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魔の巣食う校舎で私は笑う  作者: 弥生菊美


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16.銘肌鏤骨(めいきるこつ)


  

 手繰り寄せられるように、ゆっくりと浮上する意識、霞がかった感覚、なのにこの場所は寒くて冷たいと感じる。どうしてここに居るのか、どうしてここに居なければならないのか、何が私を縛るのか、冷たい場所で思い出そうと虚ろな思考で、小さな小さな小部屋で考える。


なんだろう?何かが聞こえる気がする。

なんだろう?何かが私を揺り起こす。

何故だろう?何かが私を侵食していく……


 あぁ……私はこの感覚を知っている。流れ込むこの何かを……忘れてはならない……決して置いて行ってはならない……バラバラになっていた歯車が急に噛み合い始め回り始める。


ガンッ!!!


と大きな音でもしたかのように、衝撃の如くクリアになる思考、それと同時に湧き上がる


悲しみ


憎しみ


殺意


許しはしない


許さない


その無念ごと私が……。







 図書館で調べ物をしようと向かっている途中で、ふと見知った男がキョロキョロと辺りを見回している。見知った顔でなければ警備室へ通報ものである。以前よりいささか頬のこけたその男としっかり目が合う。すると男は嬉しそうに手を挙げて


「あっ!桜井ちゃん!元気?」


軽い!相変わらず軽い男だな!と、突っ込みたいのを我慢して


「お久しぶりです百瀬先生、4ヶ月ぶりですかね?

すっかり元気そうですね。」


「いやぁー、お陰様でねー。

こんなにゆっくり休んだのは久しぶりだったよ。有給全部使って休職までしちゃった!って、そうじゃなくて!テレビ見てびっくりしたよ!とんでも無いことになったね。殺人か自殺かまだ断定できてないんだってねー!早く来たかったんだけど、なかなか出てこれなくてさ」


そう言いながら、わざとらしく体を震わせ両手で自分の腕を掴む百瀬。


「それでっ、桜井ちゃんは誰が犯人だと思ってるの?

あと、白骨化遺体は誰?」


「殺人と断定できてないって言った直後に……まったく、知りませんよ……何で私に聞くんですか?」


「だって、桜井ちゃん顔広いじゃーん。

なんか、話聞いてるんじゃないの?」


「一体私を何だとお思いで?」


 そう言いながらため息をつく、図書館に向かう学生の邪魔にならないように廊下の端に寄って百瀬を見上げる。


 百瀬は背が高いのだ。まぁ、女の私からすれば大抵の男性は背が高いのだが、百瀬は185センチという恵まれた長身にすらっとした手足、だというのに服装にまるで無頓着で、部屋着ですか?と聞きたくなるような、色褪せた紺のハーフパンツに、毛玉がそこかしこにできている紺色のトレーナー姿だ。


 百瀬という男は歯科医から基礎研究の方にシフトしてきた珍しいタイプの研究者で、理由は人間相手よりマウスを相手にしてた方が性に合う。という理由らしい。なら何故歯科医になったのかというと、一家全員が歯科医なのだとか、医者の子は医者という医師の家系あるあるである。

 

 百瀬は30代にして大きな研究費をいくつも取れるほどの優秀な研究者だ。最近増えつつある自分で論文が書けない研究者ではない。朝から晩まで大学の研究室におり、盆暮正月も研究三昧だったが、しかしその無理が祟ってか昨年の秋に癌を発症してしまったのである。抗がん剤治療で体調を崩し、自宅療養をしていたのだが抗がん剤がよく効いたのか、以前よりは痩せてはいるものの随分と元気になったようだ。


「桜井ちゃんはこの大学のお局的存在」


「ヤメロ」


「アハハハ、いやーこの掛け合いも久しぶりだなー!

ずーっと吐き気と頭痛に、もー、ともかく体調悪くて寝転がってただけだったからさー、やっと動ける様になったから本当に嬉しいよ」


「良くなったからって、動き回り過ぎてまた体調崩さないでくださいよ。」


「はーい!

でっ?白骨化遺体は誰??」


「はぁ……、大学側からも何の情報公開もないですからね。

私達が知るとしたら、ニュースからになるんじゃないですか?

まぁ……まず間違いなく例の女医の遺体でしょうけど……」


「やっぱりそうなんだね。

昔から、あの建物も出るって噂あったじゃん。」


「うちの大学、どの建物も何かしら出るって噂ありますけどね……」


「呪われた大学か、やっすいホラー漫画で出てきそう。

今回の白骨化遺体はさ……このタイミングで出るべくして出て来た。って感じがするんだよね」


 先ほどまでのはしゃいでいたテンションから、どんな落差だと言いたくなる程の冷静な物言いをする百瀬、何時もそんな感じで口を閉じていれば、さぞモテるだろうに……残念イケメン……そんな失礼な事を思いながら見上げる。


「遺体がアピールしてきたとでも?」


「そっ、自分も殺されましたよってね」


「……さて、如何ですかね?」


「ちょっとぉー!桜井ちゃんそのゴミを見るような目やめてよー!

僕は第六感が鋭いの!霊感強いの!だから何となくそう言うのわかるわけ!」


「ハイハイ ソウデスネー」


「秘書の近藤さんと同じ反応!!酷い!!

自分でも分かってますよ!良い年して霊感が強いんです僕って!

なんて、痛い発言だと言うことは……でも真実だからさ」


「あっ、自覚あったんですね!

思ってないのかと思ってましたよ!よく人前で堂々とそんな事話せるなと思ってました。」


「桜井ちゃん僕、病み上がりなんだからもっと優しく接して!」


「アハハハ、いやだなー

先生だからこそのおふざけですよー、さっきの話ですけど、それは本人のみぞ知るところですよ。そんなに知りたいなら、逢魔が時か丑三つ時に行けば会えるかもしれませんよ」


「イヤだよ!会ったら最後、2度と帰ってこれなさそうじゃん!」


そう叫ぶ百瀬を見て、吹き出して思わず笑ってしまった。内心では


女医の白骨化遺体かっ……


と、自嘲気味に笑った。




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