対米英開戦
1章とは別の世界線となります。
カタログは同じものです。
対米英開戦
「本物だ…」
静寂に包まれる臨時閣議の場に、誰かの小さな呟きが響いた。
1941年12月8日。対米英開戦に伴う戦闘が開始される中、首相官邸では臨時閣議が開催され、突如首相の前に枢軸型録通信販売という分厚い本が現れた。
本の中身は総天然色の挿絵が入ったもので、別の世界線の枢軸国の兵器や戦略物資などが即座に購入できるという内容であった。
忽然とその本が現れた事から尋常ならざる物であることは確かであり、何者の意図によるものか、また別の世界線が何であるかは分からないが、試すだけなら容易であるため、悲壮な覚悟でこの日を迎えていた首相は、一縷の望みをかけて型録を試すことを命じた。
結果は九○式鉄帽が何もないところから出現し、この型録が本物であることが証明されたのであった。
一同騒然となる中、首相はこの型録の調査を命じたのであった。
真珠湾やマレー沖での航空機による戦艦の撃沈が報じられる中、枢軸型録通信販売の調査結果が報告された。
これは真に本物であり、現金さえ支払えば望む兵器や戦略物資などを手に入れることができるものだった。
「この本さえあれば、負けることはありませんな!」
「当面の間、石油の心配もなくなるし、資源どころか完成品の兵器が即座に手に入るようになるのか」
「例えば、このドイツのⅧ号戦車が大量配備の暁には、英米の陸軍などあっという間に叩く事も可能なのだろうが…、現実的ではないな」
「はい、188トンもある超重戦車など、浪漫兵器以外の何物でもありません」
「今となっては大和型戦艦もそうなるのか…」
「やはり購入するのは、使い易く、安定していて、高性能な兵器だろうな」
「それが無難ですね。航空機に関しては、戦艦を沈めることができた事からも、戦艦よりも空母や補助艦艇、そして航空兵などの増員が急務でしょうね」
「そうだな。兵器がいくらでも手に入るなら、航空機に限らず兵器を扱う人員を増やしていかなければな」
大本営はこの型録をどう活かすか協議し、支払った紙幣が市場に出回らないのであるならばと、この型録での購入代金は紙幣を増刷し支払うこととした。
また、支払いを容易にすべく市場には出さない千・一万・十万円札などの、表面だけの裏白で簡易な高額紙幣が作られ印刷される事になった。
最優先に行うことは、各企業へのドイツ製工作機械の提供であり、次いで輸入の途絶えた工業用油や潤滑油など、そして貴重な工業用ダイヤが企業に提供された。
その上で、型録にある現状よりも高性能な兵器が各企業に研究用も含めて配られ、より高性能で安定した兵器の開発生産を求めた。
航空機は現行機種の高性能で安定した型が企業にもたらされたことで、調査解析後はその完成形が生産されるようになり、さらに未成熟ながらも高性能な新型機は、調査解析後は安定して高性能が発揮できるよう改修されて完成度を上げていった。
戦闘車両も各企業に渡り、特に戦車は何と戦っていたのか問いただしたくなるようなドイツ重戦車に衝撃を受けながらも、四式中戦車の完成度を上げるため各戦車の調査解析が行われた。
貯油所の石油などは型録で購入し補充され、また貯油所代わりに油槽船を多数購入し、貨物油槽へ石油などを購入し備蓄した。また、重油やガソリンなども購入できるため、製油所の稼動は最低限となっていった。
重油の心配がなくなったことで、海軍の戦艦含めた艦艇が燃料を気にすることなく全て活動可能となり、陸軍の要請でフィリピンの要塞攻撃に戦艦などが投入され、徹底した艦砲射撃が行われた。
海軍は真珠湾やマレー沖で航空機により戦艦を撃沈した事で、大艦巨砲主義が鳴りを潜め航空主兵が強くなり、翔鶴型空母や大鳳型装甲空母の購入が検討され、護衛の巡洋艦や駆逐艦と共に艦載機や電探も併せて購入が決定した。
ただ問題は人員であり、特に空母艦載機の搭乗員育成が簡単ではなかった。
1942年1月のラバウル占領に伴い、海軍はポートモレスビー攻略作戦を立案した。
これに参加する空母として、型録で購入し訓練を開始していた大鳳型装甲空母4隻が加わることになった。
地理的に基地航空隊の爆撃を受け易く、装甲空母の防御力が活かされるのではないかと考えられた。
また、搭載機数も大型の空母としては少ないため搭乗員は確保できており、作戦開始まで訓練に明け暮れた。
1942年4月。順調に南方作戦を進めていた日本に、米機動部隊が来襲した。
これに応戦したのは4隻の翔鶴型空母からなる機動部隊であった。
大鳳型空母と同時期に購入され錬成中であった部隊であり、練度は心もとないながらも世界初の空母同士の艦隊決戦に臨んだ。
結果、双方とも二次に渡る攻撃隊を放ち、損害を被りながらも数に勝る日本機動部隊が見事に米空母2隻を撃沈した。この機動部隊は、貴重な実戦経験を積む事ができたのであった。
この米機動部隊から発艦したB-25爆撃機は、型録で購入して訓練中だった大量の戦闘機が出迎え、その悉くを捕捉し撃墜した。
それまでの内地は、旧式の九七式戦闘機や九六式艦上戦闘機が数多く配備されていたが、型録により全て新型機に置き換えられており、特に爆撃機迎撃に特化していた二式単座戦闘機鍾馗二型や局地戦闘機雷電二一型は、安定した高性能を発揮しB-25撃墜に活躍したのだった。
南方作戦の終わりが近付いていた5月。ポートモレスビー攻略作戦が開始された。
参加する空母はいずれも型録で購入し戦力化したもので、北太平洋海戦にも参加した翔鶴型空母2隻と、大鳳型装甲空母4隻の合計6隻であった。
日本艦隊は珊瑚海において米機動部隊による奇襲攻撃を受け、攻略船団の護衛を行っていた大鳳型空母が被弾した。
「敵機直上ー!急降下ー!」
「被害状況知らせ!」
「甲板装甲部に被弾!損傷軽微!艦載機の離着艦は可能です!」
「さすが大鳳型装甲空母だ。なんともないぜ」
直掩の零式艦上戦闘機の網をすり抜けた米艦上攻撃機と艦上爆撃機が、船団を護衛していた大鳳型装甲空母4隻に殺到した。
日本海軍は、北太平洋海戦で米海軍が空母2隻を失っていた事から、米海軍は空母を温存する、または迎え撃つとしても出遅れると考えていたため、完全な奇襲攻撃を受けてしまったのである。
また、装甲空母であるため艦爆よりも雷撃を行う艦攻への警戒を強めてしまい、艦爆への対応が後手に回ってしまっていた。
その結果、急降下爆撃を受けてしまうが、大鳳型装甲空母の装甲が機能し、護衛任務を果たしたのであった。
翔鶴型空母2隻と大鳳型空母4隻からなる反撃で、米空母2隻を撃沈し、その後ポートモレスビー攻略作戦は成功裏に終わった。
しかし、珊瑚海海戦で奇襲を受けた事で、無線封止下でも電探は使用すべきではないかと議論になった。
せっかく型録で購入し艦艇に搭載させていた高性能電探も、使わなければ意味はなく、無線封止下での電探使用が検証を行った上で認められていくことになったのであった。
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