08.予想外の仕事
ホークルが、これからの説明を始める。
昨日は、ホークルが最後まで部屋に残っていた。戸締まりをして帰ろうという直前、魔法生物課・退治班の魔法使いが現れたのだ。
退治班はその名の通り、魔物を退治する班である。
そんな所からの報告と聞いて、エルスティンはどきどきしてきた。
「退治班の報告だからと言って、魔物と戦えという話じゃない。心配するな」
エルスティンの顔色を見て気付いたのか、ホークルが付け足す。それを聞いて、少し安心した。
「は、はい」
そ、そうよね。ここはそういう部署じゃないんだし。
「退治班が魔物を追っていた際、キルファの森の奥で古い建造物を発見した。中には、魔法道具の研究開発をしていた痕跡があったそうだ。人間や魔法使いが最近使っていた形跡はなく、長期間放置されていたと考えられる。ただ、魔法道具に関しては適切な判断ができないため、こちらで調査してくれ、ということになった。キルファの森はペルトムの国土なので今回はハーロネルトが調査をするが、ハーロネルト以外の協会と関係してくる可能性もあるので、調査は慎重に進めるように、とのことだ」
キルファの森は、ペルトムの北端に位置する。隣国との国境とかなり近いため、よその国が関わっているかも知れない、ということ。
「質問はあるか?」
「建造物の周囲が魔物や魔獣のテリトリーになっている、ということは?」
ガージェスが、手を上げて質問した。その内容に、エルスティンはまたどきっとする。
もし魔物が現れたら、対処できるのだろうか。
授業では仮想の魔物退治を何度もしているが、エルスティンは実戦経験がない。魔物そのものだって、本物は見たことがないのだ。
退治班でなければ、むしろそういう魔法使いは多いはず。ホークル達は、そういう経験があるのだろうか。
「退治班の報告では、その可能性は低いということだ。虫や小動物などの足跡はあったが、魔物のものはなかったらしい。周囲で危険になりえる生物の反応は、特になかったそうだ」
魔物と戦うことはもちろん、鉢合わせになることも少ない、と推測される。あくまでも推測、だが。
もしかして、ガージェスはあたしのために、今の質問してくれたのかな。
周囲に魔物がいないとわかれば安心できるし、仮に「いる可能性がある」と言われても、それならそれで多少は心構えができる。
出るのかどうか、と不安にかられながら向かうよりは、わずかながら気持ちも楽になるというもの。
もちろん、何も出ないに超したことはない。同じ仕事をするなら、安全な場所がいいに決まっている。
ガージェス自身が目的地の危険度の確認をしたかったのかも知れないが、質問をするどころか思い付く余裕もないエルスティンのために尋ねてくれたのでは、と思うのは……都合がよすぎるだろうか。
でも、エルスティンにすれば、状況を知れてありがたかったのは確かだ。
「森の奥とは言え、よく今まで見付からなかったなぁ」
キルファの森に限らず、山や森には多少なりとも魔物がいる。それらが人間のいる場所へ現れ、さらに人間を襲ったりすれば、魔法使いが退治に向かう。彼らが魔物を追って、森の奥へ入ることもしばしばだ。
なのに、人気のない古い建物が今まで見付からなかった。
つぶやいたローグラッドでなくても、不思議に思う。
「建物に緑を絡ませているので、魔獣に乗って上空から見てもかなりわかりづらくなっている。今回は逃げた魔物がたまたまその近くへ行ったため、発見に至った、ということだ」
「緑の中に緑なんて、わかりにくいじゃない。私たちが向かって、すぐに見付かるの?」
「わかりやすいよう、葉の一部を黄色に染めておいたそうだ。地図上での位置も確認しているし、おれ達はその色を目指せばいい」
緑の中に黄色なら、その色が意図的に消されていない限りは簡単に見付かる。
「他には? 質問がないなら、現地へ向かうぞ」
協会に指定されている魔獣の召喚エリアへ向かい、それぞれが契約している魔獣を呼び出す。
