13.ハーブティーでつながる思い
前回のあらすじ。
閉店を免れるために、演奏会を提案したら
まさかの真冬からサックスやめた宣言された。
雨の音が、ザーザー聞こえる。
その音や空は、まるで僕の心を映してるようだ。
「オーダー、ホットラテお願い」
「おう」
「那月、カレーあとどれくらいでできそう?」
「あー、今煮込んでるから、すぐできると思う! うち、接客変わるから、こっちお願い!」
「了解」
いつもと変わらない光景。
それなのに、僕と彼女の距離だけが変わってしまった気がする。
あの日以来、彼女は僕と目を合わせようとしない。
話しても、仕事上の会話だけ。
まるで、最初会った時に戻ってしまったみたいにー
「こら明音、ぼーっとしてねぇで働け」
「う、うん……こう、僕……気に触ること、言っちゃったのかな?」
「さあ、あいつはもともと難しいとこあるし……気になるなら、自分で聞けばいいだろ。らしくねぇな」
サックスをやめた、あの言葉が僕の頭から離れない。
あんなに綺麗で、あんなに素敵だったのに。
やっぱり駅で見た青天目さんは、違う人だったってこと……?
「明音君」
そんなことを考えていた時、だった。
気がつくと、那月さんがいた。
彼女はくすりと笑うと、僕に小声で
「今夜、時間ある? 話せないかな、少し」
と言ってみせた。
閉店後の雨は、小雨になっていた。
セミの声が、かすかに聞こえてくることから、夏だなって感じられる。
着替えを終え、店のカウンターに戻ると、そこには髪を解いた那月さんがいた。
「お疲れ、ごめんね。急に時間作ってもらっちゃって」
「い、いえ……あの、話って……」
「その前に、ハーブティーでも飲まない? 仕事お疲れ様〜ってことでさ。あ、でもこう君には内緒だよ? 店の茶葉使うなーってうるさいから」
そういうと、彼女は音を立てないようにお茶を作りだす。
不思議だ。彼女と二人でさしで話すのはこれが初めてなのに、彼女といると安心できる自分がいる。
人柄故なのか、あったかいハーブティーも相まって、緊張もほぐれるな。
「明音君ってさ、真冬のこと好きだって言ってたよね。それって、サックスがきっかけなの?」
「は、はい。波津乞駅で、偶然みかけて」
「そっか……」
そう言いながら那月さんは、ハーブティーをかき混ぜる。
その横顔は懐かしむようにみえつつも、どこか悲しそうに見えた。
「昔はよくあったんだよね、自分の好きなタイミングにサックスを弾いてくれること。でもある日を境に、弾かなくなって……だから明音君がみたの、めちゃくちゃラッキーだったかもしないね」
「そう、なんですか」
「うちが理由聞いても、あんな感じでさー。もういいんだ、の一点張りで。全然そんなわけないのに、何も教えてくれなくて。寂しかったな。うち、真冬のサックス、好きだったから」
その言葉から、ふと彼女の顔が浮かぶ。
飽きたといったときの、あの顔が。
初めて見たとき、とても綺麗だと思った。
音も、吹いてる姿も、全部。
けどどこか悲しそうで、寂しそうでー
「本当に、あきただけなんでしょうか……?」
「え?」
「何か、理由があると思うんです。そうじゃなきゃ、あんなに綺麗な音なんてでません。僕、それが知りたい」
こんなこというのは、僕のわがままかもしれない。
サックスが好きだからとか、もう一度聞きたいからとか、もちろんそれもある。
ただ、今は彼女のために、何かしたい。
だって僕はまだ、何もできていないからー!
