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枢軸型録通信販売  作者: 敵機直上急降下
枢軸型録通信販売 in 1943年1月4日

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西征

西征


 日本はハワイを占領し、米豪遮断作戦も完了した。

 そして1944年4月。日本は正式にオーストラリアと講和し、この方面から撤退した。


 東南アジア地域は、型録のおかげで現状あまり重要ではないため、大東亜共栄圏の名の下に次々と独立させていき、日本軍の大部分は中国大陸へ向かい、現地には現地人による軍隊を創設していった。現地軍が購入する兵器の代金は、資源権益の利権を得る事で賄った。

 また、現地に弾薬工場や簡単な兵器工場も建設し、最低限独立を担保できる体制を作っていった。


 5月。日本軍は総力を上げて支那事変解決を目指した。

 日本軍は完全に機械化されており、型録による豊富な燃料・武器・弾薬を用い、中国の各戦線を圧倒していった。


 各地の軍閥も新国民政府に恭順していき、占領地の治安も安定していった。

 また、国民党の支援経路も封鎖しているため、国民党軍の抵抗は急速に弱まっていき、やがて日本軍は重慶を包囲したのだった。


 昆明も既に占領しており、国民政府に逃げ場はなく、国民政府は事実上降伏に近い形で講和に応じたのであった。

 長らく続いた支那事変が、ようやく終結したのであった。


 国民政府は新国民政府に吸収され、中華民国は一つになったのであった。


 日本は支那事変の一因となった租界を手放し、代わりに中国での利権を大きくしていった。

 この判断に至ったのも型録のおかげであった。


『兵器はいくらでも即座に購入できる、そんな兵器よりも、それを扱う兵士の方がよっぽど重要である』という考えが次第に根付いていき、それが租界や植民地の費用対効果の悪さを浮き彫りにさせ、認識させる結果となったのである。

 日本は最小限の費用で利益を得る体制に舵を切り、人的資源の無駄遣いを減らしていったのである。


 中国では共産党との戦いが続くものの、それは中華民国に任せており、日本軍は中国から撤退していった。


 満州国においても満州国軍を強化し、日本の負担を減らしていった。

 満洲は広大であるため、必然的に機械化された軍隊によって防衛する必要があるため、現在の日本陸軍と同等の装備が揃えられていったのである。


 つまり、四式戦闘機疾風や四式重爆撃機飛龍、そして四式中戦車など戦闘車両が満洲防衛に十分見合う程に配備され、満州国軍は急速に強化されていったのだった。

 これに関東軍も加わるため、満洲の戦力はソ連を警戒させるものになっていた。


 インド方面は、インド国民軍を全面的に支援し、機動部隊や旧式戦艦部隊によるインド沿岸のイギリス軍拠点への攻撃を行っていた。

 それも沿岸部がインド国民軍の勢力下に入ると、地上基地からの航空支援に置き換わり、日本海軍は次なる作戦へと動き出した。



 夏のアリューシャン列島では米海軍との小競り合いが続いていたが、日本海軍が太平洋防衛に展開させていた機動部隊戦力は新たに編成した戦力であり、主力となる機動部隊は戦争終結のため大西洋へ向け航行していた。

 スエズ運河を通れないため時間は掛かるが、燃料は型録から油槽船に直接重油などを購入して補給し、どこの港にも寄港せず、訓練を行いながら欧州を目指した。


 航行中の空母に型録から航空機を購入できることから、同様に航行中の油槽船にも重油などの燃料が補給できることが分かり、日本艦隊は燃料を気にすることなく長距離の遠征に出られた。

 水も型録から蒸留水が購入でき、主食の米も購入できるため、その他の食材や調味料さえあれば日本艦隊はどこまでも行けたのであった。


 大西洋に派遣された日本艦隊は、大鳳型装甲空母32隻と大和型戦艦8隻を擁する大艦隊であり、大規模な輸送船団を伴いつつ、大西洋では米英艦船への攻撃も行いながら北上した。

 特に独潜水艦の天敵である小型空母と駆逐艦などは、実践訓練も兼ね、過剰な戦力で入念に掃討していったのである。


 そして、1944年9月、イギリス近海の連合国艦船に対する攻撃を開始した。


 1944年6月にフランスのノルマンディー地方へ上陸していた連合国軍は、橋頭保を築いたものの攻めあぐねていた。

 連合国軍は僅かな占領地を維持するだけで精一杯である状況に、日本機動部隊の攻撃で補給が脅かされたため窮地に陥った。


 しかしこれは、確実に米機動部隊を誘い出すための攻撃であった。

 そのためイギリス海峡へは入らず、フランス西方の海域で通商破壊を行っていた。


 機動部隊に随伴していた輸送船団はフランス西部の港に寄港させ、ドイツ向けの物資を積んだ輸送船の積荷はそこで引渡し、機動部隊に必要な物資・人員を積んだ輸送船はそのままフランス西部の港で待機となった。


 艦上偵察機彩雲がアメリカからイギリスへの最短経路を重点的に偵察し続けていたところ、ニューファンドランド島東方沖で米機動部隊を発見した。

 ただちに日本機動部隊は米機動部隊へ向け、西に進路を取った。


 米機動部隊は、大中小の空母が20隻を超える陣容となっており、艦載機数では日本機動部隊を上回るのではないかと見られた。

 しかし作戦はハワイ沖海戦と同様に、まず米機動部隊の攻撃を受けきり、しかる後に反撃するというものだった。とはいえ、米本土に近い位置では米機動部隊は艦載機の増援を受け続けられるため、米空母を早期に撃破したくもあった。


