05.魔法がかかったノート
机に積まれた本の中に、背表紙のない本があった。手に取ると、それは本ではなく黒い革表紙のノートだ。
しかし、中身を確認しようとしても開かない。魔法がかけられているのだ。家人が勝手に読んだりしないため、と思われる。
そんな状態だから、魔法書と一緒に置かれたようだ。
「これ、日記でしょうか。魔法で開かないようになってるんですけど、読んでいいものかしら」
故人の物とは言え、日記だとすればプライベートなものだから、調べるのは少し気が引ける。
「何であれ、ちゃんと調べないとね。魔法をかけてまで読ませないようにする日記なら、なおさら気になるわ。魔警課だったから、日々の捜査状況を書き込んでいるかもね。亡くなる前に処分し忘れた、普通の日記だったら申し訳ないけれど。それは忘れた本人の責任ってことで、とにかく見てみましょ」
かけられた魔法は簡単なものなので、アードリーは簡単に解いてしまう。
ノートを開いてみると、アードリーの予想通り、捜査状況が殴り書きに近い文字で書かれていた。
所々に「解決」と書かれていて、報告書をまとめる前の覚え書き、みたいなものかも知れない。
部署外で事件のことがわかるようなものがあるのは、何かと問題になりかねない気もする。だが、あちこちに「?」や自分の見解みたいなものが書かれていたりするので、自分の中で整理したかったのだろう。
だから、見られないように魔法で鍵をかけて。
「文字にすることで、考えるだけでは見えなかったものが見えたりしたんでしょうね。気持ちはわからなくもないわ」
「これ、魔法道具とは関係ないですよね。ノートは普通のノートみたいだし。どう処理するんですか?」
ざっくり言えば、中身は覚え書き。開かないように魔法はかけられていたが、このノートそのものは魔法道具ではない。
「中身を精査してから、魔警課に報告するわ。昔のものだから、ほぼ大丈夫でしょうけれど。事件によっては、もしもってこともあるから。一般人に見られても問題ない中身なら、当主に希望を聞いて、残したいと希望されるなら返すことになるし、何か問題があれば処分ね」
ものによっては、単なる廃品回収で終わらない。
エルスティンが思っていたより、この作業も大変なようだ。
「今回はちょっと特殊なパターンになっちゃったけれど、むしろよかったかもね。回収業務はだいたいこんなものよ。初仕事、お疲れ様」
そ、そっか。いきなりこんなお屋敷で家捜しみたいなことになっちゃったけど、これもれっきとした仕事なんだ。
思っていたものとはかなり隔たりがあったものの、エルスティンの初日はこうして過ぎたのだった。
☆☆☆
ガージェス達が向かった物置では、故人が所有していたらしいマントやロッドなどの道具類があった。
しかし、残っていた魔法はどれも経年劣化で、ほとんど残りかすみたいなもの。
物置でぼやがあってもかろうじて燃えずに済んだが、そのことで完全に魔法効力が消えてしまい、普通の古い道具類になってしまっていた。
保存にしろ、処分にしろ、特に問題がないことを当主に伝え、どうするかは依頼人達にまかせる。
先祖の使っていた物を大切に置いておくか、捨ててしまうかは子孫次第だ。
結果としてその日に持ち帰ったのは、当主の部屋に残っていた魔法書とあの日記だけとなった。
翌日になって、その持ち帰った魔法書と日記を確認する。
魔法書は一般の人は読めないため、故人である魔法使いしか読まなかったおかげか、本そのものに傷みはほとんどなかった。
書かれている魔法などは、現代とほぼ変わらない。なので、落丁などがなければ、図書館の蔵書の一冊として回されることになる。落丁があれば、補修してからだ。
「地味な仕事だろ」
中身の確認は後にして、まずは分厚い魔法書のページ数を自席で確認していたエルスティン。なくなっているページがないことを二度確認して、息を吐く。
そこへ、斜め向かいに座っているホークルが声をかけた。
「え……あ、そうですね」
