52.アイマイなママじゃいられない
前回のあらすじ。
黄河が大会に出場し、
優勝こそ逃したが彼なりの答えが出た。
「みんな、グラス持った?? それじゃあ改めて、こう君! 大会お疲れ様でしたってことで、かんぱぁい!!」
「「「「乾杯!!!!」」」」
それぞれのグラスが、重なる。
大会が終わって数時間後、僕らはアルカンシエルに戻り、打ち上げをしていた。
店の中央に置かれた大きなテーブルには、帰りに買った料理がたくさん並んでいる。
優勝はできなかったけど、みんなの顔はどこか晴れ晴れしていた。
「ったく、わざわざここまでしなくていいのに……勝ったわけじゃあるまいし」
「そんなこといわないの〜だってこう君、すごい頑張ってたじゃんっ」
「結果的に決勝まで行けたんだし、少しは自信持っていいんじゃない? ま、ギリギリだったけど」
「相変わらず一言多いな、お前は」
「それにしても、私、びっくりしちゃいました。まさか、あの場でラテアートをしないなんて」
橙子ちゃんが、思い出すように言う。
大会の決勝という場にもかかわらず、彼は勝利を捨てた。
でもそれは、決して意味のないことではない。何もしないことが彼の答えなのだと、はっきりわかった。
こうは、みつけたんだ。自分の答えを。
「あれ、かっこよかったよねぇ。うち、ちょっと感動しちゃったもん」
「えぇ〜? そう〜? 私、少しヒヤヒヤしちゃった。店長さんがいなきゃ、どうなってたかわかんないんですからね?」
「俺は俺のやりたいよーにしただけだ。結果的に、師匠にすげー救われたけど……」
「こーが、よくやった。褒めてつかわす」
「お前はどこ目線なんだよ」
みんなが口々に黄河を褒め称える。
そんな光景を僕は一人、少し離れた場所でその様子を眺めていた。
みんなの笑顔が眩しくて、胸の奥がじんわりと温かくなる。
こうの挑戦を、みんなが自分のことのように喜んでいる。それがすごく嬉しい。
でも同時に、ふつふつ上がってくるこの感情に、戸惑いすら感じてしまう。
ラテアートをしない選択をしたとき、彼は俺を見てくれてる奴がいると言った。
あれは多分、いやどう考えても僕のことだ。
あんなに真っ直ぐ言われると、嬉しい反面恥ずかしくて仕方ない。
人に好意を向けられるって、こんなにもくすぐったいものなんだなぁ……
「おー、やってるやってる。みなさーん、ちょっといいですかー?」
そんなとき、だった。店に遅れて、藍さんがやってくる。
大会が終わったのだろう。彼が来た途端、みんなが待ってましたとばかりに出迎えた。
「パパ、おかえり〜大会どーだった?」
「要有志って人が勝って終わりましたよー。それにしても、黄河さんはほんと人騒がせですねー。大会はまだあったってのに、先に帰るんですから」
「あ? 負けたら帰るのが普通だろ」
「そーゆーとこだよねぇー……優勝はしませんでしたけど、あなたに客人ですよ」
同時に、また店のドアが開く。
そこに現れたのは、なんとー!!
「はじめまして、アルカンシエルの皆さん。橙子がお世話になっています」
「お、お父様っ!!!?」
橙子ちゃんの驚いた声が響く。
そう、そこにいたのは審査員席にいた、あの財前コーポレーションの社長さんだったのだ!!
「わ〜、とーこのおじさんだ〜久しぶり〜。とーことお付き合いしてまーす、純でーす」
「い、今それ関係ないでしょ!! どうしてここに……」
「御領原君に頼んでね、天宮君と話したくて連れてきてもらったんだ」
「俺に、っすか?」
「天宮君。うちの店で働いてみないかい?」
みんなが驚きの声をあげる。
瞬間、なぜか僕の心はドクンと、大きく跳ねた。
「実は、他県に新しい店を建てる計画をしててね。ぜひぜひ君に、そこを任せたいと思って」
「お、俺に……? いや俺、優勝してないんすけど……」
「君のコーヒーやパフォーマンスは、私の胸にとても響いてね。何より、彼の……御領原さんの知識を受け継いでいる。君になら、いや君にこそ任せたいと思ったんだよ」
頭が、ぐるぐるする。
それっていわゆる、スカウトってこと……?
