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夢幻の塔  作者: ねぴあ
【深雪の塔】
16/19

雪山の主Ⅱ

 轟音が大気を切り裂く。絶叫を響かせる主である白色の獣……≪メドベル≫は、自身の毛皮と同じくその真っ白な大地を踏みしめる。大熊はそのまま四足歩行での突進を開始。さながらダンプカーのような勢いで迫りくる。


 対して私は耳朶を叩く咆哮に臆しそうになる心を叱咤し、走る。落ち着けば余裕を持って対処できるスピードだ。大丈夫、あの図体ならば小回りは効かない。


想定通りすれ違うように突進を躱し、攻撃後の隙に槍を突き入れ……青い紋章にあたって弾きかえされる。


「くッ!!」


 まるで鉄を殴ったような硬い感触。じんじんと痺れを訴える両腕に眉を顰める。

 雪山の主は苛立ったように大振りの爪を閃かせる。何とかステップで避けるが追いかけるように二撃、三撃。躱しきれなかった一撃を咄嗟に槍の柄で防ぐと、途轍もない衝撃が全身を打った。元の身体であったらバラバラになっていただろうそれに冷汗が流れる。


「はっ……はっ……!」


 暫くぶりの戦いの空気が心臓を早鐘に変える。一瞬でも気を抜けば命を取られるという事実が、目の前の獣は自分よりもはるかに巨大な膂力を有するという現実が、心を圧迫し、足を止めそうになる。


 だが、戦える。


 幸い強化された身体能力は多少動かない期間があったところで問題ないらしい。体の方は特にブランクを感じない。

 ならば心の方はどうだろうか。


「ユキナ!そっちいったぞ!」


 言葉一つで全てが変わるわけがない。だとしたらこれは何なのだろうか。

 なぜ動けている?戦えている?

 あの少年の言葉に影響を受けたのは本当だ。動くきっかけとなる活力をもらったのも間違いない。それでもそれだけで凶悪なボスに立ち向かえるのだろうか。


 わからない。わからないが、今はこの体を覆う熱に身を任せるままに。


 「はい!」


 声を上げ、槍を振り上げた。


***


「かってえ!この青いやついったいなんなんだよ!」


 肩口に振り下ろした片手剣を弾かれたギルが苛立ったように叫んだ。その姿を横目に、同じく前線を張るバロウは大剣を手に側面に回り込む。そのまま上段からの振り下ろしを敢行。狙いは紋章の浮き出ていない左足の付け根。


 振り下ろす大剣の名は【アイゼン・ソード】。大剣というよりは大型の両手剣といった方が正しいかもしれないそれは、以前使用していた大剣よりも一回り小さい。一応カテゴリとしては大剣となっているが、リーチと重量が抑えられており、その分だけ取り回しが良くなっている。

 前塔のボス戦で失ってしまった剣の代わりとなる店売りの剣であるが、≪キング・トレント≫の素材を使用して強化を施してあるため、十分に切れ味は鋭い。


 斬撃は青い紋章の隙間に吸い込まれ、その白い毛皮を切り裂く……前に、肩口から移動してきた紋章に阻まれた。


「くっ!?」


 まるで叩きつけた勢いがそのまま返ってきたかのような途方もない衝撃に、バロウは剣を取りこぼしそうになる。体勢が崩れたのを見て追撃を加えようとする≪メドベル≫。


「伏せろ!」


 だが叫んだギルがバロウを庇うように何かを投げる。それを見て、慌ててバロウは両手で顔を覆った。

 投擲されたのは拳ほどの大きさの緋色の欠片。【火晶石】と言われるその鉱石は火属性の武具の生成に使用されることで有名である……非常に取り扱いの危険な材料として。

 

『————ッ!?』


 紅の石が衝突し、爆発を起こす。右腕が炎にのまれた雪山の主は痛みに咆哮を上げた。


 火晶石は軽い衝撃を与えることで爆発が生じる。それこそうっかり落としてしまう程度の衝撃でも誤爆してしまうことがあるため、鋼材として使用する際は慎重に使う必要がある。しかし、裏を返せば今のように攻撃アイテムとして活用することも可能ということだ。


