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誤算

「ようこそ、こんな糞のような場所に一体どのような御用件で?」


 瘦せ細った男の一人が覇気の少ない声で問い掛ける。

 此方を冷たく眺め、最早何も抵抗するつもりが無いのか武器らしき武器が存在しない。俺達は双方共に武器を持っているとはいえ、諦め顔をする連中に向けるつもりはないので鞘に収める。

 灰色の軍服は既に襤褸だ。縫った跡が多数に見受けられ、それでも泥や血で汚れたような姿の所為でとてもではないが綺麗であるとは言えなかった。

 されど、諦めてはいても落ち着いた雰囲気は古参であると伺わせる。強者であることまでは不明であれ、場数を踏んだ男としての圧は中々のものであった。

 それが数人。単体としてはどうであれ、複数人揃えば流石に油断は出来ない。

 それに向こうは最初から此方が此処に来る事を知っていた。ならば何か対策を講じていると思うのは当然であり、さりとてその手の知識に疎い俺では予測は立て辛い。


「俺達は只依頼されただけだ。此処に多数の化外が確認されたとな」


「成程……ではどうして此方に?貴族の方々には似合いませんよ、もっと煌びやかな場所でないと。此処じゃ綺麗な女一人も居ませんからね」


「用があるのはお前達だ。少し話をしたくてな」


 貴族らしく喋ると途端に上から目線になるも、向こうはそれを最初から気にしていない。

 取り合えずこの施設に来た目的については理解してくれた。頷いた様子には納得の色がありありと見え、続いて放たれた疑問に対する俺の言葉に今度は困惑の顔を見せる。

 貴族がこんな場所に居るのは確かにおかしい事なのかもしれないが、戦う者としての道を決めていればこんな場所に居ることだってそう珍しいものではない。

 ただし、滞在期間を短くはしようと思う程度には酷い環境だ。およそ人が生きるべき場所ではない。

 故にさっさと此処を元に戻す必要がある。それについても話をするのは最速の道だ。

 だがその前にと、俺は非常食の入ったバッグを相手に投げた。

 警戒を一部している者達は飛んでくるソレから離れるが、何も起きなかった事を確認してから俺を睨みつける。

 現時点で、どんな相手なのかも互いに解っていない。だからこそ、こうして敵意が混ざっていようとも会話の糸口を作らねばならない。

 

「一先ず周辺を見渡した。兵士がかなり死んでいたな。外傷が殆どなく、更に肉と皮だけになっている事を思うに……」


「餓死だよ。皆それで死にやがった」


 丁寧な言葉を使っていた相手とはまた別の男性が粗暴に返す。

 髭を逸る事を面倒だと感じたのか、頭部は毛髪が無いというのに口がどこにあるのか判別出来ない程に髭が伸び放題となっている。

 長袖である軍服の袖を捲って生腕を組んでいた。此方に殺意を向けながら語る口調は非常に低く、低温の声には疲労も感じさせている。

 餓死。飢えて死んだ。食料施設でそれが起きるのがどれだけ異常なのかを俺達が知らぬ筈がない。

 確かに此処で生産された食料は世界中に分配される。何処がどれくらいの割合でと全てが定められ、この場所自体には潤沢な量は残っていないだろう。

 それでも、此処で働く人は居るのだ。その分の食料は計算されるべきであるし、それが為されなければ管理者としては失格。即刻担当を変わるのが常識だろう。

 

「この事をグリュンヒルド様とエクリプティス様は存じて?」


「当たり前だ。何せアイツ等が削ってきたんだからな。此処は本来、自分達の部隊だけで十分なんだからとよ」


「例の戦力か……」


 ゼブル達が語った戦力という二文字。

 その全貌だけが未だ判明していない。何処まで強く、何処まで化外に対して有効なのか。その部分によっては彼等の語る内容が真実であるかもしれないし、逆に敵を過小評価しているのであればやはり事前準備を抜かす事は出来ない。

 しかし、彼等の自信はあまりにも大きかった。慢心していると言っても良い。

 そんな連中だからこそ不安も覚えるもの。緊急の手段を講じるのは戦う上で必須だ。その緊急手段を動かす為にも、悪い言い方であるが多数の手足が必要になる。

 それに国民一人一人から税を取っても居るのだ。守るべき責任が俺達には存在している。

 その点で見れば、此処はその責任を放棄している場。報告すれば早速調査団が入り、即日にでもグリュンヒルド家の名誉は穢されるだろう。

 有能な貴族が残ってほしいとは思うも、ここまで酷くなっても尚止めない部分は流石にどうかと感じてしまうのだ。よって、俺の中での評価は断然良いとは言えない。

 一先ず、話を切って内部を確認するように促す。当然怪しい物が入っているのではないかと彼等は警戒するが、中に入っている物を教えてやれば一人飢えていた者が直ぐに開けた。

