06.未解決事件
これまで、エルスティンは道具のいい面しか考えていなかった。
そっか。あたし達が使う物って、凶器にもなるんだ。魔物を捕まえる物を、人間に向けられたりしたら大変だし。
ローグラッドのつぶやきで、単純だが案外深い部分を考えてこなかったことに気付かされた。
「少なくとも、このノートの中では解決はされてないようだ。ガージェス、魔警課で当時の捜査資料を見せてもらって、詳細を確認して来い。ああ、エルスティンも一緒に」
「え? あ、はい」
突然指名され、エルスティンはびっくりしながらも返事をした。
ガージェスと一緒なのは嬉しいけど、中身が大変そう……。
魔法道具の仕事をするつもりだったのに、犯罪についての確認なんかをすることになるとは。
しかし、魔法道具が絡めば何でもありなのだ。
「行こうか、エルスティン」
ガージェスにうながされ、エルスティンは二人で魔警課へ向かう。
「どう? 入ってみての感想は」
廊下を歩くガージェスが、彼の後ろをやや小走りについて来るエルスティンを振り返る。
「緩急がありすぎて、ちょっとびっくり、かな」
入っていきなり現地調査みたいなことをしたかと思えば、次の日は黙々と古い魔法書のページ確認。
まだ入って二日目なのに、仕事の落差が激しい。
「はは、そうかもな」
笑いながら、ガージェスは歩調をゆるめた。
「どこかへ出た日の後は、数日がこういった確認作業になるんだ。たまたま初日にあたって、驚いただろうけどさ」
「うん。いきなり外へ出ることになって、本当にびっくりした」
ガージェスの隣を歩くの、すっごく久しぶり。って言うか、何年ぶりかな。
歩調を合わせてくれたおかげで、ガージェスの隣を歩けるようになったエルスティン。少しどきどきしながら、幼なじみの顔を見上げる。
幼い時は、よくこうして並んで歩いた。
四つも年齢差があるから、身長差もかなりある。こうして久々に歩いたが、その差は全く縮まっていなかった。むしろ、広がったような気がする。
研究班の男性陣はみんな長身だが、その中でもガージェスは一番高い。エルスティンは小柄なので、彼の肩辺りに頭のてっぺんが来る。
大人になったらもう少し釣り合うんじゃないか、と考えていたのだが、予想は見事に外れてしまった。
「それにしても、エルスティンが本当に研究班へ来るとはな。魔法道具を作るって子どもの頃に言ってたけど、初志貫徹か」
その言葉に、エルスティンはくすっと笑った。
「そう言うガージェスだって、同じじゃない。庭でおじいちゃんの魔法書を広げながら、魔法道具を作るって話してくれたでしょ。だから、あたしもやるって言ったのよ。あ、あの時、仕事で出たついでに家へ戻って来たおじいちゃんに見付かって、庭でこんなものを広げるんじゃないって叱られたよね」
庭でのんびり読む本じゃないっ、とブライガに大目玉を食らったのだ。
「あーあ、そうだったな。覚えてる。あの時のげんこつは、かなりきいた」
勤務時間中ではあるが、こんな雑談を普通にできることが嬉しい。
お互いが勉強や仕事に時間を取られるようになっていき、一緒にいられることが激減……と言うか、ほぼ皆無になってしまったが、それまでのブランクを感じさせないことも、エルスティンに安堵感を与えていた。
こうして会話ができる、というのはなんて幸せなことなんだろう、としみじみ思う。
子どもの時はごく当たり前のようにしていたことが、ガージェスに魔法の修行というものが入った途端にできなくなった。
時々、自分の部屋で泣いてしまう程に淋しくなる。小さい頃は、なぜこんなに淋しいのか、自分でも理解できなかった。
会えない、話せないからだとはわかるが、他の友達の時とは明らかに違う感覚。
だが、次第に他の人とは違う種類の「好きな人」だから、と気付く。
子どもの時は無邪気に「ガージェスのお嫁さんになる」なんてことを言ったりもしていたが、きっと無意識のうちに本心を口にしていたのだ。
