10.つながる事件
ローグラッドが、大きなくしゃみを一つする。
奇しくも、エルスティンが小さな悲鳴を上げた時と同時だった。そのため、その声にかき消されてしまい、エルスティンの声は誰の耳にも届かない。
届いたとしても、くしゃみに驚いた声と勘違いされていただろう。
「びっくりさせるなよ、ローグラッド」
近くにいたガージェスが、眉をひそめる。
「悪い。ほこりのせいだ。いっそ顔の周りだけでも、結界を張った方がいいかな。動くたびにほこりが舞い上がってるのが、明かりでよくわかるぞ」
ほこりをたてたくないが、そこにある何かを動かせばどうしたってその上にあるほこりが舞い上がってしまう。
どういった魔法道具があるのかまだわからないので、明かり以外の魔法を気安く使うことははばかられ、風もしくは重力を利用してほこりをたたなくすることができないのだ。
「くしゃみは仕方ないけれど、貴重な何かを吹っ飛ばすようなことはしないでちょうだいね」
「わかってるって。で、アードリーの方は、何かめぼしい物は見付かった?」
「これと言ってないわね。間違いなく魔法道具を作っていたんだろうなってことはわかるけれど、何だったかの特定は無理。材料になりえる物を見る限り、道具系やら薬系やら、色々と手を出していたんでしょうね」
棚や机に置かれている物品を見る限り、やはり魔法道具を作っていたと推測される。
魔法道具を個人で作ることは問題ないが、もしそれを販売する場合は協会の許可が必要になる。もし、動かぬ証拠となるものが見付かれば、犯罪だ。ここにある物は、証拠品となる。
そうなれば、今度は研究班から魔法警衛課へ報告だ。面倒な事案になりそうな気配がしている。
「これは……製作日誌だな。アードリー、特定できそうな物が出たぞ」
ガージェスが調べていた棚に、魔法書ではない厚めのノートがあった。開けば、日付と品名が書かれている。
「まめな奴だな。いつ何を作ったか、細かく書いてるぞ」
ガージェスがぱらぱらと見ている横へ、アードリーとローグラッドが寄って来る。
自分で開発したものの、失敗に終わった物についても、しっかりと書いてあった。後日、反省・改良するつもりでいたのだろうか。
善良で真面目な人物であれば、開発班が欲しがりそうだ。
「……うわ、こいつ真っ黒だ。自分で魔法道具を作って、売ってやがる」
最初の方のページは製作日誌になっているのだが、途中から日付と人物名、道具と金額が書かれていた。
帳簿というには、金額以外の記載が多い。販売記録、と言った方が適切だ。もしくは、顧客名簿。
ご丁寧に、殺人、傷害、呪い、毒など、販売した道具の用途まで書かれている。人物名は購入者で、彼らが何に使うつもりで道具を買ったのかをしっかり記載しているのだ。
はっきり言って、人を害するものばかり。これだと、ほとんど武器商人だ。
書かれている物は魔法使いでなくても使用でき、証拠が残りにくい。すぐに魔法使いが調査すればわかるが、普通の事件として調査されれば発覚が遅れる。もしくは、迷宮入り。
「売った物と金額はともかく、どうして買った人間の名前までしっかり書いているのかしら」
「オレはここまでまめにはできないけど、一応の用心で控えるかもな。後で脅されたりしないように」
「脅す?」
「お前からこの道具を買ったことを知られたくなければ、言うことを聞け、みたいにさ」
個人が魔法道具を売ることは犯罪だから、捕まりたくなければ……と、購入者が脅してくることはありえる話。
使用したのはそちらだろう、と言い返したところで、使ったのが誰かまでは売る側もチェックはしていないだろうから、反論としては弱い。
その時に「このノートを公表する」と言えば、ある程度は抑止力になるだろう。確かな証拠して採用されるかはわからないが、少なくとも「名前が記されている」という点で、脅した人間は疑われることになる。
「ああ、なるほどね。書かれている名前は一人ではないし、誰かがこの製作者におかしな脅しをかけたら、何もしてない人間まで芋づる式に捕まりかねないわ。その脅しをしようとした人間を、絶対にみんなで抑えようとするわね」
