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第一優先地帯の実情

 膝近くにまで伸びている細長い草。

 遠くには森が見え、更に遠い場所には白い山が薄っすらとだが見えている。

 周囲を見渡しても特別目立つ物は無く、時折森の木々から覗く草食動物の姿だけが癒しだ。これがただ景色を楽しみに来たのであれば最高だったのであるが、生憎徐々に見えてきた無骨な灰色の壁の所為で一気にそんな癒された精神は削られた。

 自然に全く合わないデザインのそれは、例えるとするなら砦だ。どんなに巨大な肉食動物だろうと乗り越えられない石造りの壁。門は鉄製であり、これを開閉するとなると必要な力は一人二人では済まないだろう。

 上には見える限りで十人程度の監視。双眼鏡を持っている様子からして、やはり遠くに居るであろう化外を警戒しているのが容易に解る。

 遠目から故確定出来るものではないが、彼等の防具は軽装ではない。まるで最初から肉達磨になるのを想定しているかの如く鈍重な鎧を身に纏っていた。

 間違いなく防御重視の姿勢だ。それだけに上の考え方が簡単に予測出来てしまうというもの。

 ナグモは重要な施設。絶対に死守せねばならないし、その為ならば国は多少の犠牲すら飲み込むだろう。

 

 だがそれは、多少だ。そして当然ながら致し方無しである。

 誰もが好き好んで死にたいと思う訳も無く、であればこそ本来重装備をしている筈ではないのだ。それがこうなっているということは――――彼等はこの施設の責任者達にとって肉壁なのである。

 死ぬことを望まれている存在。此処の警備をしている者達の中には平民しかいないが為に、だからこそ騙し込んでいるのだ。

 気分の良いものではない。いや、この際はっきり言わせてもらおう。

 こんなのは外道の手段だ。下種の極みだ。尊ぶべき人命を施設と己の存命だけに無駄に消費する、およそ人間的ではない行動である。

 少しでも良心の呵責があるのならば、こんな手段は使わない。候補に挙げても断じて認めず、さっさと塵にするのが当然の行動だ。

 もしも、である。もしもその責任者が現状の化外に対する有効な対処法を知っていなければ、こうなっていても不思議ではないのかもしれない。

 そんなもしもを考え、しかし王族が関わっている事を加味した瞬間にそれは白紙と化した。

 

「……どうやら俺達、とんでもない場所に来ちまったみたいだぜ」


 ライノールの呆けたような声に、されど返す者は無し。

 既に自分達があまり良い場所に来たとは思っていないのだ。あの学園に通っているからこそ、俺達は授業の内容と貴族という種族の特徴を照らし合わせて結論を弾き出せてしまうから。

 入口前に停止した馬車は、ただ静かに門が開くのを待っている。

 それが地獄の門に思えるのは何故なのか。此処を通ってしまえば二度と帰ってこれないような錯覚を覚えるのは、本当に地獄だからなのだと感じてしまっているからなのだろうか。

 此処から無事に生還したら取り合えず情報を詳細に手に入れる技術を磨き、後ついでにグラムも殴る。

 いくら此方が聞かなかったとはいえ、彼女は本当に何も言わな過ぎた。こうまで酷いのであれば俺達の反応が否定的になると思ったからなのだろうが、それでも言う義務はあるだろう。

 帰還してからは最悪直ぐに仕事を止める事も視野に入れねばなるまい。何時かは軍に入ってこういう理不尽な仕事も受けるとはいえ、流石にこうまで唐突では覚悟のしようがないではないか。

 

「……見てみろ」


 ウィンターの重々しい声に全員が僅かに用意された窓を見る。

 そこに広がるのは畑だ。様々な野菜を育てているのは情報通りであり、どうやら能力者を使って水や温度管理をしているようである。

 しかし、それを実際にしている者達の目は死んでいた。頬も痩せこけ、軍服も着ているのではなく着せられているといった方が相応しい姿をしている。実際に立っている姿からは軍人を想起させやすいかもしれないが、戦闘者としてはとても見えないだろう。

 食料生産施設でありながら、軍人の殆どが満足に休憩も食事も出来ずに過ごしている。優遇されている能力者でもこうなら、一般兵である平民はどのような環境に置かれているのだろうか。

 眺め、硝子に反射した顔は全員が険しかった。

 それは少なくとも、この施設が黒一色であるからというだけではない。この世界において人は負けている側で、最近漸く勝ってきていると言われていても新西暦一年の時の人口に比べればまるで足りていないのだ。