そんなことはない、と言える作業でもないので、エルスティンは苦笑しつつ正直にうなずく。
「研究班とは言っても、仕事の半分近くがこういった作業だ。その時に扱うのが、本か道具かって違いで。本当の研究なんて、なかなかできないのが実情だ。よくうちを志望したな」
研究班も開発班も、人気はどちらかと言えば下の方。危険だが華やかに思われる魔物退治や、同じ研究でも魔獣研究の方が希望者は多い。
そんな状況なので、エルスティンは久々の貴重な新人なのだ。
ちなみに、その前の新人はガージェスとローグラッド。この二人は、同期で同い年の二十四歳。人気のない部署で、二人の新人は大豊作だ。
しかし、それも五年前。
彼らが入る前までもう一人の研究員がいたが、年齢を理由にリタイアしている。学校の課外活動なら、廃部になりかねない状態だった。
「ガージェスと知り合いなんだろう? あいつから地味な職場だってこと、聞かなかったか?」
「見習いの時は、会う時間はあまりなくて。授業についていくのが精一杯で、余裕がなかったんです」
修学部へ入ったのは、もちろんガージェスが先。
ガージェスが認定試験を受けてその後研究班へ、という頃に今度はエルスティンが修学部へ。
そんなに成績がいい方ではなかったので、とにかく認定されるまで必死だった。
お隣さんであっても、協会の同じ敷地内にいると言っても、学生と仕事をする人間とでは行動時間も行動範囲も違う。
ゆっくり会って話をする、ということがほとんどできなかったのだ。
ここまで会えなくなるものかしら、と悲しくなったくらいである。
でも「同じ職場になれば、もう少し話ができる」と自分を励まし、それだけを目標にしていた。
こう言い切ってしまうとかなり動機が不純に思われそうだが、魔法道具に関わる仕事をしたい、と思っていたのも事実。
それは、あの春の日から変わっていない。
「ホークル、せっかくオレ達に後輩ができたんだから、彼女のやる気が失せるような話をしないでくれよ」
二人の会話を聞いていたローグラッドが、口を挟んだ。
「事実は早めに知っておいた方がいい」
「だからぁ」
「ローグラッド、先に入ったというだけで先輩面する、というのは違うわよ」
「アードリー、そういう突っ込みはきついよ。仕事ができない奴みたいで」
ローグラッドが困ったように笑う。
「先輩と呼ばれたいなら、尊敬されるような仕事ぶりを見せないとね」
「それはそうだろうけどさ。アードリー、あまり厳しく言うと、怖い先輩って刷り込まれるよ」
「どう思うかは本人の気持ち次第だもの、仕方ないわ」
仕事は地味かも知れないが、仕事をしている魔法使い達はそうでもなさそうだ。
「ホークル」
他のみんなと同じように中身の確認をしていたガージェスが、それを持ってリーダーの近くへ行く。
「気になる部分があるんだけど」
持っていた物を、ガージェスはホークルに見せた。
ガージェスがチェックしていたのは、魔法書ではなく日記だ。魔警課にいた故人の「個人的捜査ノート」である。
「殴り書きだけど、一応解決したものについてはちゃんとそう書いてある。でも、一件だけ解決という文字がない。事件の内容も、魔法道具関連みたいなんだ」
その箇所のページを広げ、書かれた部分を指し示す。
「……よりによって、魔法道具が絡んだ事件か」
「未解決って言っても、あの当主のひいじいさんの時代だろ。退職してから解決してるかもだぜ」
聞いていたローグラッドが、横から覗き込む。
「それもありえるけど。もしその悪事を仲間や関係者が引き継いでたりしたら、まずいだろ」
「どういう事件なの?」
「自分で作った魔法道具を闇ルートで販売している奴がいて、それを買った奴は捕まった。でも、売った奴は逃げたまま、らしい」
「個人なら、もう亡くなっているでしょうけれど。ガージェスが言うように、売った側が組織だったら、継続して存在している可能性もありだわ」
「なるほどね、面倒な事件が残ってたのか。道具は使い方を間違えると、凶器だからなぁ。魔法が加わると、なおさら厄介だ」





