14.隠し扉は
そこにある姿を見て、エルスティンは息を飲んだ。頭が混乱してくる。
さっき、両親が傷付けられるのを見た。
だが、鏡の中の自分を止めようにも、それは鏡の中の光景だから、手の出しようがなかったのだ。すり抜けてしまうとわかっているから。
それなのに。
彼らは今、明らかにエルスティンの足に当たった。実際に、二人はそこに横たわっているのだ。
本物……なの?
気付けば、彼ら以外の遺体も次々に増えていた。
修学部時代の仲間。近所の人達。エルスティンが小さい時から働いてくれている、臨時従業員のおばさん。昔からかわいがってくれる、お店の常連客。研究班の先輩達。そして……ガージェス。
「どうしてこんな……」
見ている間にも、遺体は増える。しかも、同じ顔の遺体が、いくつもあったりするのだ。
「自分より成績のいい奴ら。へらへらとバカにしたような笑いを浮かべながら、声をかけてくる大人達。少し前から仕事をしていた、というだけで偉そうにする、ちょっとばかり年上の人間。みんな、何様だと言うの? どこがどう偉いの? 面白くない。傷付けたい。見下して笑ってやりたい。それが、あなたの本心なのよ」
鏡が言う。どこか楽しそうに。負の感情を表す単語ばかりなのに、とても明るい声で。
「同じ顔があるのは、あなたがその相手に対して恨んでいる、怒っている、憎んでいるといった感情を、何度も抱いたからよ。数が多い程、あなたの中で攻撃的な感情が向けられた証拠なの」
鏡が話している間にも、遺体はさらに増え続ける。
うそ、でしょう……どうしてこんなことに……。
ある一つの顔の遺体が、いくつも転がっていることは気付いていた。そして、今はほとんどその顔の遺体ばかりが、エルスティンの周囲に転がっている。
ガージェスの遺体が。
そんなはずない。だって、どうしてあたしがガージェスを憎んだりするの。何を恨むの。数が多いってことは、そんなにいやな気持ちをぶつけていたの? だって、あたしは……。
エルスティンは一番近くの遺体に向けて、震える手を伸ばした。
なぜそんなことをしようと思ったのか、自分でもわからない。本物かどうかを確かめるためか、本当に死んでいるのかを確かめたいのか。
さっき両親の遺体が足に当たったが、あれは何かの錯覚で、こうして目の前に転がるガージェスの遺体は幻影なのではないか。
それなら、怖がる必要はない、と安心したかったのかも知れない。
違う……違うよね。
エルスティンの指先が、ガージェスの頬に触れた。はめていたはずの手袋はなぜかなく、素手になった指先には確かに感触がある。幻影ではなかった。
そう認識した途端、エルスティンは血の気が引く。
触れたガージェスの頬は冷たく、ゴムのような質感にも思えた。指先に吸い付いて来るような気すらする。
半開きの目はガラスのように表情はなく、本当なら黒くきれいな瞳が白濁していた。こめかみや口の端から流れた血は固まり、変色して。
どこをどう見ても、そこに倒れているガージェスは……生きていない。
あたしの心が……ガージェスをこんなふうにしたの?
