15.染まり切れぬ外科医2
「……なぁ……もう一個、話したい事があるんだけどさ……犯人かも知れないって人影の話を聞いたか?」
その言葉に勢いよく、ぐしゃぐしゃになった顔を上げる。
「知らない!誰だ!?」
「これはオフレコなんだけど、あの日の午前3時半過ぎに医局棟に戻ってきた産婦人科医が見たらしいんだ。ほら、うちの奥さん産婦人科医だろ、その後輩がさ……医局棟から足早に立ち去る男を見たんだってさ、スーツ姿で手には丸めた白衣を持って、足早に大学裏の方に向かっていったんだって、後ろ姿だけだったけど若くはなかったって話だよ」
「それ、警察には話してるのか?」
「勿論話したらしいよ……まぁ、本当に犯人か分からないけどさ……。
なかなか無いだろ、そんな時間に慌てて帰る医者なんて……。あの日は緊急が1件だけでオペ室暇だったらしいし、分娩なら産婦人科の人間が知らないわけがない。まして当直医じゃ帰るわけないし……監視カメラでもあれば、1発で顔が割れるんだろうけど、うちの大学、監視カメラが驚くほど設置されてないからな、何でか知らないけど」
「監視カメラは学生の出入りする棟しか設置されてないからな……。研究棟にも無いくらいだから、変なところでケチな大学だよ、それにしても……その男、本当にうちの医師なんだろうか?
医師っていうのは良くも悪くも頭がキレる。殺人なんてそんな突発的なことするとは思えないけどな……」
再びハニートーストを口に運び始める戸塚を見ながら、沼田先生に恨みを持ってその時間に居そうな人間を思い浮かべようとするが、教授選に関わる人間が殺人を犯せば容疑者としてリストアップされるだけでなく、こんな悪目立ちをしてしまえば、外科のイメージダウンは必須、そこまで短慮な人間は思い浮かばない。邪魔な人間がいるなら裏から手を回して大学から追い出すのが一般的なやり方だ。
たしか、言い争っている話の内容が「公表します」だったか……突発的に殺害しなければならないほどの罪でも殺人犯にはあったのか?
「地下で白骨化した遺体も見つかるし……」
そう言いながら戸塚はコーラの入ったグラスに手を伸ばす。糖分取りすぎだと苦言を呈しながらも、飲み食いしている戸塚を見て自分も少し空腹を覚える。沼田先生が亡くなって、悲しくて辛いと思っているのに腹が減る自分を憎らしく思う。食えるくらいの精神的余力はあるのかと……自嘲気味に思いながらメニュー表へと手を伸ばす。少し高めのカラオケ店なだけあってメニューが豪華だ。
「まさか遺体のある建物で、のうのうと仕事してたとは思わなかったよ」
そう答えながらメニューを眺めるも、今更ながらに戸塚の食べているハニートーストが気になってくる。現在、身元確認中の白骨化遺体だが、十中八九、数十年前に行方不明になった女医の遺体だろうと言われている。
「その白骨化遺体の人物と思われてる女医が付き合ってた相手、うちの外科医だったんだってさ……。本当にその人物なら、2回も殺人事件が起きてるわけだ」
「まだ殺人と決まったわけじゃないけど……まぁ、そう考えると、本当にとんでもない大学だな……。そう言えば学生の時に噂なかったか?1号館の地下には死体が埋まってるって話、あれは今回の白骨化遺体の事だったって事なんだろうか?」
「さぁ?そうなんじゃないか?
いつからあの噂あるのか知らないけど……って、そう言えば……文化祭の準備で備品取りに行った柔道部の先輩が幽霊見たって話思い出した。廊下の電気が突然消えたと思ったら、白衣の女が廊下の奥から歩いてきたって、顔面蒼白で走って逃げてきてさ『誰かに脅かされたんじゃないの?』って、その時は大笑いしてたけど……本当だったのかも……」
「基礎研究やってる棟なんだから、白衣着てる人間がうろついててもおかしくないだろ。幽霊話なんて校舎だけじゃなく病院内でも結構聞くし、霊安室の前通ったら突然足首掴まれたって、この前オペナースの花音ちゃんが言ってた」
「あの子不思議ちゃんのカマチョだから、信憑性薄くない?」
「確かに、でもまぁ、なくはないって話だよ」
そう言いながら、タブレットでハニートーストのバニラアイス添えを注文した。
「話は戻るけど、清水……意外と元気そうで良かったよ」
「切り替えの速さは外科医の得意とするところだろ。良くも悪くもさ……」
「そうだな……人の死に慣れるっていうのは嫌なものだな……」
「あぁ……本当に……」




