出発
今回文字数少なめです。申し訳ございません
あの日の話から三日。
荷物らしい荷物を全て移動用の馬車に積み込み、俺達五人は学園の前で集まっていた。
各々の装備品は既に各々の取り出しやすい箇所に装着している。グラムの話によれば道中でも出る可能性はあるとのことなので、俺も自分の剣は腰に装着していた。
特徴らしい特徴と呼べるものは無いのが俺の剣だ。鍛冶屋に注文した部分と言えば頑丈であることだけで、それ以外は正直他の皆よりは見劣りするだろう。
されど、変な装備をしても自分では使いこなせるとは思えない。操作性が必要な物でも、細工を動かすような物でも、実用化にはとてもではないが時間が掛かり過ぎるだろう。
ならば自分の出来る範囲に留めておくのが正解だ。変に求め過ぎるのは戦いという点で見ると非常に愚かと評価せざるをえない。
彼等もそれは一緒の筈だ。最低限何か一つ程度は潜ませているとは思うが、流石にそれ以上の何かを用意するような真似はしていないだろう。
もしもそれをしたとしても、俺が不器用なだけで彼等は器用なだけかもしれない。確り実用化出来ているのならば特に何か文句を言う必要も無しだ。
そんな訳で、俺達はこれから目的地であるナグモに向かう。馬の手綱を握る人物はこの国の兵士の標準装備である軽装鎧を身に纏い、俺達が乗る馬車の扉を開けている。
戦場へ向かう故に普段の俺達が乗るような立派な装いの馬車ではないものの、無骨な鉄製のそれは中々に実感を抱かせてくれた。
グラムなりに自覚を持てと言っているのかもしれない。何せ安請け合いをしたようにも見えるだろうしな。
開いた扉を全員が潜り、兵士は扉を閉めて馬の居る方向へと向かう。
「此処からナグモまでは一日。その間までに全員休養しておけよ。向こうに着いた直後に戦闘と言われても対応出来るようにな」
「それは勿論だぜ。準備を忘れる程馬鹿じゃねぇさ」
俺が最後に注意を促せば、軽い声色でライノールが返す。
先日の重い空気とは別の姿に演技派だなと内心思うも、彼としては俺達に対して色々言えたのも大きいだろう。少しは気分が楽になったかと考えれば、成程彼の声色に含まれていた疲労感も無くなっているように感じてしまう。
それはきっと、まぁ俺の思い込みの結果なのだろうが。
突如として揺れる馬車。進み出した車輪を止める事は最早出来ず、誰もが普段の顔に緊張を含めながら意識を整えていく。
初めての戦場。初めての修羅場。そこに一体どんな惨状が広がっているのかも解らぬ中で、だけれども生きる事だけは常に願い続ける。
神のような存在には願わない。あれは誰かをそう簡単に助ける存在ではないのだから。
俺が願うのは、俺の意を汲んでくれるかもしれない阿頼耶だけだ。人の意識が集まった巨大な存在であるからこそ、神という証明不明な存在よりかは信用が置ける。
されど、一番に信ずるべきは己自身。他者に願うよりも、今まで鍛え上げた己の全てに信を置くべきだ。
それが出来なければ途中で死ぬ。解りきった道理だ。
目的地のナグモは、元が広い平原だった為に建物を除けば隠れる場所は少ない。
監視としてもそれほど困難にはならないだろうし、敵が隠れているだろう場所なんて動き出している姿を視認してから応援を呼ぶことだって可能な筈だ。
よっぽど特殊な対応をされない限り、という注釈は付くがな。相手が化け物である以上は既存の方法が通用しないと考え、本来ならば絶対に起きないであろう事象について思考を巡らすのが正しい。
流石に正規の者が守っている場所であるからには想定しているだろうが、それでも人間にとって自分の予想を超える事態を何事もなく受け入れる事は難しいもの。
この点は同じ常識外たる阿頼耶の使い手の方が得意であり、であるからこそいざという時に備えて迅速さも求められていた。
施設が機能しなくなるのは絶対に回避する。何をしてでもだ。
「……おい、誰か話題出せよ」
「そういう空気ではないのはお前とて解っていることだろう」
無言になるのは当たり前だが、それでもこのままというのは誰にとっても気が滅入るに違いない。
ライノールも最初の内は元気そうな素振りをしていた。だが暫くの時間が過ぎれば彼もまた黙り、お騒がせ筆頭の彼が黙ってしまうと必然的に全員が沈黙してしまうのは避けられない。
それでも何かしら盛り上がる話題を考えている顔をしているのは流石だ。俺ならばずっとこのまま沈黙を続けていただろう。
されど、それでも、盛り上がる話題に今は意味が無い。
楽しめる程の心の余裕が無いのだ。現地に到着すればまた別の感覚を抱くのだろうけれども、しかして今だけはどうしようもない。
初めての殺し合いが目前に控えているかもしれないというのは、精神に異常なまでに負担を強いる。
その負担を限りなく減らす為に人は何か逃避出来る事を探すのだが、我等がメンバーは全員が全員現実逃避をする程までは追い込まれていないらしい。
それでも普通ではいられないのだ。何かを考えてしまうのだ。
「……だが、このまま何も話さないというのも時間の無駄に感じてしまうな」
故に、ここは一つのチームを率いる者として率先して動くしかない。
皆の視線を感じながらも口を開く。その内容は実に簡単極まるものだ。暇潰しにしかならないような下らない話であり、彼等は俺の話なんて直ぐに忘れていくだろう。
「あのナグモの総責任者は、俺が知っている者か?」
