叫びを内に潜め、全員に寝るかと告げた。
明日からが過酷な日々の開始である。残りの期間は後三日。それまでに無事に過ごせるようにと祈り――俺は壁に背を預けてそのまま意識を落とし込んでいくのだった。
願わくば、どうか俺の努力を誰かが見ていてほしい。きっと必ず、勝ってみせるから。