このノートには、購入者同士を見張らせる役割もあった、と思われる。
何もなければお互いが無事に済むが、こういうことをする輩はだいたい何かしらの問題を起こすものだ。
「あと、オレはお前がこれを買ったことをばらさないから、お前もオレが売っていることを言うなっていう、保険みたいなものとか」
「悪い奴に限って、そういう知恵がまわるのよね」
「ただ、日付がかなり前だな。百年程前の日付だから、関わった奴はみんな死んでる。残念だな。一人くらい生きてたら、ここについてもう少しわかりそうなのに」
ガージェスが、本当に残念そうにつぶやいた。
魔法使いが少しでも楽に魔物退治をしたり、迅速に人々の役に立つ行動ができるように手助けする。そのための魔法道具なのに。
誰かを傷付けたり、呪ったりするために使うことが許せない。何か気に入らないことがあるなら「暴力以外の方法で、自力で何とかしろ」と言いたかった。
「作者の名前は載ってないか? あ……製作日誌じゃ、わざわざ自分の名前なんて書かないか」
ローグラッドに言われ、ガージェスはぱらぱらとノートをめくる。
あるとすれば表紙か最初のページでは、と思ったが、恐らく自分しか見返すことのないノートに、署名などしないだろう。
「……あった。どこまで几帳面なんだ、こいつ」
本当に、最初のページに書かれていた。
そこには「グレバーニ」とある。それ以外は何も書かれていないので、ノートの所持者の名前だろう。
「几帳面を通り越して、馬鹿正直な奴だなぁ」
「私達にすれば、その几帳面すぎる性格がありがたいわ。で、グレバーニって……」
「誰だっけ。つい最近、どこかで聞いたような気が」
ローグラッドがあごに手をあてて考え込む。
「この前、チェラード家から回収した日記に書いてあった事件に関わってる。未解決事件の容疑者だよ」
ガージェスはエルスティンと一緒に魔警課まで行ったから、よく覚えている。未解決事件と書かれていたファイルで見た名前だ。
「こんな所でつながるなんて、思いがけない収穫ね」
「お前が魔警課で読んだ報告書では、奴が道具を作ってた場所は見付からなかったんだよな? じゃあ、ようやく解決……にはならないか。肝心のグレバーニがいないんだもんな。今はもう死んでるとして、その前にここを捨ててどこかへ行ったってことか」
「もしくは、誰かに拉致された、とかじゃないか? もしここを捨てて別の場所へ行くにしても、それならこのノートは絶対に持って行くだろ。製作日誌の部分は、製作過程が色々と細かく書いてあるし」
「大切な作業場を捨てる気はなかったが、結果としてそうなってしまったってところか。悪い奴の末路は悲しいねぇ」
三人がノートについて話していると、扉の開く音がしてホークルが入って来た。
「あら。外へ出てたのね、ホークル」
ノートに気を取られていたので、ホークルがいないことに気付かなかった。
「建物周辺を調べていた。外観におかしな所はないんだが……」
「が……何? 気になることがあるの?」
「建物の大きさに対して、この部屋が狭い。奥行きはそうでもないが、この部屋の横幅が短いんだ。出入口の扉は建物の左寄りにあるが、それなら入って右手はもっと向こうに壁があるはずだ。しかし、実際の壁はもっと手前にあるだろう」
入口から数歩も歩けば、壁に沿って置かれた棚。外観ではもっと壁が続いているので、こんなに早く突き当たるはずはない。
どの壁際にも棚があるので、部屋が狭いのはそのせいだと、無意識に考えていた。しかし、外でこの建物を見た限り、この部屋はもう少し広くてもいいはず。
「つまり、あの壁の向こうに、もう一つの部屋なり、倉庫のような空間があってしかるべきなんだ。居住のための部屋だとしても、そこへ通じる扉が必要になる。外にはここ以外に扉はなかったから、この部屋のどこかに隠し扉のようなものがあるかも知れ……エルスティンは?」