以来、エルスティンの気持ちはずっと変わらない。変わらないが……ガージェスはどうなのだろう。
子どもの頃はよく遊んだし、今もこうしてにこやかに会話しているから、嫌われている、とは思わない。でも、どの程度の好意なのかは……不明だ。
ゆっくり話もできない、というブランク期間は長い。
さらに、エルスティンがハーロネルトに入ってわかったのは、世の中にはかわいいと言われる女の子がいくらでもいる、ということだった。
女の子の目から見てもかわいいと思えるクラスメイトがいたし、そんな子はきっとガージェスのクラスにも存在しただろう。
職務部へ移ればアードリーのような美人がいるし、昨日のようによそへ出る仕事では、その先で魅力的な人と出会うことはいくらでもある。
いくら「お嫁さんになる」と言って「うん、わかった」と返事をもらっても、所詮は子どもの言うこと、と一蹴されかねない。
そもそも、ガージェスはその時の言葉を覚えているだろうか。覚えていても、本気にしていない、ということは十分に考えられること。むしろ、そっちの方がありえる。
ガージェスの母メリダとはよく顔を合わせるので、恋人の存在をさりげなく聞いてみる……なんていう器用なこともエルスティンにはできず。
今もこうして隣を歩いて会話していても、探り一つ入れられずにいた。
仮に聞けたとして、エルスティンに全く気がないとわかれば、明日から同じ職場になんていられない。
ガージェスと一緒にいられる、仕事ができるという下心込みで今までがんばってきたのに、いきなり転職を考える羽目になってしまう。
気持ちを伝えるにしても、もう少しガージェスの様子を見てからでも……いいよね。
しばらくはこの関係に波風を立てないようにしよう、とエルスティンは心に決めた。
やがて二人は、魔法警衛課のある一棟へ来る。ガージェスが事情を話し、資料を見せてもらいたい旨を伝えた。
その後、二人は資料室へ案内され、後は自分達で調べてくれ、と言われる。
資料室は研究班の部屋よりは小さめのようだが、その中にぎっしりと本棚が並んでいた。
小さな図書館のようにも思えるその部屋には、ずらりと棚が並び、棚と棚の間は人が一人通れる程度の幅。図書館は天井が高いが、ここはそうでもないのでかなりの圧迫感がある。
そのぎっしり並んだ本棚の中に、これまたぎっしりと資料が詰め込まれているのだ。これを見ていたら、始める前からテンションが下がりそうになる。
「あたし、まさかこういう所の資料を見る日が来るなんて、思わなかった」
資料どころか、魔警課へ来ることも考えたことがない。
「実は、俺も初めてなんだ」
「そうなの? よくやってます、みたいな顔して」
「魔法書が残ってることはよくあるけど、日記は初めてだしな。しかも、魔法の鍵をかけて、だろ。その中身が捜査資料みたいなものなんて、そうそうないって」
つまり、エルスティンは入ってすぐに、かなりレアなケースに当たった訳だ。
面白いと思えるだけの余裕はまだないが、それでもガージェスと一緒に調べられるなら何でも構わない。
棚には事件のあった年月日が記された書類ボックスが並び、その中に親指の爪程にも満たない厚みの資料がしっかりたっぷり入っていた。
紙の大きさこそ魔法書と同じサイズだが、一冊が薄い。これは魔法で圧縮されているからだ。魔法を解いて広げれば、魔法書の倍近い厚みになる。
棚の本数、棚に収納されている書類ボックスの個数、ボックスに入った資料の冊数、一冊に記録された事件件数……。
その数を考えるとめまいがしそうだが、それだけ色々な事件があるということ。
これらの資料の保管については、開発班がもっと簡単で省スペースにできる道具を試行錯誤しているらしい。
ボックスにはそれぞれ、事件が起きた年が書かれている。幸い、日記に日付が書かれていたので、それを見てその頃の資料を探し出した。
日記にある日付は三月なので、その月前後の資料を取り出す。数冊あるので、二人で手分けして探した。
「これ……だな」