「……はは、ははは!」
すると那月さんが、なぜか笑い出す。
あまりのことにキョトンとしていると、彼女は目頭を押さえながらいった。
「明音君はほんっとすごいねぇ、うち感動しちゃった。うん、今のそのまま真冬に伝えてあげて」
「え、でも……」
「明音君なら、真冬を変えられる気がする。うちには、無理だったから」
そういいながら、彼女は胸の辺りを少し掴む。
どこか切実で、僕が真冬さんを好きでいることよりも、ずっと深い切望を抱えているように感じた。
「うちさ、明音君のこと純粋に尊敬してるんだ。すごいなぁって。こんなにまっすぐ思いを伝えられるなんて、なかなかないから」
「そ、そんなこと……」
「だから、明音君には、頑張って欲しい。これでもうち、めちゃくちゃ応援してるんだから!!」
ああ、優しいな。那月さんは。
思えば彼女は、いつも僕を助けてくれる。
してもらってばかりじゃ、だめだ。僕も何か力にならなないと。
「そうだ! あの、那月さんはいないんですか? 好きな人、とか!」
「え〜? 唐突だねぇ、なんで?」
「いつも背中押してもらってるので、僕も力になりたいなって。ほら、ギブアンドテイク、っていいますし!」
「気持ちはすごく嬉しいけど、うちそーゆーのいないよ? 告白とかも、あんまされたことないし」
「え?! そうなんですか!?」
「男子とはまあそれなりに話はするけど、友達以上恋人未満、ってゆーのかな? 内容も相談事が多いし。うち自身も、好きとかそーいう感情、よくわかんないからね」
そんなもの、なのか……
意外だ。那月さんの性格じゃ、彼氏がいてもおかしくないのに。
青天目さんといい、こうといい、この店顔がいい人多いんだよなぁ……
「正直うちは、恋愛は見る専門って感じ。だから、明音君が真冬を好きって言ってくれたとき、自分のこと様に嬉しかったんだよ」
「本当、二人は仲良しですよね」
「ちっさい時から一緒だしねえ~余計なお世話だって、真冬には怒られてばかりだけど」
「そんなことないです。みんな、いるだけで心強いって、思ってますよ! もちろん僕も、真冬さんも」
「……うん、ありがとね明音君」
「となると恋愛はダメだから……こうのことで、困ってること、ありませんか? なんならお店でも、家のことでもいいです! 僕、何がなんでも助けたいので!!」
半ば食いつき気味に、彼女へいう。
それがおかしかったのか、那月さんはまた吹き出してしまってー
「ほんと面白いよね、明音君って。じゃあ、何か困ったら、一番に明音君を頼ろうかな」
「はい!! よろしくお願いします!」
「明音君こそ、真冬のことよろしくね」
厚い雲の切れ目から、月が顔を覗かせる。
いつのまにか、雨はすっかり上がったらしい。
まるで、今の僕の気持ちを表すように。
微かに見える星空の中、僕らは約束を確かめ合うように笑顔で見合わせた。
§
二つの影が、むきあっている。
一人は、カップを両手で包み込むようにして、相手の言葉にじっと耳を傾け、もう一人は、少し身を乗り出し、何かを話している。
何を話しているのか、内容は聞こえない。
それでも二人の顔色は明るく、仲のいい様子が見てとれる。
なんとも楽しそうなその表情が、彼女の心を大きくざわつかせる。
「ったく、店使うっつーから気になってたが……そういうことか」
大きなあくびが、後ろから聞こえる。
自分の存在に気づいた彼ー黄河がよう、と気軽に挨拶する。
それでも彼女は、目を逸らすことしかできなかった。
「まだ帰ってなかったんだな、お前も」
「那月を一人で帰らすのは、危ないからね」
「ふーん……なあ、明音が言ってたのはほんとにお前なのか?」
唐突に、彼が言う。
その目は真っ直ぐ明音にむかれていて、何のことを言ってるかすぐにわかった。
「あいつは本気だ。一切曇ることなく、ただお前を振り向かせたいって気持ちだけで突き進んでやがる……お前は、それに答えようともしない。むしろ、遠ざけようとしてる様に見える」
「……僕なりに彼のことは考えてるつもりだよ。それでも、今回の件は……」
「ふざけんな。そんな面して、何が考えてるつもりだ」
黄河の言葉に、真冬の瞳が揺れる。
振り返ると目と鼻の先に、彼の指が向けられていた。
危うくぶつかりそうな距離だというのに、彼は躊躇すらしない。
それどころかその瞳は、まっすぐ自分を捉えていてー
「ちゃんと向き合え、あいつだけじゃなく、自分自身に。あいつに何かあったら……俺は、お前を許さねえ」
鋭い眼光が、ぎろりと向く。
彼は言いたいことだけいうと、寝直すといって部屋を後にする。
彼は強い。自分にはないしっかりとした芯を、ずっと持っている。
対して、自分はー
「……自分に向き合え、か。敵わないな、彼らには……」
小さな独り言は、止んだはずの雨音の名残に消える。
話す二人を遠目で見ながら、彼女ー真冬ははぁ、とため息をついた。
(つづく!!)
おまけの小ネタ
明音「ご馳走様さまでした。ハーブティー、美味しかったです(*´︶`*)」
那月「いえいえ〜こんなものでよければ、いつでもご馳走してあげるよ(*´ `*)あ、そうだ。お菓子もあるんだ、たべる?(*っ´∀`)っ」
明音「そ、そんな悪いですよ!ヾノ・ω・`)イヤイヤ」
那月「いいって。どーせ店の余り物だし」
明音「で、では……(。・н・。)パクッん、おいしい!!」
那月「あははっ、明音君ってば口についちゃってるよ〜。とってあげるね(´▽`*)」
明音「あ、ありがとうございます。前から思ってたんですけど、那月さんって……」
那月「え?」
明音「お母さんみたいですよね!(`•∀•´)✧一緒にいると、もっと甘やかしてほしいっていうか、ダメな人間になっちゃう気がします!」
那月「そ、それほめてる、んだよね? てゆーかそこは、せめてお姉さんって言ってよぉ〜(^^;)」
地味に気にするお年頃。