 非人道的行為は昔から忌避されるものである。されど、人が少なくなった現在においてその所業は尚更重いものとなった。その場で誰かが首謀者の首を切り落としたとしても文句を吐かれないぐらいには、非人道的行いに対する罰は好意的に受け止められていたのだ。

  

 正義という一部分だけでも、皆の顔が厳しくなるのも当然。

 よって必然的に、否定的意見が全てを占める事になる。特にウィンターの顔は通常時よりも余程恐ろしいものだ。元々顔の所為で勘違いされやすかったが、今では己の怒りを前面に出している。

 勘違いのしようも無く、彼はどうしようもない程に怒りを噴出していた。

 溶岩の如く止め処の無いそれは悪に対する処断の焔。見つけ次第殴ってやると固めた拳には血管が浮かび上がり、どれだけの思いがそこに宿っているのかを教えさせられる。

 それを抑えろと言う事は出来た。そして実際抑えた方が良いとも考えていた。

 されども、それをしたところで何になる。彼の怒りを貯め込ませても何の益も無いのは当然で、ならばいっそ此方が間に立つ形で彼の怒りを教えてやればいい。

 言えるだけの資格を持つ者は居る。そしてナギサという少女はこの施設で暮らす下種とは違い、少なくとも他者を同情するくらいの気持ちは持っていた。

 

「私が話に行きましょう。王族が関わっている以上止めるのは難しいかもしませんが、意見くらいは聞いてくれる筈です」


「駄目なら此方は此方で注意をされない程度に自由に動く。流石にこれでは戦闘になったとしてもとてもではないが防衛は不可能だ。蹂躙されるのが解っているのならば、最悪そうならないようにするのみ」


「この分だと平民達も相当に鬱憤が溜まっている筈。貴族に対する反感も高いわね」


「ああ――だが同時に、それは此方を味方につけさせやすい事にもなる」


 相手は貴族。此方も貴族。

 嫌われる要素は俺達にもあるが、それでも新参者の方がまだ評価はいくらかマシだ。

 きっとアイツ等もとは思われるだろう。そこで俺達も悪行を示せば同じ末路。しかし、逆に善行を示せば比較した結果として多少なりとも天秤は此方に傾く。

 故に後はそれを更に傾かせるのみ。切っ掛けさえあればそれで良いのだ。そしてその行動は、俺達が勝手に動き回れば向こう側が用意してくれる。

 ならば、特に必要な動きは無い。最初に考えていた通りにやるだけだ。

 中へと進み行く中で、徐々に見えてきた全貌に背筋を冷やす。恐怖は胸にあり続け、されどもそれを表に出さないよう意識して顔を固める。

 怒りが無い訳ではない。俺とてこの惨状を作り出した相手は嫌悪すべきであると思っているし、そうでなくとも常識的に考えてまともではないのである。

 例え今回無事に過ごせたとしても、次回出会う可能性も零ではない。特に俺達の中には高位の貴族が二名存在しているのだ。何かしらの接触を図って来るのは見え透いているもので、その対応に関しては彼女達に任せる他にない。

 解っているのだ、皆。これから少なくとも、何かを決める時が来ることを。

 それが何であるのかは解らなくても、まだまだ大人としての自覚が完全でない俺達は前を進み続けるしかないのだった。




――――――




「ようこそ、ナグモへ。私が此処を任されているゼブル・グリュンヒルドだ。隣にいらっしゃるのは……」


「よい、私が直接しよう」


 案内された建物は外観だけを見るなら防御に比重を置いた堅牢なイメージを抱く城だった。

 壁に囲まれた中であるからこそ装飾を施しても意味が無いと考えたのだろう。それに周辺も大体が畑だったり動物が多数飼育されている建物だったりするので、余計にそう思ったのかもしれない。

 されど、内観はまったくの別空間だった。

 贅を凝らした部屋というには少し過剰。質素というには些か豪華過ぎる。

 されど趣味が悪い金の輝きは只管に城に住む者の性格を反映し、それは進む度に色濃く出てきている。

 絵画は風景画ではなく自画像。壺は等間隔に並び、敷かれたカーペットは意味も無く廊下の全てに広がっている。恐らく暖色系の壁と同様の素材で床も構成されていると考えられるのだが、しかしそんな事はどうでも良いと入室した際の二名の姿に一瞬だけ視線を向けた。

 直ぐに跪いたものの、脳裏に映った二名の姿は――――およそ貴族という姿から離れていたのだ。

 動く事を忘れたが如き膨らんだ腹。肉を詰め込んだとしか考えられない顔の弛みは強烈で、幸せな生活を続けていたのだろう歴戦の貴族らしい雰囲気は無い。

 

