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幻想世界の調べと晴嵐の解決士   作者: 行雲 流水


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7/10

第六幕 目覚め







 ―――異形。

 その言葉通り、生物としての形を異にする者たち。

 迷宮の守護者。

 そんな存在が今、正面の少し離れた位置にいる。


 普通であれば、彼らに対し向ける感情は"恐怖"であっただろう。その姿は人の形を取りながらも、それを人と呼ぶことは到底難しい。

 言ってしまえば「体が石でできた屍人(ゾンビ)」だ。それが複数体、こちらに向かってゆっくりと歩みを進める。

 

 怖い、と感じるのが普通だ。

 だが俺は、恐怖よりも先に「不思議だ」と思った。

 ああ、俺は本当に異世界に来たのだ、とそう思った。今まで、想像の中でしかいるはずのなかった、不思議な生物が目の前でゆらゆらとその細い身体を揺らしている様子にある種の感動を覚える。

 さっきまで、神秘的な光景にたくさん感動したはずなのに。また、感動してしまう。


 

 きっと、どこかで憧れていたのかもしれない。

 

 ファンタジーな世界に。

 

 異世界というものに。


 

 あるいは――やり直したかったのかもしれない。

 もし、この碌でもない人生を全く知らない世界でやり直すことができたら、どれほど良いだろうと。


 だが、今はそんな感慨に浸っている暇はない。

 彼らは迷宮の神秘を犯す侵入者を許さない。

 間違いなく、これから待っているのは命の削り合いである。


 ズリ……ズリ……と石と石の擦れ合う音だけが響く。


 時間にしてみれば、数秒ぐらいしかなかっであろう短い静寂。

 その静寂を、彼らをどこか悲哀のこもった目で見ていたアウレが破った。


「サザレビト。かつて、この神殿に住んでいたであろう人々の成れ果ての姿―――。迷宮はそこにいる生き物の姿を異形へと変えてしまう。例えそれが、死した者でもね」


 サザレビト、とそう呼ばれた異形は少し進んだ位置で停止し、こちらを警戒している――ように見える。

 いわば、睨み合いの状態だ。

 まあ、彼らに目は無いように見えるが。



「サザレビト……を倒すんですか」

「迷宮の外につながる道はここだけ。彼らが退かない限りはそうなるね」


 はじめから分かっていたことだ。

 ここが「迷宮」と呼ばれる以上、何らかの戦闘は行われるのだろうと。そして、それは正鵠を射ていたわけだ。

「これが、死ぬ理由?」

「そう。その一つ。でも、ここを切り抜けられれば、迷宮を脱出できる可能性は大幅に上がる」

 

 死ぬ理由についても、いくつかパターンは考えていた。一つは「迷宮」それ自体が危険な場所であるということ。

 高い山に登れば高山病になるし、深海へ潜れば水圧で押しつぶされる。そんなふうに、場所そのものに死因となりうる現象が発生する場合。

 

 二つ目は罠。これに関しては、迷宮という存在の偏見ではあるが、確実にこちらの命を狙いに来ている罠がそこらじゅうにある可能性、というのは捨てられなかった。

 それに、迷宮は城である、と表したアウレの言葉からすると、まだ罠がある可能性は消えていない。

 今後も気をつけなくてはならない。

 

 そして、最後が「モンスター」がいる場合。

 迷宮と聞いて、最初に思い浮かべるのはむしろこれだ。

 迷宮のなかに一つの生態系ができており、多種多様な生き物が、その生死をかけて迷宮内を闊歩し、争う。

 階層ごとにボスのようなものが存在し、倒すと次に進める。

 狩る側にも狩られる側にもなりうる、魔獣の巣窟。ゲームなどで描かれる迷宮といえばこの様式で、馴染み深いイメージがある。


 実際こうして見てみると、「モンスター」ではなく「異形」であったが、意味としてはこれが近いだろう。

 ただ、今のところ「サザレビト」以外にはモンスターらしきものには出会っておらず、イメージのような色んなモンスターの巣窟、というわけではなさそうである。

 もし仮にそうだったとしたら俺が生き残れるはずはないし、たぶん違うだろうというのは予想していたけれども。


 視線の先にいるサザレビトたちはまだ動かない。

 彼らの基本の戦闘スタイルはもしかしたら「待ち」なのかもしれない。

 だが、この場合、「待ち」に徹してくれているのは奇跡と言っていいほど、こちらに都合がいい。

 なぜなら、聞かなければならないから。

 この状況を切り抜けるための、死を覆すための、その打開策を。

 だから、俺はアウレに教えを請う。そう、問うではなく請う、だ。


 

「アウレさん。俺に教えてください―――理術の使い方を」

 アウレはふっと笑う。

「ええ。最初からそのつもり。まずは、想像して。自分の腕や足に力が湧いてくる様子を。それが自然と型になる。理術の適性が一般人より高い『迷い人』ならすぐにできるはずだから」


 言われてすぐに、頭のなかに思い浮かべる。

 

 何度か挑戦して、あまりうまくいっていないことを理解する。イメージができていないということだろう。

 力が湧いてくる、というと正直イメージしづらい。もっと具体的な「力が強くなる」という現象をイメージできればいいんだろうか。


 例えばそう、「筋肉の肥大化」とかか?