ホークルとガージェスは金のたてがみを持つ獅子、ローグラッドは銀の毛並みの狼、アードリーは白の毛に赤い炎のたてがみを持つ炎馬だ。
エルスティンも炎馬だがタイプが違い、彼女が呼んだ炎馬のたてがみは青の炎が燃えている。
もし仕事で魔獣の力を借りることになる時、空を飛べるタイプがいいと聞いていた。なので、空を駆けることのできるこの魔獣を選んだのだ。
肉食獣タイプは一緒にいるのがちょっと怖いから、というのもあったが、魔獣ともなれば馬でもその力は普通の獣とは桁違い。
だが、エルスティンとの契約を許してくれた炎馬は、呼び出した相手に似て穏やかな性格をしていた。
それぞれ呼び出した魔獣の背に乗り、キルファの森へ行くために北へ向かう。
比較的大きな森で、その近くには小さな村が点在している。木材を切り出したり、小さな獣を狩って生活している人が多い。
だが、それは森のいわば入り口付近だけの話。奥へ行けば強い魔物がいるので、普通の人は奥まで入らない。
そんな森の上空を、魔物退治班ではなく、今は魔法道具研究班のメンバーが飛んでいた。
森へ行くなんて……魔法道具の材料調達で行くくらいかと思ってたのになぁ。
初日のお屋敷みたいに、あくまでも「魔法使いをしていた人間がいた家」だけでなく、事情がよくわからない場所へ行くことになるとは予想もしていなかった。
「あれだな」
先頭を行くホークルがつぶやいた。
緑の海が延々と広がる中、インクを落としたようにぽつんと黄色い点が見える。あれが、退治班の付けてくれた目印だ。
退治班は、追ってた魔物をちゃんと全部……えっと、何匹か知らないけど、とにかく捕まえてくれてるんだよね? まさかとは思うけど、実は捕まえ損ねた魔物がいる、なんてことはない? 今もあそこでこっそり隠れてたり……しないよね?
話の通りに目印が現れ、エルスティンの中でまた不安が広がる。
「大丈夫よ、エルスティン」
エルスティンの表情に気付いたのか、アードリーが声をかけてきた。
「魔法使いが五人もいるのよ。普通の魔物はその気配を怖がって、近付いて来ないわ。へたにちょっかいをかけようものなら、あっさり消されちゃうもの」
魔物にとって、一般人はからかいの対象か、最悪だとエサ。
しかし、魔法使いは天敵か、恐怖の対象になる。余計なことをすれば反撃を食らって命を縮めてしまうから。混乱状態になっているか、余程の命知らずでもなければ、近付いて来ることはないのだ。
少なくとも、魔物達は一般人と魔法使いの区別くらいはつく。
「あ、そ、そうですよね。でも、あたしを一般の人と間違えたりしないかなって」
自分で言って、ちょっと卑屈すぎかな、と反省。
「ちゃんと認定試験を受けて、正規の魔法使いになったんでしょ。もっと自信を持ちなさいな、エルスティン。それに、もし間違えられたとしても、周囲にまだ四人も魔法使いがいるんだから。おかしなことなんて起きないわよ」
見事にアードリーのウインクが決まった。
☆☆☆
目印の場所に、一行は降り立った。
「あー、確かに見付かりにくいな、これ」
退治班からの報告にあった建造物の前に立ち、ローグラッドが感想をもらす。
問題の建物は、簡素な石造りだ。一抱えもありそうな暗い灰色の石を、レンガのように積み上げて作られた箱形である。
外観から推測するに、中の広さとしては研究班の部屋が二部屋くっついたくらい、だろうか。高さからして、平屋建て。
入口となる扉は建物の左端にあり、木製のようだが、壁と同じような灰色に塗られていた。
そんな石の箱のような建物に、びっしりと緑が絡まっている。ツタではなさそうだが、ツル系の植物が建物全体を覆っているのだ。
目の前にあれば「建物がある」とわかるが、上空からではあの目印がなければまず見付かりそうにない。
この辺りにあると認識し、余程注視しなければ通り過ぎてしまうだろう。一見しただけでは、岩に緑が絡んでいる、くらいにしか見えなかった。





