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鏡に映せば  作者: 碧衣 奈美


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02.魔法使いになって

 魔法使い協会ハーロネルト。

 ここでは魔法使いになるための勉強ができ、一人前になれば魔法使いとしての仕事をさせてくれる組織だ。

 ついこの前まで「修学部」で技の鍛錬と知識を詰め込んでいた。

 今は同じハーロネルト敷地内ではあっても、職務部と呼ばれる別エリアに、エルスティンは立っている。

 晴れて今日から、正規の魔法使いとしての仕事が始まるのだ。

 そう考えると、身震いする。

 本当に、ガージェスと働ける日が来たんだぁ。

 ガージェスが「魔法使いになる」と夢を語った春の日。エルスティンも、同じように「魔法使いになる」と決めた。

 十五歳になってガージェスはハーロネルトへ入り、さらにその四年後にエルスティンもハーロネルトで勉強を始める。

 そして、二人は本当に魔法使いになるという夢を実現させ、今日から同じ部署で働くことになっているのだ。

 まさに初志貫徹。あの春の日と同じように、暖かな日だ。あれからおよそ十四年経っている。

 ガージェスは魔法使いのために作られた「魔法道具」に関わる部署に、五年前から所属していた。

「魔法道具課」という実にストレートな名前で、さらにそこから開発班、研究班、図録班、企画・販売班と細かく分かれている。

 ガージェスがいるのは、その中の研究班だ。

 昔は使われていたが、あまり資料がないような魔法道具について調べる。

 現代でも使っているものを、改良を重ねてさらに使いやすくしたりする。

 そういったことが、研究班の主な仕事である。

 ガージェスなら開発班じゃないのか、と周囲からはよく言われた。

 道具を作る、という点では同じだが、開発班はほぼゼロから新しい道具を作る。発明にも似た仕事で、そちらにも興味があったガージェスだが、勉強するうちに興味が研究班の方へ向いたのだ。

 よく知られていない道具に日の目を見せたり、欠点を改良してさらに役立つものへと昇華させたい、と思うようになったのである。

 正直なところ、エルスティンはガージェスの進路を聞いて、ほっとしていた。

 自分も魔法道具に関わりたい、とは思っていたが、それがどういうものであれ、何もない所から何かを生み出すのは至難の業。

 それより「今ある道具をもっと使いやすく」といった改良の方が、ちゃんとできるかどうかは別として、自分に合ってる、と思っていたのだ。

 だとすれば、自分が進む方向は研究班。ガージェスが開発班へ進んでいたら、一緒に仕事ができなくなるところだった。

 緊張しながら、エルスティンは職務部の棟へと足を進める。

 ガージェスには研究班への所属が決まったことを報告してあるし、ガージェスから研究班の場所は聞いてあった。

 でも、一人で向かうとなると、やはりどきどきものだ。

 同じ敷地内だし、職務部も修学部の棟と似たようなものだが、周囲を歩く人達は見習いではなく、みんな試験に合格して一人前と認められた魔法使い。

 そう考えるだけで空気が違うように思え、ますます緊張する。

 エルスティンもちゃんと認定試験を受けて合格し、一人前だと認められているのだが、こういう時は自分のことがすっぽり抜けてしまうものだ。

 えっと、研究班は一棟の二階……だよね。

 ガージェスからも、ちゃんと聞いた。エルスティンの手には修学部から職務部へ異動すると決まった時に渡された書類、いわゆる「辞令」があり、そこにも確かに一棟の二階と書かれている。

