群がる烏
人の思考は千差万別。聖人にも外道にもなり得る可能性を秘め、生来的な素質を抜きにして考えれば本人がどうなるのかなどその環境次第でしかない。
良き人に囲まれれば、それを規範とした人物を目指すだろう。悪しき人に囲まれるのならば、やはりそれを規範として人はそれに近づこうとするのだろう。
どちらも変わりはしないのだ。幼少の頃の環境によって全ては決められ、それ以降何が起ころうとも本能に刻まれた部分に変化は訪れない。
外道に染められた人間がどれだけ聖人染みた真似をしたとして、それでも外道の要素は抜けないのだ。
表向きは良い奴になったように見えるだけ。実際にそういう真似をしたとしても、何時外道としての衝動に襲われるのかは一切不明のままになる。
ではこの基準であの王族と貴族を更生させる事が出来るのかと考えるが――――あれらは本来想定されている設計図から離れた存在だ。
母親か父親が外道であれば話は別だが、国王夫婦は誠実的な方達である。犠牲を悲しむ慈愛の精神もあり、どう見たとしてもあれが下種であるとは思えない。
グリュンヒルド家は有力貴族ではないものの、多数の貴族と協力関係を結んでいる。それは本当にこの国に危機が舞い降りた際に国民を逃がす準備を整える為のものだ。断じて何か私腹を肥やそうとしているのではない。現にそれをしていた勢力はグリュンヒルド家によって正当な理由と共に処刑された。
つまり、遺伝だけで見るならばあの両名は最初から根幹の一部を喪失している。
それは大別するならば善であり、細かく別けるのならば愛や同情といった人間性において重要な感情部分。
それが先天的に喪失しているのであれば、それを取り戻そうと行動する事は全て無駄である。
諦めるのが吉。利益を生まない行動故に放置が最適だ。こんな事が無ければ話を聞いた段階で俺達は今回の仕事を断っていただろう。
それによって依頼者側であるグラムの俺達に対する評価が失墜したとしても、それでも危険な存在と一つの施設の下で寝るというのは避けたかった。
俺達の本当の仕事は時間稼ぎ。死ぬ事を前提とした、平民と同クラス扱いの粗雑なものだ。
怒りと共に与えられた全員の寝る場所に設置された机をサウスラーナが叩くも、それさえまったくもって虚しさしか感じない。
「ああイライラするッ!何よあの態度、こっちを舐めてるとかそんな次元じゃないわよ!?」
「最初から宛にされていないのは承知済みだったが、流石にこれは酷いな。まるで自分の為に全てが動いていると思っているかのようだ」
「実際に思っているのでしょう。でなければ信頼で繋がる公爵家を愚弄するなど信じられません。王も父も意見こそしますが、罵倒をするような間柄ではありませんでした」
「つまり、あれが糞だったってだけだろ。気持ち悪い姿に塵みたいな性格かよ。これなら死体の方がまだ綺麗に見えるぜ」
皆が皆部屋で素直な評価を下している。
彼等の不満も尤もなもの。寧ろこれで致し方無しと思うようなら貴族の腐敗は最早危険な領域にまで届いてしまったのかと嘆いていただろう。いや、実際に嘆けないけども。
兎も角、これにて敵が何勢力に及ぶのかは解った。化外とあの王族の派閥は、間違いなく今後において俺達の障害として立ちはだかってくるだろう。
化外だけならば当初の予定通り。まぁ、貴族の中に敵が居る事自体は最初から考えられていたことだ。
今更といった雰囲気もあるが、それでも酷い人間を見れば再認識もするもの。
特に今回はあの王族が用意した戦力も何処かに居るらしい。下手な真似をして後ろを射抜かれる可能性が示唆されている中、馬鹿正直に動くのは間抜けが過ぎるな。
ではどうするかとなれば、それはまぁやはりあまり変化の無い内容になる。
文句を吐き続ける仲間達を他所に、俺は持ってきた荷物の中からこの施設群の地図を取り出す。
「文句はそこまでだ。そろそろ建設的な話をしよう。これを見てくれ」
巨大な丸テーブルの上にそれを広げれば、全員が一旦不満を収めて地図を眺める。
信頼されるのは嬉しいが、さりとて君達かなり従順じゃないか?もっと俺に対して文句を言っても良いと思うのだが……こういうのは贅沢な悩みであるのだろうか。
余計な思考は一時排除。咳払いを一つし、今自分達が居る場所を地図で指し示す。
現状俺達の住処はこの客室とされている大部屋だ。建物としてはあの王族達と同じ場所であり、五階層の内の一番下を使用している形となる。
此処から命令が下され、そして俺達はそれまでの間は暇を持て余す事になるのだ。
