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夢幻の塔  作者: ねぴあ
【深雪の塔】
17/19

戦う理由

「帰りません」


 穏やかな、だがはっきりとした声がバロウの耳に届いた。つい後ろを振り向くと少女は俯きながら地面を強く見つめている。


「……ユキナ」


「理由はわかりました。彼が一人の訳も……一緒に戦うことが危険だとバロウさんが言う理由も」


 正直、信じられない話だった。自身の能力値の強化と引き換えに敵対するモンスターの強化、そして特定の確率で逃げられなくなるというスキルの存在。

 だが、それ以上に驚くべきことは……。浮かんだ考えを飲み込み、ユキナは言い切る。


「だけど、だからといって、恩人を見捨てて逃げる訳にはいきません……逃げたくもありません」


 もう二度と、神妙な顔をして呟くユキナを見てバロウは思う。背負ってしまっている。まだ成人もしていないであろう少女が。


「……わかった。だが、覚悟だけはしておいてくれ。もしかしたら逃げられなくなるかもしれない」


 真剣な面持ちでそう告げるとユキナは無言でこくりと頷く。しかしすぐに、その表情を見て気負いすぎなのも良くないと考えたのか、


「だが、あの鎖が出てるってことは、多分既にリヒトはあの中だ。だから俺たちが逃げれないという状況になることはないと思うから……心配しなくていい」


 そうバロウは続けた。ユキナを安心させるかのように。

 しかし、そんな言葉とは裏腹にバロウ自身の顔は酷く苦々しいものだった。


 まるでそうあって欲しくないというように。



***


 迫る。

 牙が、爪が、氷の弾丸が。

 一つ一つが必殺の威力を持つ攻撃が、あらゆる角度から止め処なく襲ってくる。

 

 鋭利な爪牙が後方の枯れ木を粉砕し、氷の柱がすぐ傍の真っ白な地面を抉った。途轍もない衝撃が肌を叩くが、気を取られている暇などない。当たり前だ。状況がそれを許さない。


 咆哮が重なる。心胆を寒からしめるその音圧の発生源は三つ。左右と正面に見据える三体の長はその琥珀色の瞳を敵意に眇めた。

 唸り声と共に同時に突っ込んでくる。

 氷狼の長は速い。俺もAGI……敏捷性には自信があるが、純粋なダッシュスピードだけだったら敵わないであろう。だから避け方にも工夫が求められる。


 俺は後ろでも真横でもなく右斜め前へダッシュする。右手にいる氷狼の長――スティンガーに吶喊する形。その牙を躱し、分厚い氷に覆われた腹下を滑るように勢いよく潜り抜ける……ついでに短刀で股下を斬りつけながら。


『ガァ!!』


 苛立った叫びを上げ両脚を叩きつける主の攻撃から離脱し……息を整える暇もなく、別の個体――ドーヴァとゲルドが襲ってくる。


 立て続けに繰り出される連撃を躱す。避ける。潜り込む。

 受け止めるなど愚行の極み。例え一撃を防げたとしても、足が止まった瞬間に終わる。


 一体多とは、三体のボスを一度に相手取るということは、そういうことだ。

 とにかく囲まれない、集中砲火を受けない、それが満たせなければ戦いの土俵にも上がれやしない。


 ドーヴァが口内から氷柱を射出してくる。俺はそれを確認するとステップでゲルドの横へ滑り込む。

 氷柱はそのままゲルドの体を覆う氷の鎧にぶつかり、音を立てて弾かれる。ダメージはなさそうだが、煩わしそうな唸り声を上げる。


 連携を取らないことが唯一の救いか。位置取りをうまくすれば今のように盾として他の個体を利用することができる。それぞれ別の群れの長ということだけあって、協力し合う気がまったくない。それならば一緒に出てくるなと言いたくなるが。


 一つ、息をつく。

 なんとか戦えてはいるが、かなり旗色は悪い。一体でも厄介なボスが三体いるのだから当然か。

 こんな状況は考えるまでもなく逃げる一択ではある……が、周囲を見渡す限り無理そうである。


 周りを見るといい加減見慣れてきた赤褐色。それらはいつも通り半径五十メートルほどの円を為し、内外の通過を封じている。

 ≪修羅の呪縛≫。使用者の能力を上昇させる代わりに、相対するモンスターの能力をも強化するスキル。また、それだけではなく、ある一定の確率で逃走を防ぐ『鎖』が出現する。『鎖』が巻き付いたその瞬間から中と外は分かたれ、一切の干渉が行えなくなる……移動だけでなく攻撃すらも。『鎖』の隙間から様子を窺うことはできるものの、援護射撃といったような攻撃は一切通らなくなるのだ。

 外に出る方法はただ一つ、自分の手による鎖の中の全ての敵の殲滅のみ。

 

