物量同士の殴り合い
別の世界線となります。カタログは同じです。
物量同士の殴り合い
1943年1月4日、この日ガダルカナル島撤退の大命が下った。
対米戦争における初めての大敗北であり、それを認めた日でもあった。
日本はアメリカの物量に押されており、さらにガダルカナル島を巡る戦いで消耗を強いられてしまっていた。
その日、大本営でガダルカナル島撤退作戦の準備を行っていた首相の前に、忽然と分厚い本が現れた。
ドスンという音と共に首相の目の前に現れた本に、何だこれは?と首相が周りを見回したところ誰もが首を横に振り、誰の仕業でもなく突然現れたのだと分かった。
その分厚い本は、中身が普通の本であると言わんばかりに開いていた。
恐る恐る表紙を見ると、枢軸型録通信販売と題されていた。
最初の頁を捲ると、この型録を活用して対米戦争に勝利して欲しいといったことが書かれていた。
それは型録となっており、総天然色で兵器などの品目が値段と簡単な説明と共に並び、別の世界線の枢軸国で開戦から終戦までに開発や生産、輸入された兵器や戦略物資などを、購入すれば即座に指定した場所に届けるというものだった。
とても信じられない話であり、何者が送りつけたのか、別の世界線が何であるか不明であったが、苦境に立たされていた首相は一縷の望みをかけて試してみることにした。
試すのは容易であるため即座に実行に移され、届ける場所を目の前に指定し九〇式鉄帽を購入してみた。すると本当に目の前に九〇式鉄帽が現れたのであった。
「本物だ…」と、誰かの小さな呟きが静寂に包まれていた部屋に大きく響いた。
その場に居合わせた者達は、その型録が本物であることが分かり、一転大騒ぎとなった。
首相はこの型録の調査を命じ、戦局打開に活用できないか検討させた。
型録の調査が終わり、兵器や戦略物資などの購入が可能なことから、日本で不足していた物が購入され揃い始めた。
また、対価は紙幣であればよいことから、千・一万・十万円札などの表面だけの簡易で裏白な高額紙幣が新たに作られることになった。
企業には型録で購入した兵器や工作機械などが譲渡され、現状より高性能な物は調査解析され模倣や参考にされた。
型録で購入できる未完成の新兵器は完成を急がせつつ、型録で購入後に改修を加えることで、短期間で数が揃えられるよう考慮され開発が進められていった。
陸海軍は必要な兵器を購入していき、海軍は大鳳型装甲空母や不足していた駆逐艦を中心に購入していった。
第三次ソロモン海戦で戦艦比叡・霧島が失われた事もあり、大和型戦艦を数隻購入することも検討され、その代わりに戦艦伊勢・日向に続き、扶桑・山城も航空戦艦への改装が決定した。
「大型空母や大和型戦艦を配備するに当たり、人員確保が急務ですな」
「搭乗員は、予科練の大量促成教育をさらに拡大し、無尽蔵に使えるガソリンで訓練を行えば、空母での離着艦ができる操縦員を数千人は確保できるのではないか?」
「物資はいくらでも潤沢に使える。艦艇の乗員も含めて新規育成訓練は百数十万人規模にもなるのではないか?しかしやり遂げた暁には、アメリカすら大きく超える機動部隊を運用できるようになるはずだ」
「質より量ですな。これまで以上の大規模な消耗戦が始まりそうだ」
陸軍でも操縦者の大量育成が行われる予定だったが、燃料や物資の問題がなくなったため、それをさらに拡大していく事になった。
戦車兵に関しても増員が行われ、整備兵ともども育成されていくことになった。
陸海軍では物価高騰の心配がないため、際限なく型録での購入が行われていった。
紙が兵器に換わる。このことで、アメリカの物量に押されていた日本は、同じく物量で押し返すことが可能になったのだった。
特に航空機は次々と購入され、ニューギニア・ソロモン方面に送られていった。
しかし、無理にガダルカナル島に拘泥すれば現状維持ですら消耗が激しいため、ガダルカナル島を撤退し、立て直すという方針は変わらなかった。
そして撤退を支援するため、捲土重来の前哨戦として、この方面でアメリカを圧倒する航空機の物量を投入していくことになったのである。
航空機を湯水の如く投入していったことで、搭乗員や操縦者の価値が相対的に上昇し、機体の損耗よりも乗員保護が重要視されていった。
艦船も同様に、いくらでも替えが利く艦船よりも、それを扱う乗員が貴重な存在となっていった。
ニューギニア方面には九七式中戦車改も大量に送られ、連合国軍のM3軽戦車などに対抗していった。
しかし九七式中戦車改でもM3軽戦車に性能で劣るため、改修した四式中戦車を送る予定であった。現在は四式中戦車の安定した性能を発揮させるための、改修と運用試験が行われていた。
ニューギニア・ソロモン方面は日米陸海軍の消耗戦が激化していった。
航空機や艦船が次々と投入されていき、物量と物量のぶつかり合いとなっていた。
しかし人員は増員しているものの人数は限られているため、日本は次々と兵器を供給できるのだが、それを扱う者がおらず戦いは拮抗していた。
損傷し修復に時間の掛かる艦艇は、迷わず新品に乗り換え人員も補充し、戦線に穴が開かないよう心がけられた。
輸送船も型録でいくらでも購入できるのだが、米潜水艦による被害が出始めた事が問題となった。
乗員や積荷などが失われるのは大きな損失であり、米潜水艦対策として型録で購入できる電探、磁気探知機などが試され、導入されていくことになった。さらに米潜水艦が電探を使うことが判明してからは、電波探知機が艦船に導入されていった。
日本軍は搭乗員や操縦者、戦車や艦船の乗員などを重視していったことで、それまでの兵士の命を軽視する傾向が幾分和らいでいった。
特に攻撃時は、十分に支援攻撃を行った上で攻勢をかけていくようになった。
航空機は戦闘機の割合が増え、まず制空権を取り、海上または地上目標の強力な対空火力を潰し、そして目標を攻撃していった。
地上戦でも、攻勢時は大砲などで十分な支援攻撃を行ってから、大量の戦車や歩兵で惜しみなく銃砲弾を撃ち込み、敵を充分に損耗させてから突撃を行った。防衛時は十分な補給が維持されているため、高い火力で応戦し、それでも劣勢になれば転進し、玉砕は避けられるようになった。
これにより、日本軍の人的損耗は大きく減少したが、無理をしないため突破力は低下した。
しかしこれで確実に、連合国軍に消耗を強いていた。
日本軍は型録で態勢を立て直し、さらに戦力を大幅に増強しつつあった。
捲土重来は間近であった。
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日本海軍がカタログのチートを活かし、兵員の大規模増員を図ります。史実ピーク時より100万人多く育成する計画です。資料により史実兵員数は異なりますが、ここまでやってもアメリカ海軍のピーク時の兵員数には及ばないようです。アメリカ凄すぎです。