 それなのに、二階へ来ても……それらしい部署が見当たらない。

「あ、あの、すみません。魔法道具課の研究班って、どこですか」

 近くを歩いていた三十代くらいの女性を掴まえ、エルスティンは尋ねた。わからない時は、さっさと聞くに限る。

 自分と同じ、協会支給の紺のマントを身に着けているので、絶対に彼女は魔法使い。明らかに年上だから、どこに何の課があるかを知っているはずだ。

「魔道課? 一棟よ。ここは三棟」

 さらっと言われたが、エルスティンはそれを聞いて固まる。

「え? でも、修学部だと、この位置は一棟で……」

 協会の敷地へ入る門は、修学部も職務部も同じだ。

 門をくぐって進むと、正面に中庭があってその向こうに図書館がある。修学部・職務部どちらの魔法使いも利用するので、中間にあるのだ。

 図書館手前の右側には修学部エリア、左側は職務部エリアと分かれており、それぞれ同じ形をした(職務部の方が少し大きい)三つの建物が並んでいる。

 なので、修学部にいた時のエルスティンは、門から右側にある棟へ入っていた。修学部は門に近い方から一棟、二棟となっている。

 左側の職務部にも同じように並ぶ三つの棟があり、エルスティンは門を入って左側にある最初の棟へ入ったのだ。

「ああ、修学部とは並びが違うのよ。入口にも修学部一棟とか、職務部三棟って書いてあるけど」

「そ、そうなんですか?」

「聞いたことはないかしら? 最初にハーロネルトの建物が造られた時、棟の番号のプレートを付け間違えたけど、結局そのままにされたって」

 そんなことになっているなんて、今まで聞いたことがない。と言うか、そんな細かいことは考えたことがなかった。

 門を入って右に一棟があれば、左の同じ位置にも一棟がある、と思ってしまうのは、エルスティンだけではないはず。

 こういうものは、だいたい対称に造られているものではないのか。プレートくらい、間違えたとわかった時点でちゃんと修正しておいてほしい。

 当時の建築関係者が間違えていたのが後でわかったのだとしても、ここにいるのは魔法使いなのだから簡単に修正できそうなものなのに。

「あなた、新人なのね? 初出勤で棟を間違える人って、よくいるのよ。慣れみたいなもので、棟の数字を特に確認せずに入って来ちゃうのよね。絶対間違えないのは、魔法生物課なんかがある二棟の人達くらいよ」

 にっこりと、でも淡々と事実を告げられる。彼女にすれば気にすることのない、よくある光景なのだろう。

 確かに、エルスティンは棟の数字なんて気にせずに入って来た。慣れや思い込みは怖い。

 だが、職務部へ来るのは初めてなのだから、しっかり確認するべきだった。

「一棟は、門から一番奥にある棟なんですね。ありがとうございましたっ」

 エルスティンは礼を言いながら深くお辞儀をして、急いで回れ右をする。

 時間に余裕を持って来ているはずだが、行き先を間違えてそれなりに迷っていたために、時間をロスしてしまった。初日から遅刻なんて、恥ずかしすぎる。

 とにかく、この棟を早く出なければ。

「あ、向こうに渡り廊下があるんだけど……」

 一棟から二棟、二棟から三棟へつながる渡り廊下。

 その存在を教えようとしてくれた先輩魔法使いだが、残念ながらその場から駆け出したエルスティンの耳には届いていなかった。

 もうっ、初日からこの体たらくって、何なのよぉ。

 自分のどんくささに怒りにも似た感情を抱きながら、エルスティンはとにかく目的の棟を目指す。大きな建物、広い敷地は、こういう時にものすごく不便だ。

 教えてもらえるはずだった渡り廊下を使えば、一階へ降りてから外へ出て、なんて面倒をせずに済む、とエルスティンが知るのはもう少し後のこと。

 修学部では横着せず、少しでも体力を向上させるという目的で、渡り廊下がないのだ。

 逆に職務部では、仕事によっては急を要する場合も多いため、こういったショートカットがしっかり設置されている。

 見習い時代にこの廊下があれば、エルスティンも楽な道を使っていただろう。

 とにかく、今度は自分が入ろうとしている棟が間違いなく一棟であることを確認し、階段を駆け上がる。

 二階へ着いて廊下を少し進むとすぐに「魔法道具課 研究班」とプレートのついたドアが見付かった。

「あ、あった……」

 まずは、切れた息を急いで整える。

 確認! あたしが今日から働く部署。魔法道具課で、研究班。うん、ちゃんとプレートにも書いてあるよね。

 エルスティンはしつこいくらい、プレートの文字を読み返す。ここへ入って全然違う部署だったりしたら、もう今日一日立ち直れない。

「きみ、どうかした? 思い詰めた顔して」

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