「そうね。何せ密かに王族との繋がりがあるかもしれない人物だもの。英雄ではないけれど、それでも英雄に並ぶ程の重要性を有しているわね」
「あん?その言い方だと貴族じゃないような印象を受けるな」
国の第一優先指定を受けている場所が貴族の管轄に無いなど有り得ない。
だというのに、彼女の話し方からするとそこに貴族は居ないように思える。まぁ危険な場所であるかないかと聞かれれば、食料の多くある場所は基本的に危険地帯だ。
それを求めて野生の動物まで動くのであれば、やはり相応の戦力が必要になる。この国も他とは違い、一部の貴族は基本的に逃げ腰だ。
ナグモのような場所に席を置きたくないと考えるのも当然で、席だけはそのままに代理として別の人物が居るという可能性も決して零ではない。
しかしそれが真実であるならば、明らかに責任問題だ。本来責務を果たすべき者がそれを他の人物に任せてしまうのだから、まず確実に問題となるだろう。
疑問の声を上げる。俺のそれに、彼女はしかし首を左右に振った。
「別に押し付けられた訳じゃないわ。あそこを治めているのはグリュンヒルド侯だけど、彼本人は多忙故に実際の統治は息子に任せている。でもその息子はまだまだ新米だそうで、だから彼の友人を招き入れてその知識を借りているそうよ」
「それではつまり、総責任者はその息子になるのではないか?」
「まぁね。でも、本当の総責任者はその友人でしょう。――何せ彼女は、公爵家を超える格を持っているのですから」
「――――成程、相手は貴族ではなく王族か」
貴族と王族。その違いに何の差があるのかと言えば、それは大分違う。
だが重要なのはそこではない。俺達の向かう先で王族が既に待っているのだ。ただ戦闘をするだけではならず、王族の機嫌も損ねないようにしなければならない。
途端に気分が重いものとなった。所詮下らない話だと思っていたが、予想以上に重要な部分だったのだ。
最初に聞けたのは運が良かったが、逆に今度は頭の痛い事と相成ってしまった。
ただでさえ不安の強かった部分に追い打ちを叩き込んでくるも、件の重要性を知れば誰とて納得出来る話である。
要所は王族が信用する者か、或いは王族本人が管理するしかない。
下手な奴に任せて業務を停止させれば全体に与える悪影響は甚大であり、特に食料なんてのは直に士気に関わってくる項目である。
故にこそ、俺達がしなければならない仕事も馬鹿みたいに難易度が上昇するのだ。
殲滅の必要は最初からあるだろうし、それに付け加えて王族の護衛も必要となってくる。さっさと帰れば良いだろうに、それをしなかったのは持ち前の正義感か何かが動いたのだろう。
それは高尚な意思だが、戦える力があればこそだ。
どんな王族が居るにせよ、普段守られているような存在が戦えるとはとても思えない。
肩を落としたくなる。泣き言の一つでも吐きたいくらいだよ。
それは他も一緒で、ウィンターは眉を寄せているのが確認出来る。ライノールは露骨に舌打ちまでした。
座っている木製の硬い椅子も合わさり、とてもよろしくない居心地だ。最初のスタートとしてはおよそ最悪の位置だと言えるだろう。
「これで本当に敵が来ても知らねぇぞ。何か対策はあるのか?」
「聞いている限りだと特には。どうやらあちらはナグモに在籍している戦力で大丈夫だと思ってるみたいね」
「それは勿論対化外の戦力が居るということでか?」
「いいえ。武装はあっても精々倒せるとすれば私達にとって簡単に倒せる部類の存在でしょう。野生動物なら大型だろうと殺せる戦力だけど、本当の意味での化外での戦いなら足手纏いになるわ」
「そんな状況で楽観視をしているのですか?それは流石に問題なのでは……」
ナギサの懸念の声は尤もだ。
サウスラーナもそれを理解して嘆く声を漏らし、どうしたものかとライノールは顎に手を当てている。
俺達が今から行くのは、化外との闘いが想定される場所だ。可能な限り懸念事項は減らしておく必要があり、特に要人が戦場になるかもしれない場所に居るのは迷惑極まる。
それでは最悪の場合敵がそちらを襲いかねないし、それで王族が死ぬ可能性が多分にある。責任問題として総責任者本人の一族が滅ぶだけなら構わないが、此方にまで飛び火するようなのは御免だ。
最初に到着してからするのは要人の退避だな。それが出来なければ、可能性の話として少々の脅しを含ませるしかない。
まぁ、それで逃げるとも思えんが。何せ現在の状況は聞いている筈であろうし、恐らくは王族側も何かしらの戦力を保有している。それがあるからこそ大丈夫なのだと思っているのだろう。
それが本当に強大な戦力であるなら言う事は無い。
此処に居る面子の半分は過去に化外とも戦った事がある。ナギサやサウスラーナが露骨に意見しないのは、自分が化外達と交戦したことがないからだ。
だからこそ、選択権はリーダーたる俺に存在していた。
何とも胆の冷える話だ。まるで世界がそうせよと誘導するように、この学園に入ってから自分より格が上の人物との接点が増えているような気がする。
そんなのは御免で、されど最早引き返せない所にいた。
「なんで説明しなかったんだよあの糞女……」
「私達は未来で王族を守る任に着けられるかもしれないから――とかは理由としては駄目よね」
「当たり前だ。そんな訪れるかも解らぬ未来で、今を犠牲にされる訳にはいかないだろう」
何を言っているのか。そんな自分の言葉には、明らかな怒気が籠っていた。
第一優先地帯・ナグモ。その地には今、確かに暗雲が立ち込めていた。




