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鏡に映せば  作者: 碧衣 奈美


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18/20

18.鏡

 エルスティンが目を開けると、見慣れない天井が映った。

 ん……朝? 今日って、何曜日だっけ……。

 目覚まし時計の音は、聞こえなかった気がする。時間より前に起きたのだろうか。そんなことは、一年に一度か二度くらいしかないのに。

「目が覚めたか」

 横からそんな声が聞こえ、エルスティンはびっくりしてそちらを見た。

「え、ガージェス?」

 自分が寝ているベッドの横にガージェスが座っているのを見て、エルスティンは飛び起きた。

「おい、急に起き上がらない方がいいんじゃないのか?」

「そ、そんなことより、どうしてガージェスがここにいるの? ……あれ?」

 自分で言ってから「ここ」が自分の部屋ではないことに気付いた。

 ベッドの周囲が、薄いクリーム色のカーテンに囲われている。ベッドのシーツは白で、模様が何もない。

 さっき目に映った天井も、見慣れないオフホワイトののっぺりしたもので、ちょっと高かった気がする。

「ここって……」

「ハーロネルトの医務室だ。調査から戻って来てから、エルスティンはここで休んでいたんだ。調査のこと、覚えてるか?」

 調査と言われ、記憶をたどる。何か怖い目に遭って、それから……。

 思い出すにつけ、エルスティンの頬が赤くなる。

 前後のことはまだしっかり思い出せないが、ガージェスにしっかり抱きついていたことが頭に浮かんだのだ。

 ここへ来た時も「一人にしないで」と彼の服をしっかり握りしめて。

 よりによって、最初に思い出したのがそれ。

「ご、ごめん、ガージェス……あたし……」

 頬を押さえ、うつむくエルスティン。とてもではないが、ガージェスの顔をまともに見られない。

「謝らなくていいんだ、エルスティン。あの時は、このままエルスティンが壊れるんじゃないかと思って……その、俺も抱きしめてたし」

 かすかに覚えている。

 すがりつく自分をガージェスは抱きしめ、背中を叩いてくれていた。昔も同じことがあったっけ、と頭のどこかで思い出しながら、そうされたことで少しずつ気持ちが静まっていったのだ。

「夢を見る暇もないくらい眠るって、ここの先生は言ってたけど。身体はどうだ?」

「ん……たぶん、何ともない」

 起きたばかりで判断できているのか怪しいが、どこかが痛いとか苦しいといったものは感じられない。疲れはない……ように思う。

 それより、今はこの火照りすぎた顔を何とかしてもらいたい。首から上だけが熱くて。

「眠るって、どれくらい眠ってたの?」

「ほぼ一日、かな。今は調査に向かった日の翌日だ。もう昼を過ぎてる」

「ええっ、そんなに眠ってたのっ?」

「魔法に関連した疾病の時は、少し長めに眠らせるそうだ。エルスティンが眠りすぎてたって訳じゃないからな」

 それを聞いて、ちょっと安心する。

 丸一日眠るなんて、どれだけ眠ったら気が済むんだ、と本来なら叱られかねない話だ。

「あ、あの……あそこの調査はどうなったの?」

 ガージェスとのこと以外でも、徐々に思い出してきた。

 おかしな部屋へ入り込んでしまい、そこで……。

 その後、ハーロネルトへ戻って休まされたが、たぶん調査はまだ終わっていなかったはずだ。

「一旦撤収だ。明後日、再開されることになった」

「あたしが、おかしなことをしちゃったから……。ごめんなさい」

 あの部屋にあった、ほこりだらけの鏡。

 いくら突然別の部屋へ入ってしまい、戸惑っていたとは言え、よく知りもしない鏡に言われるまま、ほこりを拭き取るべきではなかった。

 いや、戸惑うような状況だったからこそ、安易に触れるべきではなかった。

 自分の知らない、危険な道具があるかも知れないのに。どんな影響があるかもわからないのに。

 実際、鏡に触れたことで、こんな目に遭ってしまったのだ。

 でも、正直なところ、エルスティンはどうしてあの鏡に触れてしまったのか、全然わかっていない。

 何か起こるのでは、という想像もできず、言われるままにほこりを拭き取ってしまった。

 あの声を聞いた時点で、あの鏡の術中にはまってしまった、ということだろうか。意識を声に向けるべきではなかった、ということなのか。

「エルスティンが入ったのは、グレバーニの隠し部屋だ。わからないままに入れば、戸惑って対処の遅れがあっても仕方ない。ああいう場所の調査は、今回が初めてだったしな。それに、あの後でローグラッドも同じようにやられたんだ」