「すまねえ……助かったギル」


「気にすんな……しかし、どうするよ。あいつ」


 ≪メドベル≫の全身に青色の線が顕現してからしばらく経過したが、戦いは硬直の様相を呈していた。発現した能力が防御のもののため、相手の攻撃自体を捌くのは可能だが、攻撃が通らない。こちらの体力が有限である以上、有効打がないとどこかで綻びが生じてしまう。


 今までの戦闘で確実に体力は削れているはずだ。反射能力の解放も追い詰められている証拠と言って良いだろう。だが、あと一手足りない。


(矢とかの飛び道具を反射する能力かと思ったが……。片手剣も俺の大剣すらも弾かれるってことは物理攻撃全て弾かれるっぽいな)


 なんだそのふざけた能力は。胸中で吐き捨てるが、今までが優しかったとも言えるため、まだ想定の範囲内とも言える。

 それに無敵というわけではない。


「……体の表面の青い紋章にさえ当たらなけりゃ攻撃は通る。とは言っても純粋な物理防御も上がってるっぽいが……紋章以外の部分はノーダメージってわけじゃなさそうだ。あとは魔法も試したいが……」


 ≪メドベル≫の表面には蜘蛛の巣のように青い線が張り巡らされており、その線上の攻撃を全て防いでいる……ように見えるが、実際に弾いているのはその線ではない。正確にはその線を伝って全身を移動している盾のような五角形の紋章が攻撃を防いでいるのだ。

 紋章の数は三つ。それ以外の部位はただ固くなっているだけで、反射能力は有していない。


 全身完全防御という訳ではないのは朗報であるが、厄介なのは紋章の移動スピードがかなり速いため、攻撃を知覚された瞬間にはもう防御の準備が整っているということか。完全に不意を付くか、もしくは複数の攻撃が同時に着弾しないとまず紋章に防がれる。


 それに先ほどの火晶石の反応から見るに、属性攻撃の通りも良さそうである。それが火属性限定かはわからないが試してみる価値はあるだろう。


(手数で翻弄してあの盾の紋章を引きはがして、その瞬間に有効な攻撃を叩きこむ。それこそ強化された物理防御力を抜ける一撃か、魔法かアイテムを使った属性攻撃を。……ただ、問題は)


「俺たちの中で魔法が使えるやつがいないってことか……」


 バロウもギルもイリーナも魔法の使えない能力構成、所謂脳筋というやつである。そもそもとして魔法が扱える『加護持ち』が少ないのだ。火晶石などの属性攻撃用のアイテムも残り少ない……元々この塔は資源が豊富ではないのだ。


「バロウさん……隙を作ってもらっていいですか」


「ユキナ……?」


 すると入れ替わりで回復を行っていたユキナが隣に並んできた。


「少し時間はかかりますが……私、一つだけ攻撃魔法が使えます」


 そう宣言する少女にバロウは大丈夫かと問おうとして……かぶりを振った後、すぐに頷いた。先程までの大立ち回りを見て、今更心配など無用であろう。


「……わかった、頼む!」


 駆け出すバロウ達を見送り、ユキナは呼吸を整える。目を閉じて、槍を地面に突き刺し、精神を集中させる。

 体の使い慣れていない器官を無理やり動かす感覚。気力とも体力とも違う、向こうの世界にいる時には存在しえなかった力を呼び起こす。


 魔法を使うのは未だに慣れない。理由は単純、元の世界で使う機会がなかったからだ……使えるわけもないが。常人より遥かに高い身体能力という点も当てはまるかもしれないが、それでも能力自体は元々の力の延長線上にあるものだ。だが、魔法などという超常現象とも言って良い力はそんなレベルではない。

 

「……」


 突き立てていた槍の先から小さな光が生じる。淡い銀色の光。それは槍の先端から始まり、刃先全てを覆っていく。


 発動した魔法は【ルナ・ディール】。自身の持つ武器に光属性を付与する……所謂付与魔法(エンチェント)である。劇的な威力の向上が見込めるわけでないが、物理攻撃力とは違う、魔法攻撃力を持たせることができる。


 『加護持ち』が魔法を習得する条件は未だ判明していない。以前のパーティでも、魔法が使用できたのはユキナのみだった。

 特にきっかけがあり使えるようになったわけではない。この世界に来て暫くした後、自身が魔法を使えることに()()()()のだ。不思議なことに使用方法も魔法名もその効果でさえ、いつの間にか既知のものとなっていた。