 実際は、筋肉が大きくなればその分、力が強くなるというわけではないが、これはイメージの問題だと思う。想像できればいい。

 思いついた時にはすでに試し始めている。

 一瞬の間があり、そして、その次にどこか感じたことのない違和感を両腕から感じる。


「何か……腕から違和感が……」

「おお! できたのか! やはり適性が高いのか……。そう、それが『型』だよ」

「次は……さっき認識したものを型に流す、で合ってます?」

「合っているよ」

 アウレが肯定する。


 俺は体全体の感覚を研ぎ澄ませ、体内でゆっくりと渦を巻くように動いている『それ』に意識を向ける。

 アウレのマナをかなりの量、吸収したからか、時間がたった今、先ほどよりもより鮮明に感じ取れている気がする。

 そして、感じた『それ』をそのまま掌握する。

 抵抗のようなものを感じるが、それでも固い意志をもって無理やり、自分のものにする。少しづつ、少しづつ、『それ』が自分の色で染まっていく。


 俺のものになれ。


 ―――その瞬間、急激な熱の膨張のようなものを感じ、驚きに俺は眼を見開く。

 どうやら、アウレもそれは感じ取れたようだ。

 驚いた様子で、「今、何をした?」と聞く。


「『それ』を認識した後、抵抗してきたので、無理やり自分のものにしたんです」

「抵抗? 聞いたことないな……」

 アウレも知らないのか。

 たしかに抵抗されるとはアウレは言っなかったし、本当に知らないようだ。


「まあ、いいわ。認識できたら、次は型に意識を向けて、そこに流し込む。その後は祈りと詠唱、印だけど、これは真武の基礎だから、簡単なものよ。左手をこの形にしながら、私の後に続いてセリフを唱えて。〈我に純然たる力の源泉を―――」



 途中まで―――、

 途中まではアウレの指示に従っていた。

 『それ』を認識したまま、型に意識を向け、そこに流し込む。そこまでは指示通りにやっていた。

 そして、できた。

 だから続いて、印を真似して、祈りか詠唱なのかはわからないが、そのセリフを復唱しようしたその時、

 ――気づいた。


 すでにできている。

 理術が。多分。



 それと同時に。

 今まで不気味なくらい、その場から動かなかったサザレビトが三体、唐突に走り出した。

 その骨と皮しかないのでは、と疑うほどの細い体躯からは想像もつかないほどのスピードで肉薄してくる。

 そのスピードから考えると、うちに秘めるパワーも相当であることがうかがえるというものだ。

 なんで急に――と思うが、なんとなく想像がつく。

 本能の部分で分かったのではないか。


 このままでは――まずいということに。


 だから、まだ油断しているところに先手を穿つべく、走り出した。


 そんな様子のなかったサザレビトが急に動き出したのを見て、アウレはセリフをとめる。

 サザレビトの狙いが自分の方ではないことに気づき、慌てて、少年に向かって叫ぶ。


「少年っ!! 今すぐそこから離れ――」


 だが――遅い。

 この時すでにサザレビトは三体とも、俺のすぐ目の前にいる。一番最初に着いた、サザレビトがその手を振り上げる。――純粋な殴打。

 だが、一撃で死に至る威力だ。

 石でできているがゆえに、破壊力は凄まじい。


 そのまま、攻撃をかわしきれず、俺は横っ腹を殴られ、後ろに吹っ飛ぶ―――ということはなかった。




 アウレの叫びはたしかに遅かったのだ。

 本来であれば、俺はその時、既に殴殺されていた。

 しかし、結果は違った。


 アウレが警告を発したその時、既に。

  ―――()()()()()()()()()()()()()()()


 俺は続けざまに、残りの二体も同じように頭を狙って拳を振り抜く。どれも一発で、狙ったその頭部は空中を舞った。


 この時、俺は初めて――、

 自分のなかで長らく眠っていた「何か」に目覚めた気がした。

 

 

 


 

 

 

 


 

 

 

 

 

 


 

 


 


 


 



 

 

  

 

 

 

 

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