 米艦艇の対空戦闘能力は非常に高く、これを確実に撃破するためには、まずは米戦闘機の排除が最優先であった。

 そのことは事前に分かっていたため、日本機動部隊の艦載機は7割が艦上戦闘機烈風で占められていた。


 そして、北大西洋海戦が始まった。

 米機動部隊から飛来する攻撃隊を、電探による誘導で烈風と艦上攻撃機流星が迎撃していった。烈風は性能と数の優位を活かして米戦闘機を仕留めて数を削っていき、米艦爆艦攻も烈風が主に対応し取りこぼしを流星が仕留めていった。


 米機動部隊の攻撃を凌いでいたところ、彩雲が英機動部隊を発見した。

 米英機動部隊による挟撃を目論んでいるものと考えられた。


 終日米機動部隊の攻撃を凌ぎきった日本機動部隊は、進路を再び変更し、英機動部隊を先に撃破すべく動き出した。


 翌日、夜明け前から彩雲を飛ばした結果、英機動部隊と米機動部隊の位置を確認し、英機動部隊に対し攻撃隊を送り出した。

 英機動部隊は米機動部隊ほどの対空戦闘能力はないと見積もっており、実際に二次に渡る攻撃で英機動部隊の空母は全て撃破できたのであった。


 損傷著しい流星は迷わず廃棄し、中立国や同盟国を複数経由して行われた補充要請が大本営に届き、型録により流星が格納庫の指定された場所に補充され、通信機などを取り替える改修が行われた。


 そして再び米機動部隊へ進路を取り、米機動部隊の攻撃を凌ぐのであった。


 北大西洋海戦は三日目となり、米機動部隊の攻撃は続いていた。

 米戦闘機搭乗員の練度は相対的に下がっているようではあったが、依然としてその数は多かった。


 烈風も相応の数が撃破されており、型録で新たに購入した烈風を格納庫で改修し、実戦に投入するなどもやっていた。

 搭乗員が不足した場合は、控えの搭乗員がそれを補い戦闘機の数を維持していた。搭乗員の交代要員は、練度は下がるものの十分な人数が控えており、艦載機も型録で補充し改修して使用するため、日本機動部隊の空母は戦闘力を維持し続けられたのだった。


 日米機動部隊の距離が縮まり、米機動部隊からのこの日3派目の攻撃を退けた後、遂に反撃に転じたのである。

 機体性能・数・そして相対的に上がった練度が上回る護衛の烈風に護られた流星は、米機動部隊の中で最も大きな部隊の一群に攻撃を集中させ、大規模な米護衛艦艇を丁寧に潰していき、二次に渡る攻撃でその部隊の空母を全て撃沈したのである。


 その間に日本機動部隊に飛来した米攻撃隊は、攻撃にまわしたため減ってしまった直掩機の隙を突き、日本機動部隊への攻撃を成功させていた。

 しかし被害は軽微であり、被弾した空母も装甲のおかげで無事であった。


 翌日、海戦も四日目となり米空母の数も減っていることから、日本機動部隊は積極的に攻撃を行った。


 彩雲が米機動部隊を発見し、日本機動部隊は攻撃隊を送り出した。

 二次に渡る攻撃で次に大規模な米機動部隊の一群を潰し、2派に渡り飛来した米攻撃隊を、軽微な損傷を受けただけで退けた。


 そして第三次攻撃隊と第四次攻撃隊が、さらにもう一つの大きな米機動部隊の一群を壊滅させ、都合3つの機動部隊を失った米機動部隊は撤退していったのである。


 日本機動部隊は型録により艦載機を補充し、再びフランス西方海上へと進路を向けたのである。


 日本機動部隊は輸送船から烈風の改修部品と、搭乗員の交代要員を補充しつつ、フランス西方海上から通商破壊を行い、フランス西部の港から食材などの供給も受け、英本土攻撃の機会を伺っていた。


 そして9月下旬、ドイツによるフランス北部での反抗作戦が開始され、これに合わせて機動部隊は攻撃を開始した。


 連合国軍がドイツ空軍との空戦に掛かりきりとなっている隙を突き、機動部隊は英本土を空襲した。

 烈風も爆装して戦闘爆撃機となり、飛行場を中心とする各地の連合国軍拠点を爆撃していった。


 これにより連合国軍はフランス北部で急激に劣勢となり、追い詰められていった。

 イギリス海峡は日本機動部隊が展開しているためフランスからの脱出も容易ではなく、連合国軍は夜間に脱出した一部を除き降伏したのであった。


 この機に機動部隊はドーバー海峡を突破し、イギリス東部への攻撃を開始した。


 イギリスは度重なる敗北とインド独立の危機により、遂に政権交代が起き枢軸国との講和交渉に応じたのであった。

 イギリスとは休戦となり、機動部隊は北大西洋での通商破壊を強化し、遣欧アメリカ軍の米本土への帰還を阻害していった。


 ドイツ艦隊もこれに加わり、米軍の航空戦力をイギリスに足止めしたのだった。

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― 新着の感想 ―
なぜか日本船団から本場のビールとソーセージが大量に陸揚げされる現象に、ドイツ人はただただ驚きの声を上げるしかなかったのであった・・・・・・
人さえいれば無限湧きするとか米軍からみても計算が合わなくて頭がおかしくなりますね。
最悪、戦闘機どころか戦艦も空母も捨てて構わないが…味噌と醤油だけは持って逃げろ!
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