向こうの予定としてはそうなるも、当然そのままを良しとするつもりは無い。舐められたままであるというのは今後に響くし、生き残る為にも出来る事は全てやっておくのが普通だ。
幸いというべきか、俺達は時間稼ぎにおいての重要な立ち位置となる為か食事は出される。最悪の可能性としてサバイバル生活用の干し肉やらを使う必要になると考えていただけに、この部分だけは素直に有難いものだ。
プラスかマイナスかで比べてもまだまだマイナスであるものの、食事の有る無しはやはり俺達の士気にも関わる。貴族であるからこそ、その部分だけは保証してくれる訳だ。
「俺達が居るのは此処。グリュンヒルドとエクリプティスは此処。地図の通りであれば一般兵の宿舎は此処で、最短ルートで進むとなれば序に生産過程を見る事も出来るだろう」
地図の上に赤と青と黄色の旗を乗せて、俺は説明する。
赤がエクリプティス派閥。青が俺達。黄色が一般兵だ。赤と青の旗は隣同士で隣接する形となり、少し離れた地点に黄色の旗が乗っている。それを見て、最短距離で兵士達の元へと進む道を指でなぞった。
その間には豚や鶏が飼育されている場所があり、畑の一部も見る事が出来る。此処の管理体制がどうなっているのかを調べる事も出来れば、兵士の現状も解る筈だ。
最優先事項としてだが、俺達がこの戦いで生き残る事が挙げられる。勿論それは仕事を達成するのも含まれているので当然と言えば当然の内容だ。
そしてこの中に、エクリプティス派閥を守る事は含まれていない。
あちらはあちらで既に戦力を確保している。最低でも逃げるだけの時間を稼げる戦力は彼等が余裕の顔をしている時点で判明しているのだから、態々救援に駆けつけなくとも問題無い。
「王族が死ねば大問題とはなるだろう。当然一番に非難されるのはグリュンヒルド家だ」
「私達にも叱責は飛んでくるでしょうけど、それはきっと表だけの些細なものでしょうね。王族としても彼を嫌う貴族としてもあの二人には消えてもらいたいだろうし。もしもそれが叶えば……」
「少なくとも褒める奴は一定数出てくる訳だ。んー、解り易くて良いねぇ」
「反面、それ以外に被害を出せば私達も非難の対象になります。全力でこの施設と兵士を守らなければ」
ナギサの語る言葉こそが、俺達にとって一番重要なものとなる。
施設を守りつつ、可能な限り兵士も守護。学生の身分である俺達にそれはかなりの難易度となるだろうが、されど出来なければ無駄にこの国の人間が減る事となってしまう。
国力の低下とは様々なものがあるが、中でも人力が消失するというのは重要過ぎる問題だ。あの二人の豚の所為で将来の勇者が消える事にでもなれば、その時の国の被害は計り知れない。
よって、可能である限り一般兵であろうとも守るのだ。それがどれだけ無茶で無謀を極めようと、しようとする事にきっと間違いは無いのだから。
「今日を含めて四日間。その間に敵が来るかどうかはさておき、此処の現状は王宮に伝えた方が良いだろう。……シュトロハイム公爵。学園に帰還次第御当主に手紙を書いていただいても?」
「はい、私もそれは考えておりましたので大丈夫です。情報が揃えば直ぐにでも書きますが……」
「いえ、それは止めましょう。あの二人が手紙を奪うとも限りません。全員、今日の食事もそうだが相手側から提供される全ての物に警戒を。人もまた同じく、何時でも戦える準備をしておけ」
「了解した。では次に最初にすべき事を決めようではないか」
全員の頷きを確認し、ウィンターが次の予定を決めようと口を開く。
それは俺も考えていたことであるし、それに彼と俺が決めている候補は当初と変わらず同じだろう。
先ずはこの場所で信頼出来る別勢力を作る。それは金銭関係でも良いし、友好関係でも良い。未来を考えずに今この場を乗り切るだけの人員を確保するのが最も急務と言えることだ。
最初の内は兵士を確実に守って未来に繋がるようにとも思っていたが、それをするだけの自信は正直な話今ではあまり無い。
出来れば良いといった程度にまで低下しているのは否めず、されどしないなどとは言えないのだ。
助ける。それは最後まで捨てない。
それでも難しいのは確かだ。俺達がただ戦うだけでどうにかなる程簡単ではない。
故に最初の最初にすべきは接触だ。彼等に会い、彼等と話し、そして繋がりを構築する。
出会わなければ何も出来ない以上、それ以外には他に無いのである。