 と、そこでユキナは何かに気付く。自身の後方から感じるそれを認め、ちらりと視線を投げた。

 少女はその銀色の瞳を少し見開いた後、


「——。」


 何かを呟き、思い切り地面を蹴った。


 走りながらぐっと体を引き絞り槍を後ろに構える。狙いは核があるだろうと類推される胸部。


 《メドベル》はまだユキナの方を見ていない。バロウとギルがうまく立ち回り、気を引いてくれている。二人とアイコンタクトを交わすと一気に間合いを詰めにかかる。


 雪を踏みしめ、更に加速する。


 間合いまであと十歩。

 ≪メドベル≫の後方に位置するユキナから気をそらすため、声を上げてバロウが走りこむ。応する雪山の主は迎撃のためその剛腕を繰り出す。バロウはそれを大剣の腹で受け流すと、カウンターの一撃を放った。


「くっ!」


 だが当然、防がれる。右腕の表面にある紋章を斬撃に合わせられる。相手はどれだけ体勢を崩そうが、ノーモーションで攻撃を反射できるのだ。どれだけこちらが技術で上回ろうが圧倒的な能力の差でそれを帳消しにしてくる。

 しかし、もう何度も見ている。不自然なほどの衝撃が腕を襲うが、予め重心を残していたため、バロウは踏みとどまることに成功。再度攻撃を試みる。

 

 あと五歩。

 バロウをサポートするように後方からギルが何かを投擲する。

 その時バロウの頭に過ったのは先ほど見た石……火晶石。ついさっき不覚を取った≪メドベル≫も同じだったのであろう。過敏なほどの反応を示して回避を行おうとする。


「かかった!」


 巨体に似合わぬ動きで躱された石は地面に着弾し……何も起きずころころと転がる。赤くも、爆発もしないただの石。


(ブラフか!?)


 モンスター相手に駆け引きを成立させたギルにバロウは驚愕する。だが確かに考えてみれば、あの紋章を自身で使いこなしているのだ。ただのモンスターよりは遥かに高い知性を持つことは推測できる。

 隙を晒した≪メドベル≫にギルは片手剣を突き出す。刃は体勢が崩れた大熊に吸い込まれていく。

 だがそれでも既の所で弾かれる。左肩に位置していた二つ目の紋章が素早く動いて刃を受けた。


「くそが……これでもダメかよ……!」 


 しかし時間は稼いだ。

 ユキナが間合いに到達する。その銀色の光を主の背に突き立てようと力を込める。

 だが、その瞬間、気配を察したように≪メドベル≫が振り向いた。


 回避も防御も間に合わない。けれど、目の前の獣にはそこからでも防ぐ力がある。

 知覚した瞬間、白色の怪物は慌てて自身の最後の紋章を移動させ……


 その振り向いた目に矢が突き刺さった。


『!?』


 瞬間、紋章の位置がぶれる。それを見てユキナは勢いよく光を帯びた槍を突き出し――そのまま銀閃は怪物の胸を穿った。




***


「……ありがとうございました」


「ユキナ……」


 灰となって砕け散った≪メドベル≫を見届けて、ユキナは初めて槍を下げた。ゆっくりと振り向いて、穏やかな瞳で見据える……背後で矢を射終えた体勢のまま、呆然とこちらを見ているイリーナを。


 最後の一撃の前、目が合った。戦う様子をただ見ることしかできなかったイリーナの視線を感じ取ったユキナは、ただ一言。


『援護を』


 そう言った。イリーナを信じ切った瞳で。


 ≪メドベル≫の盾の紋章は全自動防御ではない。あれはあの怪物が自身で操作していたものだ。視覚から情報を取り込んで、攻撃が来る位置にピンポイントで紋章を動かす。理知があるとも思えないから、本能的に動かしていただろう……まるで人間が本物の盾を動かしているような繊細な操作は驚愕に値する。

 だが、だからこそ視覚がつぶれれば盾もずれる。同時に、だとしても、とイリーナは思う。


「……どうして私を」


 信じたのか、という疑問は言葉になる前に空気に溶けていった。しかしユキナはわかったのだろう、少し目を伏せた後、


「……私ができたことなので、イリーナさんもできると、そう思いました」


 そう静かな笑みと共に零した。

 ユキナは思う。イリーナは戦う目的を失っていた。過去に何かがあり、戦う理由を迷い、半ば流されるまま得物を握っていた。

 