「『確率で発動』ね……」


 鎖による強制戦闘。一度起こってしまったらどんな状況でも必ず戦い抜かなければならないという縛り。極めて厄介ではあるが、この鎖の出現はそこまで頻繫に起こる訳ではない。せいぜい日に一回あるかないかである。

 だから、そこまで大きなデメリットではない……本当に()()()()に発生するならば。


「……どう考えても違うよね」


 今まで鎖が発生した戦いを思い返してみると、そのほとんどがボス戦などの重要な戦いで起こっている。前の塔の≪キング・トレント≫も、そして今の氷狼の長も。言ってしまえばこの鎖は相手が強い時にしか発生していないのだ――まるで俺を殺しにきているかのように。


 中々捕まらない俺に業を煮やしたのか、氷狼の長達は一際大きく吠えて青色の液体を纏いだす。それは先ほどローグとの戦いの時にも見た強化行動。


 これはまずい。短刀を納め、【大樹の黒剣】を構えて斬りかかる。しかし、一体でも防げなかったのに三体同時など防げるわけもない。取り巻きの氷狼達に邪魔され……三体全てに強化を完遂されてしまう。


 強化後の氷狼の長を見据える。体躯の膨張による純粋な身体能力の向上もきついが、何より厄介なのは……。


 またも突進してくる主達。速度が上がったとはいえまだ対応範囲内――タイミングをずらして繰り出される攻撃をステップで避ける。だが直後、体の表面を覆うように発生した紋章が光り輝いた。


「くッッ!?」


 菱形の紋章から射出されるのは人の頭程もある氷柱。数は六つ。着地してすぐ勢いよく地面を蹴って身を翻す。無理な挙動によって足首を襲った鋭い痛みに眉を顰めた。


 ノーモーションの遠距離攻撃。それも体の表面どこからでも。

 今まで口からの射出のみであったそれが、体を覆う紋章から連続で行われる。これがある限り、攻撃後の隙を突くということが限りなく困難となる。

 いや、それどころか。


 無数の氷の弾丸が視界を埋め尽くす。


 一つ一つが致命傷となりかねない氷柱が三方向から飛来してくる。

 避ける。ステップで、ダッシュで、それでも躱しきれないものは短刀で斬りはらう。


「……ッ!?」


 だが避けきれない。膝と脇腹が氷の欠片によって削られ、鋭い痛みが体を襲う。

 物量もそうだが、地形が良くない。周りはまっさらで何もない雪原。障害物となるものはボロボロの枯れ木くらいで、遮蔽物として使用するにはあまりに心許ない。


 かといって野晒しにされた状態で避けきれるはずもない。俺は先ほどと同じように別の長を盾にしようと潜り込んで――紋章に跳ね返された氷柱が跳弾して俺を襲う。


「な!?」


 あの紋章、弾の射出だけじゃなく反射まで……!?

 躱しきれない!交差させた両腕に勢いよく氷柱が突き刺さり、血飛沫が舞う。痛みに一瞬、意識が持っていかれ……そして、その一瞬が致命的だった。


 横から距離を詰めてきていたドーヴァの突進をまともに受ける。

 地面から体が強制的に引っこ抜かれる。胃が押しつぶされ、体が勢いよく宙を舞った。

 そのまま雪の上を転がり、真っ白な大地を汚していく。やっと停止したとき、自身が十メートルほども吹っ飛ばされたことを知った。


「……いった」


 あまりの痛みに意識が断絶しかける。血の味が口内を満たし、突進を受けた左半身の骨が悲鳴を上げた。


 追撃に備え、ふらふらと立ち上がりながら、半ば無意識に握り続けていた両手剣を握り直す。

 敵は三体とも健在。目に見えるほどのダメージはなし。強化の生贄によって数を減らしたとはいえ、取り巻きも残っている。


 沸々と這い上がる絶望感。

 体の末端、つま先から冷たくなっていく。死が足元から侵食してくる感覚。

 

  久々の、感覚。


 前の塔の時とは違う。また誰かを死なせてしまうという恐怖ではない。

 ただ一人、鉛のように重い絶望と孤独が伸し掛るこの感じ。おそらくあの少女が味わっていたものと同じ感覚。


『どうして君は……戦えるの?』


 だから、その時少女の言葉が頭を過ったのは当然と言えば当然なのだろう。


 失うことを怖がっていた彼女。それは命であり、仲間であり、未来である。

 戦うのか?ではなく、戦えるのか?という言葉からもそれは窺えた。

 彼女は恐怖を乗り越えるための答えを欲していた。見知らぬ俺に一も二もなく問いかけるくらいだ、相当追い詰められていたのだろう。


 思考に埋没している間も戦いは続く。肉薄してくる長達の攻撃を何とか掻い潜り、カウンターで両手剣を突きいれるも、硬度を増した氷の鎧に防がれる。体勢が崩れた俺にお返しとばかりに氷柱が射出された。その内の一本が俺の左腕に突き刺さる。