「先ずは一般兵達との接触だ。現状の正確な情報を掴むには彼等に話を聞くのが一番であり、あの二人の様子から察するに決定権は兎も角として全ての施設を動かすには彼等の協力が必要となる」
「提案だ。保存食の一部を譲渡しよう。ついでに俺が内緒で持ち込んだ酒も持っていきたいんだが、いいかい?」
「何をやっているんだお前は……だが、まぁ切っ掛けとしてなら使えるな。許可しよう」
密かに忍ばせたと乾いた笑いと共に告げるライノールに皆が呆れた顔を向けるが、酒は話をする上では一番手っ取り早い手段と言えるだろう。
保存食も全員には行き渡らないだろうが、彼等の中にはリーダー格も居るだろう。その人物と少しの人員に渡せば最低限話をするくらいは出来ると思われる。
彼等は現状飢えているのだ。食料をぶら下げれば嫌な人種相手であろうとも釣られてくれるだろう。
そういう意味ではライノールの行動は予想外に素晴らしかった。表だって称賛は出来ないものの、後で何か奢ろうかと思うくらいには考えている。
早速その用意を頼み、俺達は次にルートの確認を行う。
態々潜む必要は無いかもしれないが、周辺を気にするくらいは良いだろう。それに悪い事をしようとしているのではないのだ。
ただ頑張っている兵士を貴族が労うだけ。そういう理由にしておけば、表だって阻止される事もあるまい。裏で何かされる可能性は十分あるだろうが、それはそれである。
今を思えば最低限殺しはしまい。その手段に出る前に事を済ませておくのだ。
「いきなり全員が行っても怪しまれる。男二人だけで行くのが無難だな。――ウィンター、此処を頼めるか?」
「任せておけ。盾を使う身として、必ず守ってみせるとも」
胸を叩くウィンターの頼もしさを感じつつ、俺とライノールはバッグの持ち物を交換。
女性二名は不満そうにしていたが、此処は男所帯ばかりかもしれない以上迂闊に連れてはいけない。貴族だろうが関係無しと襲う可能性も否めないのだ。
全ての危険性を排除し、その上である程度の安全性が保証されて初めて彼女達は接触出来る。
まるで会える人間を選定している気分だが、あまり間違ってはいないだろう。分別の聞くような人間が残っていて、かつその人物がリーダーである事を願うのみだ。
用意を終了させ、早速俺達は兵舎に向かう。どんな風になるのかは――まぁ直ぐに解るだろう。
――――――――
動物の鳴き声がする。
人の辛そうな呼吸音が聞こえる。
空気は澱み、それはさながら此処にある作物全てを腐らせるような不快感を覚える。
歩き出してから暫くして、俺達の居た建物とは別のエリアに到達した時点でそれは垂れ流されていた。
この空気の正体は死だ。戦う場において常に発生するそれと同質であり、しかして垂れ流される程の量である事を思うと一回二回の死線だけでは足りない。
此処で何十何百の死者が誕生したのだ。そしてそれを何処か一か所に纏めている。
だからこそ、嫌な空気は払拭されない。清浄な空気は此処を嫌い、生者の誰もが忌避の念を覚えるのだろう。故にこそ、此処で取れる如何な作物も動物も良質になりえない。
何処までも何処までも暗い世界で育った食料が旨かった歴史など皆無も同然。
前線でこれを使った料理を食べている兵士は皆一様に不味いと思うだろう。しかしそれでも食べねば身体は動かないから、無理矢理食べきって吐き気を堪えるのだ。
「やはり、というべきだな」
「ああ。どうにも腐ってやがる。本当に食料を生産してる施設なのかよ、此処」
作業をする人の姿はあった。
だが、その全てが此方を認識する事も無く歩き去っている。警戒のけの字も無い姿は死者が歩いているようにしか見えず、機械的に作業をする様子は俺達に若干の恐怖を与えるには十分だった。
本当であればこの段階で一回か二回くらいは足を止められるものだが、尋常ならざる者達が居る故か普通の人間が歩いている姿を見掛けない。
それが余計にこの場所を魔境のように思わせる。警戒感が一層高まるのは自然だろう。
その道を更に進む。進むにつれて細く倒れた人が多くなり、その人数は数えただけでも合計で三十。
辿り着いた宿舎の前では呻き声を漏らす隊服を着た者達が多数存在し、この世の地獄の一角を表現した場面は常人には辛いものだ。
思わず眉を寄せてしまう。それはライノールも同一で、互いに不快感を露わにしながらゆっくりと扉に近づく。
罠の可能性を十分に考慮し、阿頼耶の発動も視野に入れ――――
『――ようこそ、貴族の方々』
蹴り破った扉の先で、数人の痩せた男達が椅子に座りながら此方を不敵に眺めていた。




