09.不審な建物
「緑に同化してるなぁ。余程見付かりたくなかったってことか。こんな所に建てる時点で、見付かりたくないんだろうけど。だったら、結界でも張っておけばいいのに」
「それをすると、もし魔法使いが近くへ来た時、逆に気付かれるからだろ。魔物とは違う魔法の気配がある、とか何とかで。森に隠れるなら、自然に同化した方がいいぞ」
「あー、そういうものかな」
ガージェス達の話を横で聞いて、エルスティンは感心する。
自分ならきっとすぐに結界を張って、隠そうとするだろう。それが逆に、こういう場所では目立つ、と気付かずに。
あたしは絶対、悪者になるとか、完全犯罪を成立させるとかは無理だな。何かを計画しても、きっと穴だらけになりそう。
それはそれとして、こういう建物の中にはいたくないな、というのがエルスティンの感想だ。
森にまぎれさせるためとは言え、緑に覆われた建物の見た目が不気味だった。単なる普通の建物であっても、外観がこれでは何かが出て来そうな気がしてしまう。
「それだけ、よからぬことを企てていた可能性がある。中に何があるにしても、一般の人間にこんな場所ですごすことはまず無理だ。間違いなく、魔法使いが絡んでいる。しかし、こうまでして見付からないようにしていたのに、なぜここを捨てたかの疑問が残る。残っている物によっては、おれ達の部署だけで終わらないだろうな」
「古そうに見えるけれど、わざとなのか本当に年月が経っているからなのかっていう点も調べないとね」
ホークルやアードリーの言葉を聞いて、エルスティンはまた緊張してくる。
この職場が、こんなに緊張を強いられる部署だったなんて。初日といい、今日といい、予想とかけ離れた仕事が入って来る。よその部署も、実はこうなのかなぁ。
しかし、考えてみれば、道具は人間が使うもの。道具に関わっている人間がいい人ばかり、とは限らない。明らかに悪い人間や、ルールすれすれのことをしている人間だって存在するのだ。
直接ではなくても、そういう人達と関わることもあるってことかぁ。
一行は魔獣達を一旦帰し、持って来た防御用の手袋を着用する。
「防御の力はあるけど、過信はするなよ。妙な物だと思ったら触らず、他の誰かに知らせるんだ。いいな?」
中へ入る前にガージェスから言われ、エルスティンはうなずいた。
「では、今から調査を開始する。何か異変があったら、すぐ周囲に知らせろ。状況によっては、早急に外へ出るように」
ホークルが簡潔に注意事項を言い、ドアのノブに手をかけた。傷んではいたが腐るまでには至らず、外開きの木製ドアは静かに開く。
中は薄暗い。一応、壁には頭より少し高い位置に、小さな窓がいくつかある。だが、外の植物がそれらを覆っているので、大した明かりが入って来ないのだ。
ガラスがはめ込まれているようだが、汚れなどで曇っているために、余計光がさえぎられていた。
持って来ていたカンテラに、アードリーが火を入れる。魔法の火なので、意図しなければ何かに燃え移ることはない。それに、ただ魔法の火を浮かせるより、安定する。
数個のカンテラを天井近くに浮かばせることで、周囲が見やすくなった。
ホークルは用心深く、建物内へと一歩踏み出した。
玄関ホールのようなエリアはない。木製のドアから中へ入れば、すぐ部屋になっている。
入口付近には、足跡がいくつかあった。床にほこりがたまっているので、よくわかる。恐らく、退治班のものだろう。
部屋の中央や奥には、足跡がない。入口で少し中を見回し、これは「自分達が手を付けるより、専門部署の方がいい」と考えて、入るのをやめたのだ。
「研究してた痕跡って……絶対何かしてただろ」
ローグラッドが苦笑した。
退治班は「痕跡」と遠回しに報告していたようだが、証拠の山のように見える。
明かりで照らされた部屋の中には、色々な物があった。
扉付近を除く壁際には、ずらりとたくさんの棚。そこには、魔法書らしきたくさんの本に、魔物や獣であろう死体が何かの液体に漬けられた瓶、大小のグラスにビーカー、恐らくは薬草や毒草であろう乾燥した植物の束など。