「えっ、ローグラッドも?」

「エルスティンより見付かるのが早かったから、そんなに被害はなかったけどな。だけど、そのまま調査を続けるのは無理って判断になった。だから、撤収したんだ」

 それから、ガージェスは「あれからわかったことを話してもいいか」と尋ねた。

 あの鏡に見せられた光景を思い出すことにもなるが、こういう鏡だったと知らなければ、ずっと心の中でもやもやするだろう。

 ただ、エルスティンはショックが大きかったようなので、話すのはまだ早いかも知れないと考え「聞きたくない」と言われれば、後にするつもりだった。

 しかし、エルスティンは聞かせてくれるように頼む。あんな怖い目に遭わせる鏡は、一体何だったのか。

 ハーロネルトへ戻ってからガージェスが日誌を調べた限りで言うなら、あの鏡は姿を映した者の心を映す作用がある。そこは鏡が言っていた通りだ。

 しかし、製作者であるグレバーニの意図とは作用が少し違ったらしい。

 グレバーニの計画としては「目的や予定、今持っている感情について聞かれた時に浮かぶ心の中」が鏡に現れるはずだった。いわゆる「心を見透かす道具」を作るつもりでいたようだ。

 相手の計画や考えていることがわかれば、自分が有利に動ける。

 誰かを出し抜きたいと考える人間はどこにでもいるものだし、これで一稼ぎできるはずだった。

 しかし、実際は鏡が「映す」とエルスティンに豪語していた「心の中」は、第三者に見えない。つまり鏡に映っていないので、わからない。

 だが、映された本人だけには見えるのだ。しかも、本人の感情とは逆に映っているらしい。

 グレバーニは、街で実験してみた。

 あの部屋にあった鏡と同じ物を、手鏡サイズにして持ち出したのだ。

 恋人もしくは夫婦であろう二人連れで歩いている人間に「好きな人が映る鏡だ」と言って、覗き込ませる。

 無作為に選ばれた恋人達は、映るのが当然相手の顔だと思って見るのだが、しばらくすると泣き出す、もしくはショック状態で放心する者が続出。

 残った相手が「これはどういうことだ」と詰め寄ろうとするが、そこは魔法使いなので、証拠も残さず逃げてしまう。

 最初の計画とは違うが、これはこれで使い道をうまく考えれば売り物になる。

 グレバーニはそう考えたが、思わぬ事態が起きた。

 鏡が自我を持つようになったのだ。しかも、しゃべり出して。

 私に顔を見せろ、姿を映せとしきりに誘う。これでは怪しすぎて、誰も近付かなくなってしまうではないか。

 どういう作用で自我を持ったのか、は不明。魔物が鏡の中に入り込んで、何かおかしな作用でも起こしたのかも知れない。

 黙れと言っても黙らないので、売り物にするのは一旦中止だ。

 鏡の自我を消す方法、もしくは黙らせる方法が見付からなければ、割ることも辞さない。

 製作日誌には、そういった内容が書かれていた。

「あの時……周りの人がどんどん死んで」

 話を聞いていたエルスティンが、ぽつりぽつりと話す。

 ガージェスは「無理をして話すな」と言いかけたが、もしかしたら話すことで少し気持ちが楽になるのかも知れない、と考え直し、口を閉じた。

「あなたが怒ったり憎んだりして、みんなはこうなったんだって言われた。そのうち、ガージェスの遺体がいっぱい増えて……」

 ローグラッドも「アードリーの遺体がいくつもあった」と話していた。やはり同じようなことが、二人に起きていたのだ。

 ローグラッドは時間が短かったが、エルスティンはどれくらいの時間、そんな光景に囲まれていたのか。

 その後の様子を思い返せば、本当に怖かっただろう。見付かるのがもう少しおそければ、本当にエルスティンは壊れていたかも知れない。

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