03.ようやく職場へ
横からふいに声をかけられ、エルスティンはびくっとする。
そちらを見ると、ゆるいくせのある薄茶色の髪を束ねた若い男性が立っていた。何か面白いものでも見付けたように、青の瞳が輝いている。
「あの……」
この部署の魔法使い、だろうか。だとしたら、先輩にあたる人ということになる。見たところ、ガージェスと同世代に見えるから、二十代半ばくらいだろう。
「中には魔法道具が色々あるけど、質の悪い魔物みたいにいきなり噛みついてきたりはしないよ。用があるなら、遠慮しないで」
いきなり、じゃなくても噛みついてくる道具があるのかしら……。
言い方がちょっと軽い気がしたが、悪い人ではなさそうだ。
中のことを知っているようなので、やはり同じ課の先輩だろう。もしくは、仕事上ここへよく出入りする人。
その彼が、ドアを開けてくれた。
「あ、ありがとうございます」
魔法道具という言葉があったのだから、ここは間違いなく目的地だ。
うながされて先に中へ入ると、そこはこれまで学んでいた教室よりも少し広そうな部屋だった。
ドアを入ってすぐの所にはカウンターがあり、その向こうに机が六つ並べられた島がある。そこでは、向かい合って座る男女二人が何やら書き物をしていた。
その島の隣(と言っても、少し離れているが)には、長机と呼ぶには幅のある台のようなものが置かれていた。
その台の上には、宝石にも見える石や分厚い本、ろうそくなどが置かれている。
エルスティンも一人前の魔法使いになったからわかるが、その台の周囲には結界が張られていた。
それらの道具は何かしらの魔力を秘めていて、それが何かの拍子にもれたり、暴走したりしないように、だろう。
入った正面には大きな窓があり、窓がない他の壁には棚がずらりと並んでいる。今エルスティンの目の前にあるカウンターも、腰より少し高い棚を並べてそれらしく配置されたものだ。
中身はどの棚もこちら側からは見えないが、きっと資料か魔法道具が色々と入っているのでは、と思われる。
「こちらにご用かしら?」
カウンター越しに誰を呼べばいいか迷っていると、声をかけられた。机に向かっていた二人のうちの、女性だ。
わっ、きれいな人。
立ち上がってエルスティンの応対に来てくれたのは、スタイルのいい女性だ。ガージェスより少し上、といったところか。
ゆるいウェーブのかかった金髪を無造作に束ねているが、それがまた間違いなく美人の部類に入る彼女には似合っている。
あたしも同じようなくせのある金髪なのに、この差は何? と思うが、嫉妬する気にもなれない。
緑の大きな瞳は、ねこの目みたいにきらきらしている。魔法使いより舞台で踊っている方が似合いそうだな、などと考えながら、エルスティンは相手の顔を見ていた。
が、女が女に見とれている場合ではない。
ガージェスがいればすぐに応対してもらえると思っていたが、どうやらこの部屋に姿はないようなので、自分で言わなければならない。
「あ、あの、今日から研究班に入る、エルスティンと申します」
エルスティンが名乗ると、彼女の顔がぱぁっと輝く。
「あぁ、あなたが。待っていたわ。ローグラッド、新人さんが来てくれたのに、何をぼーっと立っているの。案内してあげなきゃ駄目でしょ」
当然ながら、エルスティンが配属される、という話は通っていたようなのでほっとした。
その反面、先に部屋へ入るようにうながしてくれた男性に非難の声が飛んでしまい、エルスティンはどきっとする。
エルスティンの斜め後ろに立っていた彼は、エルスティンが誰かに声をかけるのをもうしばらくためらっていたら、たぶん助け船を出してくれていただろう。
その前にブロンド美女が声をかけてくれたので、ただ立っているだけ、みたいに言われてしまったのだ。
「机に向かっているアードリーの横顔に見とれちゃって」
え、本心かどうかはともかく、言い訳がそれ?