一見しただけでも、それらが見てとれた。
奥には大きな長机があり、ここにも本が積まれている。縄、砂らしき物が入った小皿、乾燥した木の根、くすんだ指輪や宝石のような色の付いた石、手袋や汚れたブレスなどが乱雑に置かれていた。
長机の横には、仔牛くらいなら楽に入りそうな檻があり、部屋中央の床にはほこりの下に魔方陣が描かれている。
所々が欠損しているし、ほこりでよく見えないので何のためのものかはわからないが、あまりほめられたことはしていないだろう。
他にも見たことのない、使途不明の機器類が棚の前にいくつも置かれていた。
「ローグラッド、あの辺りにある機器はわかるか?」
「あんなの、見たことないぞ。オリジナルで作ったんじゃないか」
ガージェスの問いに、ローグラッドは軽く肩をすくめる。
魔法道具なのか、魔法道具を作るために使う機器なのか。それすらも、判断しかねる。
知識豊富なローグラッドが知らないくらいだから、ここにいた誰かが自分の使いやすいように改造したもの、と予想された。
ホークルが、何がどこにあるかをざっくり調べるように指示する。魔法道具かそうでないかは、とりあえず後回しだ。量が多すぎる。
エルスティンは、入口から見て右手奥側に並ぶ棚を調べるように言われた。
他のメンバーもそれぞれ割り当てられた場所に何があるか、調べてメモをする。
えーっと、ここにあるのは魔法書みたい。本はみんな、そうみたいね。……これも持ち帰って、問題がなければこの前みたいにページの確認するのかな。んー、するんだろうなぁ。何冊あるのかしら。この辺りだけで、十冊は軽く超えてるみたい。他の棚にもあるみたいだし。あの作業、気を抜いたら眠りそうになるのよね。夜にやったら、すぐに眠れそう。
そんなことを考えながら、エルスティンは割り当てられた棚にある物を書き記していく。
その棚には比較的物が少なかったので、特に問題もなくすぐに終わった。
ガージェス達の方を見ると、こまごまとした物が置かれていたりするので、時間がかかっているようだ。エルスティンは簡単そうな場所を任されたらしい。
誰にどこを振り分けるか、ホークルの瞬時の判断に感心する。
今エルスティンが調べた棚の隣は、人一人分の隙間を空けて、似たような棚がまた置かれている。今調べた棚より、さらに置かれている物が少ない。
長机に置かれている物が、実はここにしまわれていたのだろうか。それらを出しっ放しにしたために、エルスティンが調べる担当の棚が空いているのかも知れない。
ここ、どうして棚と棚の間が少しあいてるのかしら。反対側の壁に置かれた棚は割ときっちり詰めて置かれてるのに。窓がある……という訳でもなさそうね。
入って来た扉とは別に、もう一つの扉をここに作ろう、というつもりだったのだろうか。
しかし、外で見た灰色の石が部屋の中からもレンガ状に積み上げられているのがわかるだけだ。
ここをぶち抜いてもう一つの扉を設置する、というのはかなり無茶に思える。それなら最初から扉ありきで、石を積み上げるべきだろう。
前に何か物を置いていたけど、それを使ったか移動させたかで空いてるだけ、かな。細かいことは後で調べるとして、今は棚にある物よね。
エルスティンは、隣の棚の方へ一歩踏み出した。
と、そこにぬるりとしたものが落ちていたらしく、すべりかける。部屋の薄暗さとほこりをかぶっていたのとで、足下がよくわからなかったのだ。
植物か何かが腐っていた、もしくは薬品が落ちていたのかも知れない。
「きゃっ」
エルスティンはバランスを取ろうとして、今見ていた棚と棚の間の壁に手をつこうとした。が、なぜか何も手応えがない。
エルスティンの手は、そのまま壁の中へ吸い込まれてゆく。転びかけていたこともあって、かなり勢いよくそちらへ向かう形になってしまった。
え、壁じゃないの? 何、これ。
そのまま、エルスティンの全身は壁の中へと入って行った。





