第三幕 理術
「このままだと死ぬ、んですか……」
「うん、確実に死ぬね」
全く、どうすればいいのだ……。
こちらに転移してきてからというもの、さっぱりわからないことばかりだ…………。
異世界であると告げられたときから、こうなるだろうことはわかってはいたが。
それに、状況に追いつけないだけならまだしも、残念ながらというべきか、どうやら絶体絶命の状況に置かれているらしい。
状況に殺される。
天罰、なのだろうか。
とか、そんなことは考えない。
もとより、そこまでスピリチュアルな思考はあまりしたことがない。
異世界、とかいうスピリチュアルの塊みたいなことをたった今、信じただろう? なんていう発言は一旦、控えていただきたい。
それに――、俺は後悔なんてしていないし、そもそも罰が下るべきは奴のほうだったと今でもそう思っている。
だから、絶体絶命のこの状況で俺が考えていることといえば、何とかして生きなきゃなぁ、ぐらいである。
もちろん、そのためには打開策が必要だ。
それに彼女は、このままでは、と言っていた。
「なるほど、どうにかして切り抜ける方法があるんですね」
「んー、それもどうだか分からないな」
なんだ、その曖昧な返答は……。
少なくとも、アウレ自身は定期的に最奥であるはずのこの場所まで来ていると言っていたし、それはつまり、その分だけ帰っている、ということでもある。であれば、帰る方法を知らないということはなさそうだが、それでも迷宮から出れずに死ぬと言っているのだ。
もしかして……普段とは違うイレギュラーな事態が俺の転移と同時に進行しているのか?
俺の不信感のようなものが顔に出ていたのか、アウレは少し慌てた様子を見せた。
「あぁ……! 別に君を不安がらせる意図はないよ。そこは安心して。本当であれば、私が安全に外まで連れ出してあげる、と言ってあげたいところではあるのだけど……、少しそれができない理由があってね。迷宮を出る際に、もしかしたら何回か助けてあげられるかもしれない、程度の認識でいてほしい」
「だから、死なずに迷宮を出るのは厳しい……ということですか? でも、さっきこのままではって言ってましたし、何か外へ出る案ぐらいはあるのでは……?」
「そうだね。確実に外へ出してあげられる方法というのは、正直思いつかないけど、出られる可能性のある案は思いつく」
「では、さっそくその案を……」
「その前に、君はもっと私に聞くべきことがあるだろう? 例えば、一体迷宮のなにで死ぬのか、とかね」
その通りだ。
アウレに忠告されてやっと気づく。聞くべきことを聞かずに先へ先へと進むのはそれこそ命取りだ。『異世界へ転移した』という現実に、俺らしくもなく、焦っていたのだろうか?
であれば、それは今すぐに改善する必要がある。こういうときは深呼吸、だと昔、姉さんに教わっている。
スー、ハー、
よし、もう大丈夫。
聞くべきことを一度頭のなかで整理して、問題点を洗い出す。何度もやったことだ。慣れている。
焦りを認識してから、質問をまとめ終わるまでの数十秒間、アウレは紳士に待ってくれていたようだった。いや、淑女に、だろうか。
「すいません……もう大丈夫です。質問しても……?」
「もちろん」
アウレは少しだけ笑って答える。
そして俺は、先ほどとは違い、落ち着いて聞くことができる。
「なんで、俺のことを『異世界人』だとわかったんですか?」
「いい質問だね」
どうやら納得のいく質問だったらしく、アウレは笑みを深めた。
どこから来たのかと問われた際に、俺は日本から来たと答えたわけだが、その時のアウレはひどく驚いたようだった。同時に日本を知っているようでもあった。
その後、俺を『異世界人』であるということを確信して、ここが元いた世界とは別の世界であるということを教えくれた。
つまり、アウレは「日本という地が異世界の地である」ということを知っているのだ。まずはそこについて聞くべきだと思った。
「さっき、私は『迷い人』という言葉を口にしただろう? それが答えだよ。この世界には稀に、『迷い人』と呼ばれる『ニホン』という地からやってくる人間がいる。彼らは一様に、君と同じく堀の浅い顔立ちをしているからね。見たらわかるんだよ」
『迷い人』という言葉を聞いたときからある程度は予想がついていたが、それでも確認する必要があることだ。それに、今の回答で分かったこともある。
この世界には俺以外に日本人がいる。
それを知ることができたのは大きな成果だった。
今後、その日本人に会うのを一旦の目的にするのもあり、だな。
それがわかったとなれば、次に自然と浮かび上がってくる疑問がある。
「じゃあ、次の質問なんですけど……、なんでアウレさんは『日本語』を喋れるんです?」
とそのことを聞く。明確な答えが得られるだろうと思っていたが、アウレは予想に反して、
「すまないけど、それに関しては分からない。なにせ私は、正真正銘の南の大陸言語である『統一語』で話してるんだから」
といった。
「ただ、少しだけ予想はできる」
予想はあるらしい。俺は先を促す。
「かなり前に『迷い人』に関する論文を読んだことがあるけど、君が垂れ流している『それ』に関する記載はなかった。他の『迷い人』はまず、統一語が喋れなくて会話に苦労していたらしいし、他の『迷い人』と君が違う点というと、今のところ『それ』ということになるからね」
意図せず、次に聞こうとしていたことに繋がった。
この際である。そのまま、流れで聞いてしまうことにした。
「『それ』とは何か説明をお願いします」
「『それ』についての説明をする前に、『理術』についての説明を先にしたほうがいいね。『迷い人』が理術の存在を知らないということはその論文に書かれていたし」
どうやら、しようとしていた四つ目の質問も同時に答えてくれるようである。
長くなりそうなので、俺はすでに清聴する構えである。アウレは一呼吸置いて、
「この世界にはね、少年。『理術』と呼ばれる、世界のルールに干渉する術があるんだよ」
と、さらにスピリチュアルなことを言いだしたのだった。