すごい、すごいよこう。
財前さんからの誘いなんて、滅多にないことだ。受けるべきだよ。
そう言いたかったのに、うまく言葉が出ない。
だってそれはこうが、僕の手が届かないところに行ってしまうことだからー……
「ほんとあなたはスカウト好きですねー。ミーとしては、うちの戦力少なくなるんで止めたいんですけどー」
「今すぐにとは言わないよ。まだ動き出してる段階だからね、話だけでもと思って……」
「嫌ですっ!!」
全員の視線が、僕に集まる。
瞬間、自分の言葉の恥ずかしさと後悔に、顔から火が出そうなほど赤くなってゆきー
「い、今のはその、言葉のあやで……す、すすすみません!! なんでもないです!!」
「明音君、どうしたの? 大丈夫??」
「大丈夫です! 忘れてください!!」
咄嗟に頭を下げる間も、自分の心臓が、耳元でうるさく脈打つのを感じる。
最悪だ。なんで、なんでこんなときに、僕はこんなことを……
みんなの視線が、痛い。
特に、こうの目が僕をじっと見つめているのがわかる。
もうこの場から、逃げ出したくてたまらない。
どせっかくこうや、みんなが頑張ってきたのにー
「……ははっ、なんだよお前。嬉しいこと言ってくれるじゃねーか」
そんな沈黙の中、こうが笑う声が聞こえる。
顔を上げると、そこにはいつものように、でもどこか優しい彼の笑顔があった。
彼はゆっくりと僕のそばまで歩いてくると、僕の頭にぽんと手を置いてくれてー
「せっかくの誘い、ありがとうございます。でも、俺はここで働きます。こいつらと一緒に、この店で」
彼の手の温もりが、僕の頭の上を通して伝わってくる。
彼の真っ直ぐな言葉が、僕の心にじんわりと染み渡るのを感じてー
「そうか。残念だが、君の意思を尊重しよう」
財前さんが、惜しむように帰ってゆく。
その背中を見送ったのも束の間、たまらず橙子ちゃんが彼に詰め寄った。
「ちょっ、信じらんない!! 何してるのよ、あなた! お父様からのお誘いを断るなんて!!」
「そもそも俺そんな器じゃねーしなぁ。つっても、今は考えられねーだけで、前向きには検討するから」
「そういうことを言ってるんじゃなくて!!」
「あはは、こう君は相変わらずだねぇ」
「正直、あらかた予想できてたけどね。店長、わかった上で連れてきたでしょ?」
「はてさて、なんのことだかー」
「こーが、かっこいい〜」
「なんなのよ揃いも揃って!!」
「……こう……ごめ……僕……」
「気にすんな。何よりお前が、そんな風に思ってくれてるってわかったんだ。それで十分」
彼の声、笑顔、思いに胸が熱くなる。
この、感じ……似ている。
真冬ちゃんのことを真っ直ぐに、想っていたあの時と。
この気持ちが何なのか、今の僕にはまだはっきりとは分からない。
けれど、確実に、ほんの少しずつだけれど。僕にとっての彼の存在が、変わり始めている。
そう、感じた瞬間だったー……
(つづく!!)
おまけの小ネタ
橙子父「今は考えられないけど、前向きに……か。やはり似ているね、君は( ¯ᵕ¯ )」
黄河「あ? 似てるって誰に」
橙子父「もちろん、そこにいる御領原君だよ。彼も最初は断ったんだ、お金持ちの援助を受けるなんて嫌ですーって」
那月「えっ!? そうだったの!?Σ(*oωo艸;) なんか意外、そういう話すぐ乗りそうなのに!」
藍「そりゃねー、あの財前コーポレーションに声かけられたら、警戒するじゃないですかー┐(´д`)┌」
財前父「それだけ君はすごかったんだけどね。今回審査員をお願いしたのも、それが理由だったんだが……相変わらずみたいだε-(•ω• ))
純「そういえば、ママがたくさん新聞の切り抜き、取ってたなー。あれ、なんて書いてあったっけー(˙-˙)」
明音「言われてみれば……店にあるあの賞状、史上最高得点とか書いてあった、ような……(^^;)ってことは……店長さんって、僕らが思うよりすごい人なんじゃ……」
橙子「だから前からそういってるじゃないですかぁ! 彼とこうちゃんは、天と地の差だって!( ˙³˙ )」
真冬「……黄河、もうちょっと頑張って( ・᷄-・᷅ )」
黄河「しばくぞてめぇ( ・᷄д・᷅ )」
店長、最強説。




