第四幕 初体験
「世界のルールに干渉する?」
「正確には、そう言われているというだけだけどね」
実際のところはわからないということだろう。
ますます、スピリチュアルじみている。
「この世界では神が信じられているんだよ。有名なのは主に三つ。帝国や法王国が信仰するユーグ信教。皇国が主導するエルムス教。そして、東方の星神ナラ信仰。その三つがこの南の大陸では大規模な信教として活動している」
それはそうか。
異世界と聞いてまだ時間が経っていないからか、イメージがあまりないとはいえ、ここは紛れもなく「世界」なのだ。
そりゃ、聞いたことのない宗教も存在する。
「世界のルールはこれらの神々によって定められていると考えられている。私たちはこのルールに干渉して、神々の恩恵の一部を行使できるわけだ。もちろん、使える人は限られるけどね」
つまり、理術とは神々の恩恵である。そういう解釈だろうか。そのことをアウレに聞くと、よくわかっているじゃない、と言われる。
ちょっと嬉しい。
「理術研究は皇国が一番進んでいるけれど、基礎的な知識は帝国でもよく知られている。例えば、理術の種類は三種類あるということ」
また、三種類あるらしい。
「内に宿すオーラによって、真の武を磨く『真武』、内に秘めるマナによって、不可能を可能にする『奇跡』、――そして、選ばれた者のみが与えられる『恩寵』。これらをまとめて理術と呼ぶの」
――わかりやすい。
今までのアウレの説明と比べるとかなり、わかりやすい。今までも別にアウレの説明がわかりにくかったわけではないが、というか、かなりわかりやすい説明だったのだろうとは思うが、それでもやはり、「未知の術の説明」という、いかにも分かりづらそうな内容にしては分かり易すぎる。
それはなぜか――考えるまでもない。
知っている単語だからだ。
『マナ』も『オーラ』も『奇跡』も『恩寵』も。
『真武』も意味はわかる。そもそも『理術』という言葉も思い出してみると日本にあったように思う。
先ほどの会話からどうやら、アウレは日本語ではなく統一語で話しているらしいが、いわゆる異世界自動翻訳とかいうやつだろうか。
だとすると、かなり都合がよすぎるが、まあ、今考えることではないし、考えてもわからない。アウレの説明の終着を待つのみである。
「何がルールの干渉になるんですか」
「もちろん、理術は一朝一夕で身につくものじゃないよ。条件を満たす必要があるし、使いこなすには才能の壁を越えなければならない。ほとんどの人がマナもオーラも持っているけれど、使いこなせる人っていうのは一握りにすぎないのさ」
「つまり……、その「条件」が「ルール」ということですね」
「その通り! まずは、マナやオーラを認識しなくちゃいけない。その次にそれらを構成して『型』を作る。そこにマナとかオーラを流して、初めて土台が完成する。その後に、祈りと詠唱、印を結んでやっと行使できる。中には聖印がないと行使できないという人もいるけどね」
たしかに、これは一朝一夕では身につかなさそうである。ただ、ある程度イメージはできてきた。
話を聞いている限り、真武が拳法、奇跡が魔法に近い気がする。恩寵はまだわからない。ただ、祈りや詠唱、印を結ぶという行為は日本の陰陽師に似ているなとも思う。
「多分、それぞれ違いがあるんですよね?」
「ええ、型を作るまでは同じだけど、その後は使う理術によって様々だね。基本的に真武は祈り、詠唱、印は全て簡単なものが多いから行使までに時間がかからない。奇跡は効果は大きいけど、その分どれも時間がかかる。その領域の達人にもなれば、色々短縮したり、あるいは行程を飛ばしたりするけど、それこそほんの一握りだし、それはあまり気にしなくていいよ」
「恩寵はどうなるんですか?」
「恩寵は―――型を作るだけで発動する。それも優秀な術を。もし「恩寵持ち」と会うことがあれば、喧嘩だけはやめなさい。後悔することになるから」
「わ……わかりました。肝に銘じておきます……」
なるほど、大分わかってきたが、できれば「恩寵持ち」とやらには会いたくないものである。
俺の運の悪さを鑑みると、それもあまり期待しない方が良さそうだが。
「ここからが本番なんだけど…………つまり君が、今現在もとめどなく……いっそ、引くくらいには漏れ出している『それ』についてなんだけど…………」
おっ。ついに、最初の質問に戻ってきたらしい。
戻ってきたはいいが、一旦その「漏れ出している」はやめてほしいところだ。せめてあふれかえっているとかに……。
字面だけだと確実に卑猥である。
あと、引いてるんだ……。
ちょっと悲しい。
「それ――――――、マナでもオーラでもないんだよね」
まあ、そういうことなのだろう。
マナでもオーラでもなく、わざわざ『それ』と言っていたのだ。どちらでもないというのは、合点がいく。合点がいくだけで、納得はしていないが……。
「その様子だと、アウレさんも知らないということなんですね」
「そう。知らないわ。全くと言っていいほどにね。そこそこ生きてきたけど、見たことも聞いたこともない。『迷い人』の論文には、マナもオーラも所持していたって書かれていたし…………。不思議ね」
いや……、「不思議ね」ではないんだが……。
ていうか、そこそこ生きてきたけど、ってあまり美少女が言ってはいけないセリフである。もし仮にも、日本の真ん中でそんなことを言おうものなら、世の女性達がこぞって文句をいいにくるだろう。この場合、女性というのは中―――、ゴホン。
そんなことより、俺が今も垂れ流している『それ』のことだが、アウレは『それ』を認識すること自体はできているようである。俺は全くできていないのにもかかわらず。
「アウレさんは俺の『それ』を認識できているんですよね。普通、他人のマナとかオーラとかはわかるものなんですか?」
「ん? ああ、そのことなら、私がすごいだけね」
………………………………すごいだけらしい。
「まあ、私ほど鍛えた人間なら、それほどキモいものを撒き散らしていれば、誰でもわかるけどね……」
さっきよりも、確実に表現がひどくなっている。
かなり悲しい。
「キモいって……。でも、キモいことが分かるということは『それ』がどんなキモさをしているのかは分かるんですよね?」
自分で言っていて、さらに悲しくなってくるが、大事なことである。
「たしかに……。それを忘れていたわね。んー……簡単に言うとね……マナもオーラも、あるいはそれ以外のものも、全てぐちゃぐちゃにしてかき混ぜて、煮込んだものが溢れてきている……といったところかな」
え……なにそれ…………キモい。
とはいえ、かなり話は見えてきた。
つまり、俺が垂れ流している、そのマナともオーラともつかない何かが、異世界自動翻訳に繋がっているのではないか、ということなのだろう。
現状、それしか理由が思いつかないわけだし、それで一応、納得することにする。
そんな感じで、俺もアウレのが移ったのか、ひとりで納得していると、
「というわけで、君をここから連れ出すための案を伝えるんだけど―――覚悟はいいかい?」
と、アウレが切り出した。
そういえば、そうだった。
なんのために話をしているのか、それを忘れてしまうところだった。危ない。
「はい、ぜひ教えてください」
「ならば、口でいうより体で体験してみようか。そっちの方が圧倒的に早いからね。最初はちょっと痛いかもだけど」
と言って、俺の両手を取り、腰の位置まで持ってくる。
「えっと………俺はまだ、どうて―――」
そこまで言ったところで、アウレの両手から俺の両手に何かが流れ込んできた。
これが俺の初体験である。