 

「これは……」


「此方が持ってきていた分の一部だ。隣のライノールのバッグには酒が入ってる。このままでは遠からずの内に警備は崩壊だ。そうなる前に、此方としては対策を作りたい」


 言葉に力を込めて、目線は強く、そして相手に向かって逸らさず。

 これが真実であるという事を信じてもらう為に、俺は心の底から彼等を見た。他に証明出来るものが無い以上そうするより他に無く、されど一名が我慢出来ずに食べ始めた反応によって堅苦しい空気は呆気なく砕け散った。

 途端に広がる苦笑の波。口一杯に頬張り、決壊寸前でありながらも非常食を詰め込んでいく様子は欠食児童のようだ。毒が入っているかもしれないというのに、余程限界が近かったのだろう。

 ライノールの口元が綻んだのが雰囲気で解った。それと同時にリーダー格と思われる頭を刈り上げた丁寧語の男は、溜息をついて他の者達を呼び出すよう指示を下した。

 二名の隊員は横に倒れていた巨大なテーブルを運び始める。

 それらは僅か数分の出来事であるが、非常食という魅力溢れる単語によって細い身体からは信じられない速度で残っていた人員が飛び出してきた。

 

「食は人を掌握する上で重要な要素です。それを使われては、今の我等には対抗出来ません」


「安心してもらいたい。要求は単純なものだ」


「貴族の要求程恐ろしいものはありませんね。……先ずは互いに情報交換といきましょう」


「その前に貴殿も腹ごしらえを済ませてしまえ。このままでは全て食われるぞ」


 完全に暴食の虜となった兵士は、最早上司と部下といった認識すら識別しない。

 我も我もとバッグの中から非常食を取り出し、その場でいきなり口に運ぶ始末だ。中にはお湯を使わなければならないような硬い物もあるというのに、それさえ暴食によって呆気なく消えていった。

 空腹が最高の調味料となるは、正しく真理だった。それに追加してライノールが若干引きぎみに酒をテーブルの上に置けば、一瞬の内にその姿は空の瓶へと変わっていく。

 何処の大食い大会なのだろうか。これではとてもではないが話など出来る筈も無い。

 故にこの場ではリーダーとの会話も無しだ。空腹を満たさねば確りとした理性が帰ってこない以上そうしてもらうしかない。

 酒によって酔い潰れる可能性が無い訳ではなかったが、水のように飲み干していく様子にこれでは酔いなど効きもしないだろうなと内心で感心を覚える。

 酔わないというのは、個人的には羨ましいものだ。自分では限界値を探る事が出来ないので酔う事など無いのだが、どれだけ飲んでも酔わないような人物は素直に良いなと思ってしまう。

 気にし過ぎて飲むような物など手が伸びにくいのだ。それよりもコーヒーや紅茶ばかり飲むものだから、周りには酒が苦手とも認識されている。

 ……まぁ、そんな事はどうでも良い。

 リーダーに空腹を満たす事を最優先としろとだけ告げ、俺達は呻き声を漏らしていた他の兵士を探しに行く。彼等も確り食料を与えればまだ僅かばかりとはいえチャンスがある筈だ。

 

「ライノール。助けられるだけ助けるぞ」


「外の奴等か。了解了解、お供しますぜ。まだ鞄の中にゃ酒以外も入ってるしな」


 その殆どは水だが、それさえ彼等は喜ぶだろう。

 飲み水程度で回復はしないまでも、食事と休憩を行えば徐々に回復へと近づく。恩を最大にまで売り、此方の好感度は限界まで引き上げるのだ。

 怪我人が居れば応急処置をしてもらい、後にナギサに時間稼ぎをしてもらおう。

 戦闘以外に能力が役立つのであれば、その方がずっと良い。殺すだけの異能よりも他者を生存させる力こそが最も尊ばれるべきなのだから。

 その部分で言えば、俺はかなりの最低野郎に他ならない。何せ生かすは生かすでも自分だけだからな。

 そんな自分を恥じ、自虐しながら踵を返して建物の外に出た。糞野郎の俺よりも彼等の方が余程尊き存在なのだから、助ける事に否はありもしない。

 それでも全員は助けられないだろうという事実に、俺はどうしても悲しみを覚えてしまうのだった。




――――――――




「食料の提供、誠に感謝します。お陰である程度体力も戻りました」


 漸く全員が食事を終えた頃に、リーダーは此方に頭を下げながら感謝の言葉を述べてきた。

 それを直ぐに構わないと止めるも、彼としてはやはり恩人のように見えているのか視線に宿る警戒心は多分に削れている。胃を掴むのが人心掌握の一つの手段だと聞いた覚えがあるが、まさかここまで通用するとまでは思っていなかった。

