11.隣の部屋
ホークルは、その場にいる人数が足りないことに突如気付いた。
「え……?」
尋ねられた三人も、言われて新入りの姿がなくなっていると知った。
ここにあるのは、今ホークルが入って来た扉だけだ。それを開閉すれば、必ず誰かが気付く。
そもそも、エルスティンが黙って出て行くとは思えない。それに、彼女は奥の方を調べていたのだし、扉の開閉以前にその移動で気付くはずだ。
「エルスティン、どこだ」
ガージェスの声が、そう広くはない空間に響く。だが、返事はない。
その状況に、ガージェスは青くなった。屋外ならともかく、こんな広くもない部屋の中で人が消えるなんて考えられない。
部屋には用途不明の機器があるが、それらの影は人間一人を見失う程に大きくない。床の魔方陣も、作動した気配はなかった。
「どうして……エルスティン! エルスティン、返事しろ!」
ガージェスは、さっきまでエルスティンがいたはずの辺りへ行く。
お互いが壁に向かい、背中合わせの形で調査をしていた。なので、ずっと姿を認識していた訳ではない。だが、突然消えるような気配はなかった……はずだ。
エルスティンは、右手奥側の壁に並ぶ棚の魔法書を調べていた。
ガージェス達は「その魔法書に何か仕掛けがされていて、本に吸い込まれたのでは」などと考えて調べたが、魔法書そのものは特に不審な点はなかった。
ここには、他にこれといって気になるような物品は置かれていない。だからこそ、ホークルも新人のエルスティンに調べるように言ったのだ。
「やはり、隠し扉の類があるのかも知れない。道具ではないなら、エルスティンはこの壁の向こうだ。もしくは床下。棚を動かすことで扉が現れないか、探せ」
ホークルに言われるまでもなく、ガージェスはエルスティンがいた辺りを必死になって捜していた。
☆☆☆
転ぶように壁をすり抜けたエルスティンは、気付くと床に座り込んでいた。
アードリーが点けた明かりは、ここまで届いていない。さっきの部屋と同じように、頭より少し高い位置に窓があるが、汚れている。
なので、真っ暗ではないが、何があるのかわかるような明るさではない。
手元にカンテラはないので、エルスティンは自分で火を出して、周囲を照らしてみた。
どうやら、さっきまでいた部屋の半分くらいの広さだ。周囲の壁を見ると見覚えのある石造りなので、同じ建物の中らしいと判断する。
だが、振り返っても、さっきまでいたガージェスの姿はない。もちろん、他のメンバーも。単なる壁があるばかりだ。
この建物には、二部屋あるってことなのかな。で、どうやってか、あたしは壁をすり抜けたってことで。まさか、全然違う場所へ飛ばされた訳じゃないよね。どうしてあたしなのよ。ガージェスなら……ううん、あたし以外のみんなならきっと冷静に対処できて、行動するはずなのに。
心の中で文句を並べるが、現実は変わらない。エルスティンは震えながらも、自分にできる限り、状況を把握しようと試みる。
向かい側の壁際に影……がある? 動かないみたいだから、人間や生き物とかじゃないよね。生き物の気配はなさそうだし。
薄暗い中、自分の後ろ以外の壁際に色々と何か置かれている、というのはかろうじてわかるが、形がはっきりしない。
そちらを照らして何なのかをちゃんと確認したいような、怖いから見たくないような。
やっぱり、一人じゃ怖いよぉ。魔法使いでも、怖いものは怖いもん。
「……ガージェス」
名前を呼んで見た。しかし、応えはない。聞こえないのか、出してるつもりでも恐怖で声が出ていないのか。
「誰? そこに誰かいるの?」
「きゃあっ」
突然声がして、エルスティンはたまらず悲鳴を上げた。
「あ、怖がらないで。何もしないわ」
実は何かするつもりでも、本当に何もしないつもりでも、こういう時はみんな同じことを言う。それを信じていいものやら、悩むところだ。
しかし、エルスティンとしてもこのまま何もしない訳にはいかない。悲鳴を上げてしまったし、声の主へ確実に誰かがいることを知らせてしまった。