「ほら、まだ増えてる。あなたの心は、枯れることのない泉のようね。私もこんな光景は初めてだわ。もう、この場から動けないわね。足の踏み場もないんだもの。あなたの心にはこんなにも死体で、憎しみで満ちているのよ」
最初は普通の部屋だった。それが、今は部屋の壁が見えない。端がわからないまでに広がっている。
にも関わらず、部屋の中で床が見えている所はもうない。果てしなく広がる部屋が、遺体で埋め尽くされた。
それなのに、遺体はまだ増える。どこから現れたのか、遺体の上にさらに遺体が重なるのだ。
「かわいそうに、こんなになるまで憎んでいたのね。でも、もう大丈夫よ」
鏡が笑うように言う。
果てしない部屋で増え続ける遺体に囲まれて、エルスティンの絶叫が響いた。
☆☆☆
部屋中を探すが、隠し扉のようなものは見付からない。
誰もが焦っていたが、口にするとよくないことが起きそうで、ずっと黙ったままだ。時々、エルスティンの名前を呼ぶくらいで。
だが、大して広くもない部屋のこと、人一人を捜す場所など限られている。
ガージェスはエルスティンが調べていたであろう、魔法書や置かれていた棚をもう一度調べた。
本当は、調べた本は片っ端から床へ放り出したいところだ。
しかし、万が一にもエルスティンが本の中に吸い込まれていれば、その本を知らずに放り出すことで彼女が傷付いたりする可能性がある。
もしくは、本を置いた真下にどこかへつながる通路があったりしたら、自分から目隠ししてしまうことになる。
エルスティンがそこから出ようとしていても、その本が邪魔で出られなくなってしまう、ということもありえるだろう。
なので、ガージェスはいらいらしながらも、取り出した本は調べるとすぐに棚へ戻していた。
「んー、呪文は関係ないよな。エルスティンがここで口にするはずはないし。だとしたら、何か触るなりして、それだけのきっかけで何かが起こる仕掛けがこの周辺にあった……ってところだよな」
ローグラッドは、エルスティンが調べていた棚のあちこちを触ってみる。
棚そのものは魔法書の重さのためか、ほとんど動かない。男性のローグラッドが動かせないのだから、小柄なエルスティンでは絶対に無理だ。
棚を動かすと扉や地下への階段が、という展開は、残念ながらなかった。
「そちらにあるとは限らないわよ。私達がこちら側で触ったことで、そちら側の何かが作動した、ということだって考えられるわ」
「え……待ってくれよ。それを言い出したら、きっかけになる場所がこの部屋全てになりかねないぞ」
「だが、可能性がないとは言い切れない」
ホークルの言葉に、ローグラッドががっくりと肩を落とす。
「まぁ……それはそうなんだけどさ」
隠し扉を作動させたのは、エルスティンの調べていた棚か、それ以外を触ったせいか。言い出したら、切りがない。
「そのきっかけは、この部屋しか考えられない。まずお前達が触った所を見て、あとはとにかく怪しい場所がないか、徹底的に調べるんだ」
ホークルは外回りを調べていたが、周囲に怪しい人影のようなものは見ていない。
遠距離から、何かしらの攻撃をされた。
そういう可能性は皆無ではないものの、こんな石造りの建物の中が見えて、タイミングよく人間一人を隠してしまう、なんて離れ業はちょっと考えにくい。
さすがに、室内の隠し扉のスイッチが外にある、ということはないだろう。仮にあったとしても、誰がそれを作動させたのか、ということになる。
人影は見なかったのだから、作動させる人間は近くにいない。
可能性を考えていくと、やはり「この部屋」しか怪しい場所はないのだ。
他の三人が隠し扉を探す中、ガージェスは棚から離れ、さっき自分が見付けたグレバーニの製作日誌を読み始めていた。ローグラッドがそれに気付く。
「お前、そんなの後にしろよ」
「このことに関して、何かしらの記述がないか、探してるんだ」
「あー……まめな奴なら、それもありか」
恐らく自分しか読まないであろう日誌に署名し、色々と細かく記載しているグレバーニ。
失敗した道具類の開発についてさえ書いているのだから、隠し部屋やその部屋へつながる隠し扉についても書いているのでは、と思ったのだ。
飛ばし読みしていたガージェスの目に「隣室」という文字が目に入った。
失敗した道具について書かれているページで、後日処分する予定であることが書かれている。それまで「隣室に保管」とあるのだ。
ホークルが言ったように、この部屋の隣にもう一室ある、ということ。
建物の大きさを認識すればすぐに知られてしまいそうだが、そこへ入る扉がわからないなら、これも「隠し部屋」と呼んでもいいのだろうか。
隣室の存在は、これではっきりした。あとは、この隣室への入り方だ。
道具の開発についてはそのページが最後で、何ページか空白の後に道具を売りさばいた人名その他が書かれたページになる。
隣室について書かれているとすれば、もっと前だろうか。
「ええっ?」





