15.隠し扉発見
ガージェスがさらに日誌をめくろうとした時、ふいに背後からそんな声がして振り返った。
さっきエルスティンが調べていた辺りを捜し回っていたローグラッドだが、その彼の身体が半分消えかかっている。
ガージェスは、そして同じく彼の声を聞いたホークルとアードリーがそちらへ走った。
だが、ローグラッドの身体は、そのまま消えてしまう。
「やはり、この周辺に何かあるのか。あいつ、何をしていたか見たか?」
ホークルがアードリーとガージェスの顔を見るが、二人は別方向を見ていたのでわからない。
声が聞こえて気付いた時には、ローグラッドの身体が消えかけていた。それは、ホークルも同じだ。
「日誌に、失敗した道具を隣室に置く、という記載があった。間違いなく、隣室はあるんだ。二人はその部屋へ入ったんだと思う。……あいつ、この壁に入ったように見えたけど」
ガージェスが振り返った時、ローグラッドの背中と片足が残った状態だった。それらが、見ている間にすっと消えたように思える。
後に残っているのは、ガージェスの身長よりやや低い棚が二本。見えているのは、その間にある壁。
ガージェスの言葉で、ホークルが小さくうなずく。
「なるほど、この壁、か。周辺の壁と変わらないように見えるが、これが隠し扉になっている、という訳だな」
魔法道具を自分で開発するような輩だ、単純な扉を作るとは限らない。
そこに扉があれば、普通は「その向こうに部屋がある」と考える。
でも「壁」があれば。
部屋が向こうにあると推測しても、扉は別の場所にある、と考えるだろう。
実際、ガージェス達は「扉」となるものを探していた。
どこかのボタンを押すことで壁が動き、扉が現れる。
そんなからくりを作る人間もいるが、とにかく「扉」となるものが見付かれば、その向こうへ行くことができる、と誰もが考えるだろう。
でも、知らなければ壁は壁。そこが隣室へ続く通路となることは考えない。
隠し部屋を作っても、隠し扉は隠す以前に「作らなければ、ばれない」ということだ。
「何度もエルスティンの名前を呼んでるけど、返事がない。聞こえないように造られてるのか、それとも……」
この向こうで何かあったのでは、という言葉をガージェスは飲み込んだ。
「何かしらの仕掛けは、されているかもね。ローグラッドも消えたきり、こちらに呼びかけてくる様子もないみたい。今度は私が入ってみる」
「アードリー、危険だぞ」
あっさりと行くことを決めるアードリーを、ホークルが止める。
「わかっているわ。だから、何かあったら、あなたとガージェスが助けに来てちょうだい。いざとなったら、この棚を倒して壁に穴をあけるとかして」
今はどれだけ緊急事態なのかが不明なので、あれこれ言っていられない。
弱い者が残るより、少しでも力のある者が残る方が、何かあった時に窮状を打破できる可能性がある。
向こう側へ行かなければ状況がわからないままだし、アードリーの提案が現状では一番いいのだろう。
「エルスティンやローグラッドは何もわからないまま入ったけれど、私はちゃんと認識して入る。だから、そう簡単に同じ状態にはならないわ」
たぶん、とアードリーは心の中で付け加える。
「……わかった。なら、最低限の結界を」
「そうしたいけれど、しない方がいいんじゃない? 防御の力に反発されて、ますますおかしなことになったら困るわ」
部屋の主が入る時、結界を張った状態では向かわないだろう。そんなことをするのは、ここがどういう場所かを知らない「侵入者」だ。
その侵入者を排除するための仕掛けをしていることは、十分に考えられる。
アードリーは、手袋を取った。これにも防御の力が働いているから、仕掛けがあったとしても反応されないように、だ。同じくマントも。
棚には仕掛けがないと考え、そこにマントと手袋を置いておく。
「通信できるよう、水晶は持ってるわ。そこまでガードが堅いとは思わない……と言うか、堅くなければいいけれど。じゃあ、行くわ」