 やはり情報は実践するまで確信してはいけないようだ。こうして自分にとっては良い誤算となったが、もし間違えて悪い誤算でも起きようものなら非常に問題となる。

 俺はまだまだ未熟者なのだと戒め、それでもって再度向き合う。重要なのは此処なのだ。

 

「それで、此度此方に寄った件についてなのだが……我々はこの現状を改善しようと考えている」


「改善ですか……それは難しいのでは?王族も関わるとなると並の問題では済まない気がしますが」


 自分の目的は此処の環境改善だ、というのを明確とする。

 それによって繋がりを深くし、好印象を与える準備をしておくのだ。まるで何か罠にでも嵌めるような思考だが、その意図はまったくもって絶無である。勘ぐられるだけ無意味というものだ。

 互いの情報交換。そして将来性のある設計。特に設計に関しては迅速に行いたい。

 遅れれば遅れるだけ化外が現れた際の行動に遅延が発生する。それによって死ぬようであれば、此方としては目も当てられない。

 最終的にはこの場所から例の二名の貴族を追い出すことだ。それによって此処の兵士達を生かし、かつ施設自体の質も向上させてやる。

 貴族を追い出すのは容易だ。相手は王族であるとはいえ、此度の出来事は大問題に発展するだろう。

 俺達の存在を消す事によって無事に過ごすつもりだろうが、そうさせる気はさらさら無い。

 

「何、あの王族は既に問題視されている。俺達が居る四日間の内に何も起きなければ、そのまま学園に帰還するのではなく王都に向かい公爵家に話を通すだけで全て終わるだろう。巻き添えでグリュンヒルド家も血を流すだろうが、あの男をまともに制御出来なかった時点で致し方ない」


「公爵家に……もしや貴方は公爵家の方なのですか?」


「違うな。俺自身は只の伯爵家だ。テキスと言えば大体解ってもらえると思うが……」


「――――何ですって!?」


 俺としては、本当に何気の無いものだった。

 他の家の方が明らかに格は高く、どれだけ特別視をする者が居ようと表向きには何も変わらない。

 そう思っていた俺の意思を打ち砕くかの如く、リーダーは驚愕の声を上げた。次いで俺の手を取って強制的に握手の形となる。

 その動作は一瞬で、いきなり過ぎて反応に遅れた。

 どうしたのだというのだろうかと感じた自分は悪くないだろう。確かに我が家の父は尊敬出来る人物ではあるが、仕事自体は七年前からそれほど変わってはいない。

 毎日が書類仕事で、剣を取るような日は極稀だ。俺が最後に見たのは去年か。

 

「あのテキス伯爵の御子息で在られましたか!いやぁ私は運が良い。こんな事もあるものですね!!」


「……そう、なのか?」


「勿論ですとも。既に過去の話になっているとはいえ、テキス伯爵の伝説は多い。それにあの方の御友人も素晴らしい人物ばかりです。特に王都襲来時における魔女や地獄鳥の討伐は子供ながらに胸震えましたとも!」


「あ、ああ。丁度父の友人の娘も一緒に同行している。ライトネル家の者だ」


「そうなのですか……いやぁ、こんな事もあるものですね」


 何故だろうか、彼の周りに光の粒子が漂っているように見える。

 これは引くべき場面ではないのだろうが、こう、あれだ。現実と理想の差を知っている自分としては憧れる程ではないというのがどうしても強いのである。

 英雄譚に影響された者特有の輝きだ。彼は恐らく我が家の父に影響されて兵士になったのだろう。

 阿頼耶を習得しようとしなかったのは、単純に基準を満たせなかったか。或いは金が無かったかだな。

 そんな彼であるが、感極まった表情をしていた顔を直ぐに引き締めて先程とは打って変わって姿勢を正し始めた。寛いでいた兵士達を叱咤し彼の背後に三列となって並び、命令を待つように待機する。

 瞳に宿るは確かな好意。父が悪人ではなく善人であるのは言うまでもないが、あの人が成した出来事がまさかこんな風に役に立つなど思いもよらなかった。

 されど、それは感謝すべきものだろう。父親が英雄である事実は少し複雑なものが依然としてあるものの、それだけではないと知っているからこそ嫌いになどなりはしない。

 寧ろ申し訳ない気持ちの方が強いのだ。こんな形で利用してしまうつもりは無いとしても、それでも結果的に利用する形となってしまった。

 詫びの手紙を書こう。それで叱責されても、勘当されても文句は言えない。

 あの家には多分に迷惑を掛けるようになってしまった自分を、果たしてあの人達は家族と呼んでくれるだろうか。

 不安を覚えつつも、俺は前に進む。

 開いた口から震えを消し去り、テキス家の威光を前面に出して言葉を紡いだ。

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