 だからいつか自分は死ぬと思っていたのだろう。そう思っていることは言動と表情から読み取ることができた。

 その状態でさっきのような死にかけるような経験をした結果、一時的に体から力が抜けてしまったのだろう。


 だがそれまでは事実として、ずっと戦っていたのだ。逃げ出すことをせずに……宿屋にこもり切りだった自分とは違って。

 本人はバロウとギルに引っ張られてということだったが、単純に守りたかったのだろう。大事な仲間達を。

 どうして戦うかもわからないままでも、仲間を守りたい、死なせたくない、その一心で武器を手にして戦場に立ったのは事実だ。

 そんな人がパーティメンバーの危機を見過ごしたまま、何もしないなんてことはありえない……流石に強引だったのは否めないが。


「……すまない、イリーナ」


 あっけに取られるイリーナの元にバロウが近づいてくる。そのまま大剣を背追った男は目の前に立ち、神妙な顔をして俯く。


 イリーナがあの時からずっと悩んでいたことは知っていた。戦いに身が入っていなかったことも。

 休んでいるように言ったこともある。しかしイリーナ自身はそれを拒んだ。


(無理にでも休ませるべきだった……!)

 

 唇を嚙み締める。パーティメンバーを危険に晒すようなことは二度としないよう誓ったはずなのに。


「……大丈夫。完全に私のせいだし、こうして無事だったから」


「そうだとしてもだ。リーダーとして俺は役割を果たせなかった……あの時のようになってもおかしくなかったんだ」


「……」


 沈黙が二人を覆う。

 だがすぐについ漏れ出た言葉にバロウははっとして、気まずい静寂を振り払うように、頭を左右に振る。その勢いのまま、ユキナの方を向き頭を下げた。


「ユキナも助かった。ありがとう」


「いえ、私こそ……」


 ありがとうございました、と言おうとした言葉は続かなかった。


 突如として響き渡る音が防いだのだ。それは弛緩しかけていた空気を切り裂き、静寂に包まれていた場を荒らす。

 遠方から聞こえてくる、まるで大気が悲鳴を上げているような、軋んだ金属音。


 瞬間、バロウはどっと冷汗が噴き出るのを自覚した。


(この音は……!?)


 本能が勝手に全身を身構えさせる。警鐘が鳴り響き、全身の筋肉が一気に硬直する。

 瞬間的に蘇るのは前の塔の、あの悪魔のような記憶。

 まさか、いや、そんなばかな。


 混乱する頭を必死に落ち着かせながら辺りを見回す。だが、周りを見ても予想されたあの『鎖』はどこにも存在しない。


「ちょっと待てあれ……!?」


 ギルが目を見開き、そちらを指さす。

 真っ白な大地と空に対して、あまりに異質な血のような赤。


 鎖だった。記憶にあるものとまったく同じ。

 巨大なそれは雲の上から勢いよく地上へ降り立つ。遠くて視認はできないが、おそらく地上のどこかに向かい……何かにしっかりと巻き付いた。

 まるで天上の神が哀れな罪人を縛るように。

 

 方角は村の東側――【雪原の主】のいる場所。


「お前ら……先帰っててくれ」


 それを認めた瞬間、バロウの口は勝手に言葉を紡いでいた。


「バロウ……お前まさか!?」


「ギル、二人を頼む」


「ダメよバロウ!忘れたの!?」


 足を踏み出そうとするバロウの肩をイリーナが掴む。それに返答しようと振り向いてバロウは気付く。

 イリーナは震えていた。手も、瞳も。

 その目は言葉よりも雄弁に訴えかける……行かないでくれと。

 

 その気持ちを汲み取ることはできた。しかし、それ以上にバロウを突き動かすものがあった。


「……正直、今から行ったところで何もできないかもしれない。だがすまない、行かせてくれ」


「バロウ……」


 引き留める手をゆっくりと離させると、今にも泣き出しそうな顔をしてこちらを見つめてくるイリーナ。途轍もない罪悪感に襲われるが、バロウに止まる気はなかった。 

 その表情を見て引き返す気がないことを悟ったのだろう、上げていたイリーナの手から力が失われる。

 

