3.謝っても許されない
シェーネと暮らしていた家は大きくなく、リビングと私室がふたつのこぢんまりとした家だった。転がり込むように帰ってきたレジーは、よろけながらなんとか少年をベッドに寝かせた。少年は眉間に皺を寄せて目を閉じている。いつから気を失っていたかはわからないが、さぞ怖かったことだろうと胸が痛くなる。
「大丈夫、大丈夫」
髪を梳くように頭を撫でれば、眉間の皺が伸ばされていく。眉間に皺を寄せた難しい顔から、あどけない顔へと変わっていくのを眺めていると、レジー自身も気が抜けていった。
「でも、こ、れはちょっと、ヤバいか、も」
気が緩んだせいでドッと痛みと疲労が押し寄せてくる。腕は変わらず燃えるように痛み、だらだらと血を流し続けていた。おかげで家の中と少年はレジーの血に濡れてしまっている。
「おい!レジー!レジー!」
気のせいだろうか、ウィルの声が聞こえた気がした。流し続けた血のせいか、朦朧とした意識の中で顔を上げると、金色が視界に映る。
「ごめ……。いま、むり……」
話も仕事もできそうにない、と顔を振ると金色がホッと息をついたのが見えた。バタバタと走っていく金色を眺めながら、レジーはゆっくりと瞳を閉じた。
□■□■
次に目を覚ました時、倦怠感とひどい頭痛がレジーを襲った。血を多く失いすぎたせいだろう。とはいえ、ひとまず死ななかったことに安心して余裕の生まれたレジーは、シーツの感触を感じでベッドに寝かされていることに気づく。部屋の中は暖かい空気に満ちていて、パチパチと暖炉の薪が爆ぜる音響き渡る。
体を起こそうと動いた瞬間、腕に痛みが走った。
「目を覚ましたか。気分はどうだ?」
「ウィル……」
体を起こす気にもなれず、顔だけを向けるとベッドから少し離れたところで、ウィルが椅子に座ってこちらを見ていた。青い目が心配そうに揺れている。
「無茶すんな。すごい出血だったんだぞ」
銀狼に噛まれた右腕から激痛が走り、左腕を支えにして起きようとしているとウィルが手を貸してくれた。まるで介護されているような気になりながらレジーはベッドボードに体を預けた。
「ほら、水」
「ありがと」
テーブルに置かれていた水差しからコップに水を注ぎ、差し出してくるのをありがたく受け取ったレジーはゆっくりと口へと含む。水差しの水はぬるく、飲みやすくて助かった。カラカラに乾いていた喉が潤って、何とか話せるようになる。
「どうしてここに?」
「お前が帰ってるのを見えたけど、様子がおかしかったから心配になってな。ひどい怪我と出血で死んでるんじゃないかと思ったぞ」
「そっか……。ごめん、ありがと」
どうやら気を失う寸前に見えていたウィルは気のせいではなかったようだ。
右腕は包帯でぐるぐる巻きにされていて、綺麗に処置されていることを思えば医者を呼んできてくれたのだろう。血に濡れていたはずの服ではなく、綺麗な服に着替えさせてくれている。
「えっち」
「見てない。着替えさせたのはアンだ。っていうか男同士で見られても困るものじゃないだろ」
「そうだけど」
アンとはこの街唯一の医者であるゴーシュの助手をしている女の子だ。
ゴーシュの医療の腕は確かなのだが、不愛想過ぎて街の子供たちから「人体実験をしている」などいわれもない噂を建てられ、勝手に恐れられている。そしてそのゴーシュの助手をしているアンは街の子供たちに尊敬されていた。
銀狼に噛まれた傷から流れる血は多く、どうなっていたかは見ていないが酷かったに違いない。下手に触るよりはと、ウィルはアンに任せたのだろう。
その判断は正しかったし、レジーはほっと胸を撫で下ろした。
「男の子は?ここで寝てたと思うんだけど」
「そこ」
「そこ?」
ベッドの横に置いてある椅子に座りなおしたウィルは、ベッドの足元を指さしていた。指先を辿るように視線を動かせば足元で少年が丸くなっている。
「無事でよかった」
「そいつどうしたんだ?」
「森で狼に襲われてるところを拾ってきた」
「ほう、森」
「あ」
少年の無事もわかり、気が緩んだレジーはうっかり森のことを話してしまった。途端にぐっと低くなった部屋の温度と、ウィルの声にぶるりと身を震わせた。ウィルの顔を見るのが怖いと思ったのはいつぶりだろうか。
「こ、この子が無事でよかった。外傷はなかったみたいだけど、気を失ってたみたいで心配してたんだ」
「レジーの服を掴んだまま離さないから一緒に寝かせた。けど、丸一日経つのに一度も目を覚ましてないんだ」
「どこか悪いの?」
「いや、どこも悪くないってゴーシュ先生がいってた」
手を伸ばして少年の頭を撫でる。白い髪の毛は高級な布のような触り心地なのに、ふわふわとしていてクセになりそうな撫で心地だ。外傷もなく、いまだ目をまだ覚まさないというのは些か以上に心配だが、ゴーシュが診てどこもないというのであれば、その通りなのだろう。
できることはないのだと、少年の頭を撫で続けた。
「--で。レジー?」
「うっ」
話を逸らして誤魔化そうとしたのに誤魔化せなかった。伸びてきたウィルの指が、レジーの頬をつまんでそのまま伸ばされる。痛くするつもりはなく、目を逸らさせないようにするためなのだろうが、さぞかし不細工な顔になっているだろう。
「いくら近道だからって森を突っ切んなってあんなに言ったよなぁ?」
「ひょ、ひょへんははい。ほうひはへん」
ウィルは優男のような見た目の通り、滅多に怒ることはない。そのウィルが全く聞く耳を持たず、咎めるように青い瞳で睨みつけてくる。
約束するまで離さないと強い意思を感じて、なんとか言葉にならない声で「もうしません」と伝えた。伝わったのか頬を抓んでいた指が離され、なんとなく頬をむにむにとほぐす。
「ン――」
腕を組み不機嫌さを隠さないウィルの姿に、居た堪れない気持ちになったレジーはしょげるようにうつむかせた。重苦しく流れる無言の時間は少年の鼻にかかった声で破られた。声に誘われるように少年を見ればもぞもぞと身じろぎをしていた。
「起こしちゃったか」
しょげていた顔で少年を迎えるわけにはいかないと、レジーは笑顔を作り、再度少年の頭へと手を伸ばす。眠りのふちから掬い上げられるように、男の子の目がゆっくりと開かれていった。