 どちらもどちらとて、まるで危機感を抱いていないのは明確だった。

 彼等の家族も此処なら絶対安全だとでも思っていたから此処に押し込んだのだろう。重要施設ではあるものの、此処の責任者がすべき仕事量はそこまで多そうには感じられない。

 寧ろ作業者側の仕事が多く、つまるところ衛生管理を確りしなければならない兵士の方に気を払うのが彼等の本来の仕事と言える。

 それを無視して己を優先したのが現状で、落胆や失望を覚えるのは致し方ないものだ。

 これを見て好意を覚える相手など同類くらいなもの。そして俺達は決してそういう人種ではなく、既に横からは多大な殺意が放たれている。

 何かあれば殺す可能性すらある程だ。濃厚な死の気配が漂うが、目前の二名は気にする事無く紹介を進めていく。馬鹿丸出しだ。


「私がこの国の王、ジグラッド・エクリプティスの息子――コンスト・エクリプティスである」


 尊大な口調で告げる名は、確かに有名なものだった。

 勿論それは良い意味ではない。エクリプティス一族にとってその名は恥と同義であり、消せる名目があれば消したい程に誰もが認める情けない男だった。

 王族たるものの責務を果たさず、やるのは豪遊だけ。噂では国の金にすら手を出しているのではないかと囁かれ、嫌われていない貴族がいないという偉業を成し遂げていた。

 父親は偉大な王だが、その部分の知恵は遺伝されなかったのだろう。兎に角、このままでは何も進みはしないかと全員で自己紹介を続ける。

 さっさと退室をしたい。したいけれど、何も話を聞かない限りは今後の動きを確定出来ない。

 

「貴殿達に任せたいのは森より観測された化外の討伐である。しかし、我々は貴殿達にあまり期待はしていない。本当に任せたいのは、もしも此方の戦力が化外到達前に間に合わなかった場合における、時間稼ぎ(・・・・)だ」


「……ッ!?」


 覚悟して、最悪の予想も立てて。

 それでも口から放たれたのは、更に斜め上の命令だった。命を何とも者特有の、どうしようもなく人数的な計算しか出来ない良識の欠片も無い断言だった。

 確かに俺達は強いとは思っていない。化外との戦闘経験も精々一度か二度だけで、勝てたとしてもそれは運の要素が高かったと言われても致し方ないだろう。

 期待されていないというのも最初から解っていたことであるし、そもそもそうなるだろうと予測を立てていた。されど、その最初から彼等は切り捨てる事を予定にしていたのだ。

 公爵家すらも巻き込んで、彼等は彼等の用意した部隊にのみ信を置いている。その部隊と自分達だけが生き残ればそれで良いと、隠す事無く言い切った。

 それに我慢が出来る程――俺達は大人ではない。耐え忍ぶべきだとしても、それでも何も言わないなどという選択肢は無かったのだ。

 

「王族を信じていらっしゃる公爵家のご令嬢を切るというのですか。……それはシュトロハイム家が黙っていないでしょう」


「構わぬ。そもそもシュトロハイム家は公爵。王族たる私よりも下だ。文句を言うようであれば、一族諸共切れば良い――それは貴殿達も一緒だ。余計な事は考えず、ただ私の命令に従っていろ」


「……ならば、意見を一つ言わせていただけますか?それだけ聞かせていただければ、私共は貴方様の命に従います」


「良かろう。何だ」


「兵の者達の恰好です。あの重装備では化外に殺されるだけ。軽装にして、少しでも回避の余地を与えてあげてください。そうすれば攻撃の芽も出てくるかもしれません」


 余計な事は考えるな。

 ただ命令に順じていろ。

 成程成程、如何にも馬鹿な貴族が言うような内容だ。しかもそれを、よりにもよってナギサの前で言うとは。

 彼女は顔を俯かせていたが、それは決して悲しみや恐怖によるものではない。

 怒りだ。どうしようもなくこの男を殺したいと思う殺意だ。それが顔に出さないよう必死にこらえている。だからこそ、最低限の事だけを訪ねて早めに退室しなければと思った。

 どうせまともな答えなど返っては来ない。この話は只の確認。屑が塵屑になっているのを確定させるだけだ。


「必要無い。――あの者達は所詮盾だ。壁としての責務を果たせばそれで結構。別段逆襲する期待などしていない」


 そらみろ。やっぱりこうなったか。

 向こうの言葉に、俺は諦観を抱いてそうですかとだけ返した。

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