「……ッッ!!」


 灼けるような痛みに歯を食いしばる。足を止めるな。止めたら死ぬ。


『戦う力があったから』


 少女の問いに、俺はそう答えた。

 事実だ。自分は『加護持ち』の中でも力を持っている方だという自覚があったし、実際、スキルの影響下の中でも早いスピードで攻略を進めることができていたから。


 だが、それはただの事実であり、少女が聞きたかった答えとは違うだろう。彼女が求めていたものはもっと精神的な、心の拠り所となる戦う理由……あの人が言っていたような『希望』だ。

 それに気づいていた俺は、彼女が求めていた答えに気づくためのヒントを送った……完全な受け売りではあるが。


 突き刺さった氷を抜きながら、スティンガーの爪を両手剣で捌く。一つ攻撃を防ぐたび、一つ傷が増える。

 体力も落ちてきている。痛みと疲労によって普段ならば避けれる攻撃が避けきれない。


 「希望……」


 痛みで熱を持った脳。半ば無意識に言葉が漏れ出した。


 希望。願い。

 辿り着いた未来でしたいこと、やりたいこと。それを叶えるための心の持ち様。

 多分、みんなそうなのだろう。バロウもギルも。今まで俺が会ってきた『加護持ち』達も全員。


 人の命が羽のように軽い、こんな薄氷のような世界で。終わりの見えない戦いに臨むならばそれが必要なのだ。


 心の中の芯と呼べるもの。

 どれだけ絶望に覆われても、悪夢のような状況下でも、信じ抜けるもの。光となるもの。最後の最後まで力をくれるもの。

 それをみんな求めている……いや、それがない者から斃れていくのだ。


 彼女も無意識にそれを求めており、そして偶々現れた俺に問いかけたのだ。

 どうして戦えるのか――戦う理由に足る、あなたの希望は何ですか、と。


 巨大な尻尾が勢いよく地面に打ち据えられる。跳んで躱した先には氷の弾丸。それを無理やり体を捻って避けると、襲い掛かるのは鋭利な爪。両手剣の腹で防御するが、殺しきれない衝撃によってなすすべなく吹っ飛ばされた。


 視界がぼやける。酷使している全身の筋肉が悲鳴を上げる。

 

 気が付いたら全身が切り傷と蚯蚓腫れで覆われていた。もはや赤く染まっていない部分を探す方が難しい。それに引きずられるように頭にも靄がかかっていた。


 眼前に、ギラついた瞳と共に迫るスティンガーの姿がぼんやりと見える。


「希望とか……未来とか……」


 無意識だった。自分が言葉を発しているのか、いやそもそも自分が口を動かしているのかすら認識していなかった。




「――そんなものあるわけないだろ」




 吐き捨てる。


 血飛沫が体を撫でた。傷口は牙を無理やり受けた俺の左手……そして、同時に短刀が突き刺さったスティンガーの右目。


『ガァァァ!?』

 

 痛みで悲鳴を上げる全身を無視して踏み込み、そのまま両手剣を思い切り掬い上げる。場所は通常核があるであろう胸部……よりも更に下、ほぼ体の真下への一撃。攻撃を受けやすいであろう胸の前面よりも()()()()()()()そこに【大樹の黒剣】を叩きつける。ひびの入った蒼色の氷にさらに連撃を加えると、鎧が剥げて灰白色の毛皮が露出した。


 怒りの咆哮と共に全身から射出された氷柱が体躯を削るが知ったことではない。痛みを無視して手刀を突き入れる。

 

 ぶちぶちと細胞と毛皮を引き裂く感覚。絶叫を上げるスティンガーが更に暴れるが、左手に持ち替えた短刀を刺して鋲とすることで強引に押さえつける。そのまま体内をまさぐり……体の中をかき分けていた右腕がそれを見つけ出す。


 拳大の石のような固い何か。まとわりついている肉と骨を引きちぎり、それをつかみ取った。


「……やっぱりここだった」


 血塗れの右手の中にあるのは暗い蒼色の光を放つ物質……モンスターの核。

 先ほど懐に潜り込んだ際に気付いた、不自然なまでに防御が厚かった腹の下。最初に倒した長、ローグも核の位置が胸部になかったことから予想はしていたが、やはりこいつらは少し普通の敵とは違うらしい。


 力任せに核を抜き取られたスティンガーが絶叫を上げながら、灰となっていく。


 引きずり出した核を手にして嗤う。

 死ぬかもしれない。そう心の底から感じた時に思うことはただ一つだけ。


 ――そんなことは許されないということ。


 俺のやりたいことは?未来で望むことは?考えた希望は?


 そんなものはなかった……彼女にあんな言葉を教えたくせに。

 

 しかし、理由ならばあった。戦うだけの……戦わなければならない理由ならば。


 それは一つだけ。


 あの日から。

 あの塔を攻略したその瞬間から。

 リヒトという存在は戦うことを決定づけられたからだ。


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