反撃の狼煙
反撃の狼煙
マリアナ諸島を失陥した日本は、米軍の次なる侵攻に備え、型録を活用し準備を整えていた。
1944年9月。米軍によるパラオ諸島の空襲が始まり、本格的な攻略作戦が間近に迫っていることが窺えた。
ペリリュー島の大和型砲台は格好の目標となり、多くの爆撃を受ける事になった。しかし、46cm砲弾に耐えるよう建造された戦艦であるため、空襲程度では主砲の戦闘能力は奪えなかったのである。
空襲で真っ先に破壊された副砲や高角砲は、ペリリュー島の持久戦の方針に従い使用する予定がなく、最初から弾薬を補充していなかった。
米軍は早々に無力化できたと誤認したのか、戦艦などの艦艇による艦砲射撃へと移行していった。
5隻の米旧式戦艦を始めとする米艦艇は、艦砲射撃を行うためペリリュー島へと距離を詰めてきた。
固定砲台である大和型戦艦にも多数の米戦艦の砲撃が加えられたが、大和型砲台は徹底して沈黙を貫き、全く反撃をせず耐え抜いた。
米艦隊との距離が5000mとなった時、大和型砲台の反撃が始まった。
5000mという距離での砲戦は、戦艦同士にとって零距離射撃と言ってよい距離であり、米艦隊を逃がさない距離でもあった。
最初の標的はビッグセブンであるコロラド級戦艦であり、この場では最大の獲物であった。
事前の訓練も行っていたが、確実性を高めるため交互撃ちを行い、二射目で命中弾を出した。
「大和型砲台が砲撃を開始したようです!」
「…海軍がやけにあっさりと持久戦を受け入れるものだと思ったが、持久戦の解釈違いをしていたようだな」
「5000mは戦艦にとって零距離だと言ってきております」
「こちらは一日でも長くペリリュー島で戦い続けるのが持久戦という考えなのだが、海軍では違うようだな」
「大和型砲台が健在だと敵に露見した事で、集中砲火を受けるでしょうね」
「うむ。だが、こちらの作戦は変わらない。一日でも長く戦い抜くだけだ」
その後、大和型砲台は米艦隊の猛反撃を受けながらも数発の命中弾を出し、コロラド級戦艦を轟沈させた。
そして次々と米戦艦を撃破していき、混乱する巡洋艦や駆逐艦には、装甲が薄いため徹甲弾ではなく対空砲弾を用いて攻撃した。
付近に展開していた米空母の艦載機からの攻撃を受けるも、大和型砲台はビクともせず、救助活動を行う米駆逐艦にも容赦なく砲撃を加えていった。
対空砲弾が少なくなれば補充を要請し砲撃は続けられていった。
ペリリュー島に対し艦砲射撃を行った米艦艇は、壊滅状態となった。
救助活動も妨害したため、自力で主砲の射程外まで泳ぐことができる兵士以外は絶望的とみられた。
その後も大和型砲台は航空攻撃を受けたが、米新型戦艦が現れるといったこともなく、戦艦5隻と多くの巡洋艦と駆逐艦を失った米軍は、撤退したのだった。
ペリリュー島では結局地上戦は行われず、大和型砲台も健在なまま米軍を撃退できたのだった。
大本営は予想以上の大戦果に歓喜した。
日本政府はこの勝利を持って講和としたかったが、それは叶わなかったのである。
ペリリュー島周辺の主要な飛行場は守り抜いたが、米軍はパラオ本島の小規模な飛行場確保に動き、翌10月に大規模な空襲と地上戦の末、パラオ本島の飛行場周辺は占領されたのであった。
米軍はペリリュー島攻略を断念し、空襲による破壊を継続していった。
そして、パラオ本島で山岳部や密林で縦深防御に徹する日本軍守備隊の攻略を進めながら、小規模だった飛行場の拡張を開始し、米軍はフィリピン攻略の足がかりを造り始めたのだった。
11月、米機動部隊による沖縄への空襲が行われた。
迎撃を行うも飛行場に被弾し、米機動部隊は戦果十分と判断したのか、沖縄への空襲はその日だけで終了した。
沖縄の大和型砲台も対空戦闘に参加し、多くの米艦爆艦攻を誘引した。その甲斐あってか市街地への被害は限定的となっていた。
この空襲を受け、再編された日本機動部隊は、練度の高い搭乗員が集められた翔鶴型空母4隻を擁し、沖縄へ向け出撃した。
沖縄空襲の翌々日には台湾に米機動部隊が来襲し、台湾・沖縄の航空隊は全力で応戦したのであった。
四式戦闘機疾風や局地戦闘機紫電改が電探により誘導されて迎撃し、飛行場への被害を最小限に抑えた。
反撃にはマリアナ沖海戦の戦訓から、まず紫電改が先行しての戦闘機掃討戦が行われた。
疾風や紫電改では、米艦上戦闘機のF6FやF4Uを圧倒できる性能はなかった。しかし、型録による無尽蔵の高オクタン価ガソリン、いくらでも補充が利く機体、故障する前に行う部品交換の整備により、高い性能と稼働率を維持し、そしてその機体数で数的有利を確保し優勢に戦っていた。
続く攻撃隊は紫電改に加え艦上攻撃機流星が参加し、対空戦闘能力の高い米機動部隊の一群に攻撃を集中し、護衛艦艇を丁寧に潰していった。
流星に続き陸上爆撃機銀河も参加し、紫電改の護衛の下対空戦闘能力の低下している米機動部隊に攻撃を集中し、米空母を仕留めていった。
米機動部隊からの再攻撃を凌ぎきり、台湾と沖縄の飛行場では帰還する攻撃隊に替えの機体を補充準備していた。
2度目の攻撃隊がさらにもう一群の米機動部隊を潰し、各地の援軍が3度目の攻撃隊となり、その直後に日本機動部隊の攻撃も加わった。
制空権を失った米機動部隊へは、銀河が日本機動部隊と共に追撃を行った。
この台湾沖航空戦には九州・フィリピンからも援軍の航空機が駆けつけ、さらに日本機動部隊による追撃も加わり、最終的に米空母30隻以上撃沈などという意味不明な戦果報告がされるに至っていた。
過大な戦果報告は話半分だとしても大戦果であり、事実として米機動部隊を撃滅せしめたのであった。
日本機動部隊は紫電改や流星の補充を要請受領し、一路パラオ本島近海に展開している米艦隊を攻撃すべく南下した。
米機動部隊の壊滅で、パラオ本島を攻略中の米上陸部隊は翌朝までに撤退を行った。
日が昇って日本軍守備隊が総攻撃に出るも、米上陸部隊は物資を破棄して夜陰に紛れ撤退した後であった。
翔鶴型空母4隻からなる日本機動部隊は、米上陸船団を追撃した。
パラオ周辺に展開していた潜水艦からの情報も届き、撤退中の米艦隊を追った。
しかし、米輸送船団を含む米艦隊は、米軍の制空権内に辿り着き、惜しくも取り逃がしてしまうのだった。
米海軍はこの短期間に大損害を被った。機動部隊を始めとする多くの艦艇を失い、戦艦も5隻沈んでいた。
日本はこの勝利を以って講和交渉を行おうとしたのだが、アメリカはやはり応じなかったのである。
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