 重い沈黙が落ちる。ギルもイリーナも何も言わない。張り付いている感情は……。

 その空気に気圧されながら、一人だけ蚊帳の外となっていたユキナが気まずげに近づいてきた。


「バロウさん、あれは一体……?」


「ユキナ、お前は二人と一緒に先に村へ戻ってくれ」


 何もわからないであろうユキナには悪いが説明している暇はない。……いや、そもそも連れていく気もない。

 少し冷たい返答になったかもしれないが、こればかりは答えを変える気もなかった。


「……あの男の子ですか?もしかして一人で……?」


「……ああ」


 苦々しい顔で首肯するとユキナは少し目を見開き、無言で俯いた。そしてその後、


「バロウさん……私も連れて行って下さい」


 そう進言した。

 多少、予想はしていた。会ってからあまり時間が経っていないとはいえ、この少女が誠実で義理堅い性格ということはわかっている。

 そんな子が自分を心配してくれた相手を……一人だけで戦わせるなんて選択を取るとは思えない。


「……すまないが、それはできない」


「どうしてですか?」


「……」


 唇を嚙み、黙るバロウ。危険だからだとそう言ってしまうことは簡単だ。しかし、そんなことはユキナは百も承知だろうし、それよりも()()()()を答えるには、少し時間を要する。それに簡単に話していいことでもない。

 

「……あの男の子のこととか、あの赤い鎖のこととか、多分私が知らないことがたくさんあるんだと思います。ただ……あの子は私に立ち上がるきっかけをくれました。その恩には報いたいです」


 それに……と胸に手を当てる。


「私、回復魔法が使えます。万が一に備えて、回復手段は充実させた方が良いんじゃないですか?」


「……それはそうだが」


 つい言葉に詰まるバロウ。

 正論だった。手持ちの回復アイテムもそこまで数が多くない。正直、回復魔法が使えるユキナがついてきてくれるのはかなりありがたい。

 だがそれでも、と思う。あのようなことをもう一度起こさせるわけにはいかない。

 強い視線を投げかけてくるユキナに、意を決して口を開きかけたその時、またも轟音が響き渡る。鎖の方角から轟いたそれに焦りを駆り立てられるバロウは……この場での説得を諦めた。


「……あいつについて色々話すべきことがある。急ぐから移動しながら話すが……いつでも引き返してくれていい」


「それはどういう……?」


「悪いが話は走りながらだ」


 ユキナは無言で頷いて、焦りを募らせたバロウの後を追った。


***


 粉々になった蒼色の氷を踏み砕き、灰色の毛皮に突き刺さった短刀を鞘に納める。同時、動かした右肩の傷口が軋むような傷みを訴えた。無意識に患部を抑えながら、早くなっていた鼓動を落ち着かせる。

 

 両手は寒さと痛みで既に感覚を失って久しい。身体能力と同時に各種耐性も上がっているが、これだけ長時間雪に晒されていたら当然か。

 額から流れた一滴の血を腕で拭い、突き刺さっている両手剣を引き抜く――体のあちこちが削れ、既に絶命している獣から。


 ≪氷狼の長:ローグ≫。

 純粋な力と速度に加え、全身を覆う氷の防御。ほぼ溜め無しで口内から放たれる遠距離攻撃。更に追い詰められた後の強化行動と取り巻きの存在。

 タイプは違うがその厄介さは≪キング・トレント≫に勝るとも劣らない。複数体いるボスの一体としては、十分すぎる……いや、もはや過剰なほどの力を持っていたと、そう評することができる。


 だからこそ。


 そう、だからこそ、目の前の光景はそれこそ悪夢のように思えた。


「……"長"ってのは一体しかいないと思ったんだけど」

 

≪氷狼の長:ドーヴァ≫

≪氷狼の長:スティンガー≫

≪氷狼の長:ゲルド≫


 立ちふさがるのは、新たな三体の氷狼の長。並ぶのは三つの黒色のアイコン。


 そして長の後ろに並ぶのは、それぞれの氷狼の群れ。


 確かに勝利条件は【全ての主の撃破】……特に主の数は明記されていない。


 群れが四つあったら長も四体いるってことか。

 少年は引きつるように笑って、短刀を再度引き抜いた――血のような赤色の鎖の向こうで。

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