「だ、誰? どこにいるの?」
エルスティンは、覚悟を決めて尋ねた。
「こっちよ。と言っても、わかるかしら。壁際に立てかけられているの」
「立てかけられてる?」
中性的、もしくはやや女性のような声は、どうやら前の方から聞こえてくるようだ。
さっきまでいた部屋から石の壁をすり抜けてここへ来たとして、出入口の扉から入って右側の、つまりこの建物本来の右端の壁に何かあるらしい。
エルスティンは、火をそちらの壁側へとゆっくり飛ばす。確かに、何か立てかけられているように見えた。
四角い板のような物。絵画の枠のようにも思えた。
もしかして、絵がしゃべってるとか? でも、あたしの言葉に応答してるんだから、意思疎通はできてるのよね。単に呪いの言葉をつぶやいてるって訳じゃなさそう。新発明の魔法道具、とかかしら。でも、こういう場所にあるなら、あまりほめられた物じゃないわよね、たぶん。
あれこれ考えながら、エルスティンは立ち上がってその板へと近付いた。
「何……これ」
ほこりだらけでわからないが、絵画ではなさそうだ。
もう少し、火を近付けてみる。
「……鏡?」
ほこりが積もって汚れてしまっているが、立てかけてあるのは鏡だった。
かなり大きく、ちゃんとそれなりの位置に配置すれば、エルスティンの頭から胸辺りまで写せるだろう。
姿見ほどではないにしても、玄関などの壁に掛け、髪や襟元など出掛ける前の身だしなみチェックにちょうどよさそうなサイズだ。
しかし、見付けた鏡には壁に掛けられるような紐や鎖の類はない。壁に立てかけられている上に、ほこりだらけだ。どれくらいの時間、ここに放置されていたのだろう。
あまりにも汚れすぎているので、エルスティンの動きは影で何となくわかる、という程度にしか映らない。いや、これは「映っている」とは言えないだろう。
「そう、私は鏡。誰かの声が聞こえて、つい呼んでしまったけれど……。ごめんなさい、私にはあなたの姿がよく見えないわ」
やはり、まともな会話ができている。魔法道具にしてはレベルが高い、というべきだろうか。
普通は魔法がかかっていても、道具がしゃべることなどない。おとぎ話にしゃべる鏡があったような気がするが、そんな鏡が現実に存在していたのだろうか。
「見えないって……鏡に目がある訳じゃないでしょ」
「まさか。それじゃ、誰かが私に姿を映した時、その相手に私の目が見えてしまうじゃない。そんなことになったら、鏡の役目が果たせないでしょ」
確かに、鏡を覗いたら自分以外の目と目が合った、なんて怖い。
「鏡なんだから、姿を映してくれれば私にもわかる、ということよ。でも、ご覧の通り。ほこりが積もって、あなたの姿はほとんどわからない。近くに誰かがいるってことが、かろうじてわかるくらいよ」
エルスティンが動けば、影が動く。それでこの鏡に「かろうじてわかる」ということなのだろう。薄暗いので、なおさらわかりにくいはず。
誰かが姿を映すことで鏡にそれが認識できるなら、今はほとんど目隠し状態だ。
「ねぇ、私を磨いてくれない?」
「え……」
急にそんなお願いをされ、エルスティンは戸惑う。
「ああ、磨くと言っても少しだけよ。このほこりを、一部でもいいから取ってほしいの」
鏡は悲しそうな声で訴える。
「私は鏡。私の前にいる人や、物を映してみせるのが私のお仕事よ。だけど、こんな状態になって、私は唯一の仕事を失ってしまった。割れてしまったのならあきらめもつくけれど、私はただ汚れてしまっただけ。お願い、私にお仕事をさせて」
ずいぶん働き者の鏡だ。
確かに、映すということができなければ、鏡としての存在価値はない。表面に積もってしまったほこりがなければ、鏡は本来の仕事をすることができるのだ。
エルスティンは、鏡に向かって手を差し出す。防御力のある手袋をしているから、相手に悪意があれば何らかの反応を示すはずだ。
しかし、特に何も起きない。これは単なる(?)しゃべる鏡、ということだろうか。





