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4.おはよう、そしてはじめまして

 開かれた少年の瞳は丸くくりっとしているが猫のように釣りあがり、金色に輝いていた。寝ぼけているのか、ぼんやりと焦点の合わない目できょろきょろと周りを見渡している。

 眠っている時から整った顔付きをしていると思っていたレジーだが、ぼんやりとした顔の少年に愛くるしさを感じた。


「おはよう」


 頭を撫で続けていると、導かれるように視線をレジーへと向ける。撫でていた手に小さな手を添え、すり、と頬を寄せられた。ぷにぷにとした頬の感触がレジーの手へと伝わり、胸のうちにほわほわとした温もりが広がる。何かと似ていると思えば、猫に餌をあげた時と同じだと思い至り、思わず笑ってしまった。


「君、名前は?」


 数十秒、無言の時間が流れ続け、再度問いかけるとぼんやりとしていた焦点がパッと合った。その瞬間弾かれたように少年の頬が手から離れる。


「あ、あぶな、」

 

 ずざざとベッドの端まで下がった少年を止めようとしたが、生憎間に合わず、ベッドから少年が滑り落ちた。姿の見えなくなった少年に驚いたものの、レジーは左腕のみでずりずりとベッドの端まで這いずり、下をのぞき込む。ベッドから落ちた拍子に頭を打ったのか、頭を押さえて少年が蹲っていた。


「だ、大丈夫?」


 レジーと同じく、驚き目を丸くしているウィルを視界の端に捕らえながら、少年に手を差し出す。ベッド下で蹲っている少年は気まずそうに視線をさ迷わせたあと、レジーの手を無視してパッと立ち上がった。

 行き場のなくなった手をぷらぷらと振り、ベッドに座りなおす。

 

「--」


 ちらりと視線を交わせるレジーとウィルは無言であっても雄弁だ。『何か話しかけてよ』『拾ってきたのはレジーだろ』音にも形にもしていない会話が視線のみで繰り返される。

 立ったままの少年は唇を尖らせて、じぃと床を見ている。

 ぱちぱちと薪が爆ぜる音のみが部屋に響いていた。


「--あー、えと。森に君が倒れてて、うちまで連れてきた。覚えてる?」


 口火を切ったのはレジーだった。へらへらとした笑いで少年を見遣り、少年の表情を観察する。

 硬く一文字に結んだ口は開かなかったが、視線がツイ、とあがりレジーに向けられた。観察しているのはレジーだけではなく、少年も同じようでレジーを探るような目つきだ。


「ボクは配達の仕事をしていて、それで近道に森を通り抜けてたから、怪しいものじゃないよ」


 不審人物ではないという説明から入りながら、レジーはもどかしい気持ちになっていた。見知らぬ人間なのだから警戒するのはわかるが、それにしたって何をいっても少年はレジーを見つめているだけなのだ。何を言えば響くのかわからず、レジーは困り果てる。


「……それ」


 どうしようかとウィルに助け船を求めようとしたが、それよりも早く少年が口を開いた。小さく丸い指先が示すのは、包帯でぐるぐる巻きにされているレジーの右腕だ。動かすにはまだ痛い右腕に少年の視線は固定されている。


「狼に噛まれた。見た目はこんなだけどそんなにひどくないよ」

「いや、それは嘘だろ……」


 あふれ出ている血の量を見ていたウィルが口を挟んできたのを、諫めるようにじっと睨みつけた。少年にいらぬ気遣いをさせる必要はないとレジーは考えている。幼い子供の罪悪感につけこむようなことはしたくなかったのだ。


「痛い?」


 しかし、その思いは少年に届かなかった。少年はレジーの元へと近寄り包帯で包まれた右腕に触れると、むっと眉間に皺を寄せた。

 

「そのうち治るから、気にしないでいいよ」


 左手を少年の手に重ね、そっとその手を下ろす。人を気遣う優しさは持っている子なのだろう。小さな手をきゅっと握り、少年の顔を伺えば固く閉ざしていた口がゆるりと開かれた。


「エミリオ」

「ん?」

「僕の名前、エミリオ」


 ぽつり、ぽつりと溢すような呟きを一度聞き逃したレジーがきょとんとすれば、少年は重ねて言葉を溢す。その言葉は少年の名だろうか。レジーが確認するようにウィルをちらりと、見ると察しのいいウィルはこくりと頷いた。


「エミリオ。うん、良い名前だね。ボクはレジー」

「レジー」


 一言以上話さないのは性格なのか、なんなのか。街の子供たちはもっとおしゃべりで、何かを話せば怒涛の勢いで話しかけてくる。レジーにとってエミリオは未知の存在だった。


「で、あっちに座ってるのはウィル」

「よろしくな」

「……」


 流れを見守っているウィルを紹介してみたが、こくりと頷いただけでその名が繰り返されることはなかった。どうやらウィルはまだ警戒対象のようだ。優男の見た目で気さくなウィルが、幼い少年にすげなくされていることに、レジーは思わず笑い出しそうになった。

 

「おい、レジー?」

「な、何かな」


 もちろんそのことが伝わったのだろう。ウィルが地を這うような声で問い詰められ、目を逸らすことで回避する。今はそんな話をしている場合ではないのだと頭の中で言い訳した。


「エミリオはどうして森に?」

「わからない」

「帰る場所はある?」

「……」


 ふるりと頭を振ってそう答えられ、レジーはさて、どうしようかと考え始めた。見たところ、少年は嘘をついている風には見えなかった。つまり、何かしら事情を抱えた子であることは確かだった。


 ウィルと顔を見合わせ、再び部屋は無言の時間が流れる。エミリオの様子から、ウィルが何かを言ったところで話しは進みそうにないため、黙って見守っていたようだ。お互い名案は思い浮かばず、ウィルとレジーは首をひねらせたとき、玄関の開く音が鳴った。


「様子を見に来ました」

「アン。いらっしゃい」

「レジーさん、それにその子も。目を覚ましたのですね。よかったです」


 そうして現れた栗毛の女の子--アンは、目覚めているレジーとエミリオの様子に安堵した。続けて、部屋に流れている静寂を歯牙にも留めずさらに口を開く。


「何はともあれ、レジーさんの消毒をします。おふたりは席を外してください」

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