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魔の巣食う校舎で私は笑う  作者: 弥生菊美


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14.染まり切れぬ外科医1

 

 ここは秋葉原のカラオケ店、その一室に成人男性2人が部屋に入ってから無言で俯いている。部屋に設置されているモニターからは、アイドルグループが楽しげにトークしている映像が流れている。その沈黙を破るように、カラオケ店員が扉を開けて入ってくる。


「お待たせいたしました。ホットコーヒーと苺&チョコ尽くしハニトーになります。失礼しまーす」


 そう言って、インスタ映えしそうなチョコとイチゴとアイスクリームが乗った食パン1斤かと思うようなボリュームの皿と、コーヒーを置いていくと部屋を出ていった。


 それを向かいに座っていた男が、おずおずと手を伸ばして引きずるように自分の元へと持って行った。その姿をため息をついて見ながら、思い切って口を開いた。

 

「戸塚がこんな時にカラオケ誘うって事は……沼田先生の話だろ」


 ハニートーストを恰幅の良い30代の男が、少々食べづらそうに口を開けてアイスの乗ったパンを口に運んでいたが、大口を開けながら


「……ほんなほこ」


「食べてからでいい……」


清水がそう言うと、ハニートーストを口へ頬張った男は咀嚼をして、ごくりと飲み込むと


「そんなとこ、って言いたかったんだ。

悪いな清水、忙しいところ呼び出して。上の人間が来なそうな個室の店っていうと、カラオケくらいしか思いつかなくてさ、教授や理事は秋葉なんて絶対来ないだろ」


「まぁ、まず来ないだろうな……。

忙しいのは戸塚も同じだろ」


そう言うと清水はホットコーヒーに口をつける。


「まぁ、清水や僕らだけじゃなく今は医局員の誰しもが忙しいよな、分院に出てるのは別としてさ……沼田先生の事は緘口令が敷かれたみたいに、誰1人としてその名前を出さないし……息苦しくてたまらないよ……酸欠になりそうなくらいに……」


そう言うと、八つ当たりをするかのように残りのハニートーストをナイフでザクザクと乱暴に切り分ける。そんな姿を清水は眺めながら、戸塚の言葉に同意する。


 息苦しいどころじゃない……沼田先生が亡くなって悲しみに暮れて喪に服しているから、という理由ではない。

 

理由は理事と教授の存在……。

 

 大学病院の教授は絶対的存在で、その意見に反論することなど絶対に許されない。教授が温厚な人間なら良いが、外科の教授というのは野心家で起伏が激しく、裏表の激しい人間が多い。そう、うちの教授みたいに……。


 元々、顔色を窺って穏便に過ごしていたが、沼田先生の一件以来その酷さに拍車がかかっている。なぜあんな人間が医者をしているのか不思議でならない。しかし、逆らえば将来に大きく影響が出る。教授の手が届かないくらい辺鄙な田舎の病院で開業することがない限り、強気に出られないのが現状だ。


 そんな沈んだこちらの気も知らず、隣の部屋から楽しげに歌う声が響いてくる。

楽しそうで羨ましい限りだ……。


「それで?愚痴を言う為にわざわざ呼んだわけじゃないんだろ」


「まぁ……な……沼田先生の話をしたかったってのもあるんだけど、1番は……今年度で医局を退職しようと思ってさ、友達が消化器内科のクリニックを開業するんだけど、内視鏡できる医者を探してるって声かけられて、色々燃え尽きたっていうか……これから巻き込まれるであろう内政とか……考えただけでも諸々疲れてさ、自分がそういうの向いてないのよくわかってるし、この際、潔く外科医を辞めることにした。教授には来週話すつもりだよ」


 そう言うと、戸塚はフォークとナイフを皿に置き少し俯いた。言いたいことを全部吐き出したわけではないという感じだ……。


「そっか……やっぱりか……なんかさ……、そんな気がしてたんだ。

戸塚は優しいから、こんな所は早く抜け出したほうがいい……。うちの親父も卒業生だから大学病院の話は聞いていたけど……思っていた以上の理不尽で汚い世界だったよ。

今居る教授陣や理事達は人の命を救う人間とは思えない。なんでこんな汚い世界なんだろうな……金も権力もそんなに欲しいなら……医者じゃなくてもできるのにな……。沼田先生こそ本物の外科医だったのに、あの人こそ教授になるべき人だったんだ。何で……なんで沼田先生がっ……」


 悔しさと悲しさ、そして同期の戸塚がここから抜け出してくれるという安堵、あらゆる感情がごちゃ混ぜになり涙が溢れ出てくる。


 戸塚がゴソゴソとカバンを漁ると、スポーツジムの宣伝チラシの入ったくしゃくしゃのポケットティッシュをテーブル越しに渡してくる。そんな戸塚の様子に、ガタイに似合わず本当にいい奴なんだよな……とフッと笑いながら、ありがたくそのティッシュを受け取ると、シオシオになったティッシュを一枚取り涙を拭う。


 何で優しい奴から居なくなってしまうんだろう……きっと戸塚だけじゃない。他にも性根の優しい者達は今回の件で、今まで見て見ぬふりをしてやり過ごしていたものを直視せざるを得なくなり、耐え切れず医局を立ち去るものが出てくるだろう。


 正直、今回の件で自分自身も応えている。自分の父親はうちの大学病院での勤務を経て、18年前から市立病院の院長をしているため、汚い所は見聞きして慣れているつもりでいた。しかし……外から見るのと、その中に身を置くことは全く違う。そんな中でも、今まで見て見ぬ振りをし、長い物に巻かれなければやっていけない世界だと諦めてやって来た。


 だが、今回の事は次元が違う……正直自分自身もこの先続けていけるかわからない。何よりも自分のこの性格だ。次の教授が佐々木先生になれば、NOと簡単に言う自分など地方の病院へと飛ばされるのが目に見えている。恥を忍んで、親の病院に雇って貰うか……。


「大丈夫か清水……。清水が1番沼田先生に懐いてたからさ、他の皆んなも心配してたよ。僕はあの日は外勤で居なかったけど、成瀬先生にも噛みついたんだって?本当にさ、僕は清水も心配なんだよ……清水はすぐ強がるからさ……」


「ははっ……確かに強がってるな……」


「……なぁ……もう一個、話したい事があるんだけどさ……犯人かも知れないって人影の話を聞いたか?」


その言葉に勢いよく、ぐしゃぐしゃになった顔を上げる。

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