アードリーと呼ばれた女性の非難を、ローグラッドと呼ばれた男性は軽い口調でかわす。
それを聞いて、エルスティンはぽかんとなった。街中のカフェなどならともかく、ここは魔法使いが仕事をする場所のはずなのだが。
やはりローグラッドも同じ課の人だとわかったが、エルスティンが戸惑っているうちに「部屋の中へ案内してもらった」ということを言い損ねてしまった。
「もう、またくだらないことを。ああ、気にしないでね。彼はいつもこんな感じなの。さ、こっちへ入って」
アードリーに言われ、エルスティンはカウンターとなっている棚と棚の間を抜ける。後ろから、ローグラッドも同じように入って来た。
「うちは希望者が少なくて、新しい人が来てくれるのは本当に嬉しいわ。少数精鋭、と言えば聞こえはいいんだけれどね。チームリーダーは彼よ。ホークル」
書類に何か書き込んでいる男性に、アードリーが声をかける。ローグラッドより濃い茶色の短い髪に同じ色の瞳をした男性が、こちらを向いた。
ホークルと呼ばれた彼は、三十代前半くらいだろうか。ガージェスから「ここの所属は現在四人」と聞いていたし、だとすれば彼が一番年長者だ。
「新しく来てくれた研究員のエルスティンよ。エルスティン、彼が私達のリーダーのホークル」
け、研究員かぁ。これからお仕事しますって感じ。
「よろしくお願いします」
アードリーに紹介され、エルスティンは最敬礼する。
「よろしく。そうかしこまらなくていい。リーダーと言っても、退治班のように統率して何かをするって訳じゃないんだ。単にチームの中では年長で、一応のまとめ役ってだけだから」
落ち着いた声で言われた。仕事内容はともかく、職場の雰囲気がどんなものかわからないので緊張していたエルスティンは、穏やかな上司らしいとわかってほっとする。
「うちのチームは、リーダーのおれとサブリーダーのアードリー、そこにいるローグラッド。それから……彼とは知り合いと聞いているから、紹介はいらないか」
ホークルの視線につられ、エルスティンは振り返る。
そこには、ちょうど扉が開いて姿を現したガージェスがいた。
☆☆☆
ここの机で今日はこういうことをやってくれ、といったことを言われるのかと思っていた。
ここでの仕事の説明だとか、仕事道具の説明だとか、毎日のルーティンがあればそれらについて教えてもらうことで、今日は一日が過ぎるだろう……と勝手に考えていたのだ。
ここが魔法道具の研究をする部署、ということはわかっていても、さすがに即戦力を期待するはずはない。
ついこの前まで見習いとして勉強していた新人に、初日からいきなりあれこれ難題を渡されることはないだろう……と思っていたのに。
エルスティンは現在、チームだと紹介された魔法使い達と一緒に研究班の部屋から出て、職務部の棟から出て、ハーロネルトの敷地からも出て歩いていた。
まだ挨拶だけしかしてないんだけど。あたし、ここの人達に自分の口で一度しか名前を言ってないような気が……。
その姿を見て、本当に同じ職場にガージェスがいるんだ、と今更ながらに再認識し、エルスティンは飛び上がって喜びそうになった。
が、ここは修学部の見習いしかいない教室ではないのだ。喜びの衝動は、どうにか抑える。
「エルスティン、今日から同僚だな。よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
少々堅苦しい挨拶になってしまったが、公私のけじめはつけておくべきだろう、と思ったのだ。少なくとも、初日くらいは。
で、もう少しガージェスと話をするとか、まずはエルスティンの机に案内されるかと思いきや、
「じゃあ、ガージェスも戻って来たから、早速出かけるぞ」
と、ホークルに言われ、こうして歩いている。
「あの……出かけるって、どこへ向かうんですか?」
隣を歩くアードリーに尋ねる。
できればガージェスに聞きたかったが、彼はホークルと何やら話しているので、そうもできなかった。
「ふふ、いきなりでびっくりしたわよね。今から行くのは、昔の魔法道具があって、その処分に困っている依頼者のお宅よ」