ローグラッドはもちろん、エルスティンが消えてから時間も経っている。のんびりしてはいられない。
緊張した面持ちで、アードリーは左手を壁に伸ばした。その指先が、壁の中に消える。やはり、ここが隣室への隠し扉だ。
「具合は悪くないか」
「ええ。吸い込まれそうってこともない。エルスティンはわからないけれど、ローグラッドは手探りでやっていたから、勢い余って入ってしまったんじゃないかしら。それを見た私達は、彼が吸い込まれて消えた、と勘違いしたのかも」
さらにアードリーは手首、ひじまで壁に入れる。何も起きない。肩が入り、顔が半分入る。焼かれる、しびれる、固まるといった状態異常は何も起きなかった。
「いたっ」
その声に、ホークルがまだ残っていたアードリーの右腕を掴んだ。そのまま引こうとするが、アードリーが止める。
「違うの、ホークル。二人がいたのよ」
半分隠れていたアードリーの顔が、こちらを向いてまともな形に戻った。だが、身体の半分が消えているので妙な形になっている。壁から抜け出ようとしている魔物か、幽霊か、といったところ。
だが、今はそんなことを言っている場合ではない。
ホークルはアードリーが「痛い」と言ったと思い、残った腕を引っ張って彼女を引き戻そうとしたが、アードリーが言ったのは「居た」だ。
壁を抜けて隣室に顔が入り、そこで二人の姿を確認しての言葉だったのである。
ホークルがアードリーの腕を放し、彼女はそのまま壁を抜けた。その一瞬後、顔だけが壁に現れる。わかっていても、生首のようで不気味だ。
「大丈夫、倉庫みたいな部屋よ。エルスティンが倒れてるわ」
そう言ってアードリーが消えると同時に、ガージェスが壁の中へ突っ込んだ。
薄いカーテンに突っ込んだような感覚の後、すぐにさっきよりも薄暗く狭い空間へ来たと認識する。
「エルスティン!」
入ってすぐ横の壁にもたれるようにして、ローグラッドが座り込んでいる。
しかし、ガージェスは彼よりも正面に倒れているエルスティンを見付けると、そちらへ駆け寄った。
「ちが……あたし……そんなじゃ……」
涙で顔をぐしょぐしょにしながら、エルスティンは何かつぶやいていた。気を失っているのか、眠らされているのか、目は閉じている。
そんなエルスティンを、ガージェスは抱き起こした。
「エルスティン……エルスティン」
ざっと見たところ、外傷はなかった。魔法の気配も、彼女からはしない。
とにかくここから離れることにして、ガージェスはエルスティンを抱き上げた。
この部屋へ入って来た時の壁が、戻る時にはどうなるのか。
一瞬不安になったが、問題なくすり抜けられた。これは壁のように見せる「目くらましの隠し扉」というだけで、防犯装置の役割などは付いていないのだ。
「ローグラッド……しっかりして」
アードリーは、ローグラッドの様子を見る。
座り込み、頭を抱えているローグラッド。目は開いているので意識はあるようだが、真っ青な顔で一点を見詰めている。心ここにあらず、な状態だ。
「ああ、また声がする。ねぇ、あなたの姿を私に見せて」
知らない声が響き、最後に入って部屋を見回していたホークルは緊張を走らせた。
また、と言うからには、二人をこんな状態にしたのはこの声の主だろう。少なくとも、何かしら関わっているはず。
どういった攻撃であれ、エルスティンだけでなくローグラッドまで戦意喪失させた相手は、彼らに何をしたのか。
「誰だ。どこにいる」
注意深く部屋に視線を走らせながら、ホークルが尋ねる。
「こっちよ。壁の方にいるわ」
声の言葉でそちらを見ると、大きな板のようなものがある。その一部は、ほこりが拭き取られていた。その部分を見る限り、鏡のようだと推測する。
それを見ると同時に、ホークルはさっきガージェスが話していたことを思い出した。
失敗した魔法道具を隣室に保管している、と。
つまり、ここにあるのは、何であれ失敗作。作者の意図にはなかった、何かおかしな作用をもたらすものなのだ。
だから、二人はよくない状態になっている。
「お願い、あなたの顔を見せて」





