スニエフの洞穴
「広……」
呟いた言葉に返事をするものはいない。ただ冷たい壁に反射して、消えていく。
翌日、俺は話に聞いた洞穴に来ていた。名前は【スニエフの洞穴】……そのままである。三体の主がいるという縄張りの一つであり……そして少女達のパーティが全滅したと思われる場所。
アリの巣を巨大化したらこのような感じなのだろうか?洞窟は幅、高さ三メートル程の道が無数の枝分かれを伴って延々と続いている。幸いなのは、間違った道はすぐに行き止まりになることだろう。何十分も進んだ先に行き止まりなんてことには今のところなっていない。
洞窟の中は外に比べて意外にも暖かい。というよりも外が寒すぎるのであろう。気温がマイナスを超えるような土地では水の中の方が暖かいというのと同じ現象だ。
とは言っても比較すればというだけで寒いものは寒いのであるが。
黒色の岩で囲われたごつごつとした道を歩く。
探索を始めて二時間ほど経つが、未だにボスには巡り合わない。時折モンスターとはエンカウントするがどれも中ボスにも届かない強さだ。
この深雪の塔のクリア条件は『全ての主の撃破』である。何体の主がいるかは条件に記載されていないが、ワジムさんの話によるとおそらく雪原、洞穴、雪山の三つのエリアにそれぞれ一体ずついるのだろうと推測される。
ここで疑問に思うのはそれぞれの主の強さである。多くのゲームでは複数のボスがいた場合、それぞれの個体の強さは控えめに調整されていることが多い。また、ボスに至るまでの道のりも一体の場合と比べて短いように設定されているのがセオリーだ。
しかし、それは普通のゲームとして考えた場合である。
はっきり言うがこの世界は普通のゲームではない。かといってただ高難易度のゲームとも言い難い。言ってしまえばそう……調整を怠ったゲームという言い方が近い。
過度に困難なステージがあったり、敵の強さに波があったり、謎のスキルが存在していたり。大筋のセオリーには乗っ取っているものの、しっかりと何らかの指標を持って作った世界だとも思えない。まあそもそも、ゲームを作るようにこの世界ができたかも知らないが。
『ヴォォォォ……』
そんなことを考えながら歩いていたら、唸り声のようなものが通路の先から聞こえた。その声に身構えると、勢い良く人型の何かが飛び出してくる。そして同時に棒状の物が三本突き出された。
俺はそれらを落ち着いてバックステップでかわすと飛び出してきた影を目に捉える。
出てきたのは三体の骸骨。俺よりも少し低い背丈の、骨でできた得物を手に持つそいつらの名前は《スケルトン》。……これまたRPGでよく見る骸骨のモンスターだ。
俺はその姿を確認すると同時、勢いよく踏み込む。敵が反応する前に右側の一体の頭蓋に短刀を突き入れる。ばきりと言う音と共に核が割れる音がした。
《スケルトン》などのアンデッド系……というのかはわからないが、こいつらは基本的に核を壊さない限りは倒せない。首を切断しても、上半身と下半身を分断したとしても、動ける限りは動き続ける。まあさすがに全身ばらばらにされたら物理的に動けそうにないが。
だから、攻撃は核を狙うのが基本となる。また体がスカスカな為、打撃系の武器の通りが良いので槌などが有効だ。逆に槍などの刺突を主とする武器は相性が悪い。
だけどまあ……、これくらいなら武器の相性などはあまり気にならない。
俺は核を破壊された一体が崩れ去った頃に、やっと反応した残り二体の攻撃を落ち着いて躱す。続けて短刀で核を連続で斬りつけた。
断末魔を上げて灰と化すモンスターを見て思う。
やはりおかしい。
俺は獲得したアイテムをメニュー画面から確認しながら疑問に思う。
進んでも進んでも何も変わらないのだ。敵の強さも種類も、そしてステージの構造も。
これまでの経験上、もしこの洞穴に主がいる場合、そろそろ中ボス、ないしはそれに近いレベルの敵が出てくるはずだ。にもかかわらず、強い敵が出てくるどころか、ボスが出てるような広間にも一度も出ていない。
加えて宿屋の子のパーティの全滅の原因も気にかかる。
出てくる敵は今の《スケルトン》などのアンデッド系、そして蛇や蜘蛛などの昆虫類のモンスターであるが、そのどれもが危なげなく対処できる強さである。俺のスキルが発動している状態で、だ。
洞穴と言う構造が複雑で、視界も悪い場所での戦闘を加味したとしても、さすがにこのレベルのモンスターに後れを取るとは思えない。考えられるのは、毒や麻痺による状態異常やアストラル系のモンスターによる闇討ち、視界の暗さを利用したトラップなどだが、それらもまだ見かけていない。
と、そんなことを考えて進んでいるとふと視界が暗闇の中に何か物体を捉えた。
「なんだあれ……?」
何か布のような物。暗闇の中でよく見えないが固い岩で覆われているこの洞窟の中だとやけに目立つ。その数三つ。飛び出ている岩に引っかかるように……いや、寄りかかるようにして……。
そこまで考えた瞬間、嫌な汗が頬を伝った。
……確かワジムさんの話だと元々四人パーティって話だった。
恐る恐る近づいていくほど脳内に浮かぶ考えが現実味を帯びてくる。そして……はっきりとそれを視認する。
――人であった。
壮年の男性が一人と二十代くらいの男性と女性が一人ずつ。その体のあらゆる所に突き刺さっているのは……骨。三人共、人の腕ほどもあるそれが全身に突き刺さり、息絶えていた。死体の傍にはそれぞれの得物が転がっている。
「……」
思わず声も出せずに立ち尽くす。
おそらくこの人たちがあの子の……宿屋にいた子のパーティだ。既に死亡して数日経っているのだろう、近づくと腐臭が鼻を襲う。
俺は少女からこの洞穴で何があったのかの話を聞いていない。何のモンスターにやられたのか、どんな状況であったのか、そしてそもそも……残ったパーティメンバーがどうなったのか。重要な情報ではあるが、聞けるはずもなかった。だが、少女の状況、ワジムさんの話を考えると、残りのパーティメンバーが全滅したのはほぼ確実だ。
だから半ば予想はしていた。していたが……、いざ目の前にするとやはり気後れしてしまう。
とはいえ、やはり先ほどの疑問も残る。この人たちはいったいどのモンスターにやられたのかということだ。実力はわからないが、プレイヤー四人のパーティがここの敵に倒されたとは思えない。《修羅の呪縛》が発動した上であの手ごたえのなさなのだ。実際はもっと弱いであろう。
それに周りを見渡しても特に広間などは見当たらない。となると考えられるのはボスではなく通常のモンスターにやられたか、もしくはもっと奥で強い敵に出会い、逃げてきたがここで力尽きてしまったかのどちらかだが……このやられ方からしてどちらも違う気がする。
と、その時、風が吹いた。
そよ風とも言えないほどの弱い風。それに気づけたのは今までこの洞窟内が無風だったからであろう。存在しないはずの突然の気流。その違和感が俺に咄嗟に地を蹴らせた。
直後空気を切り裂く音と共に灰白色の物体が今まで立っていた場所に突き刺さる。ナイフくらいの大きさのそれは先が鋭く尖った骨。今さっき見たものと一致している。
俺は短刀を引き抜きながら、攻撃が飛来してきた方向を見据えた。
「……お前か」
立っていたのは骸骨。先ほどまで相手をしていた《スケルトン》と似ているが、《スケルトン》が子供くらいの背丈に対して、その体躯は二メートルほどもある。体には苔色のボロボロの布が巻き付き、右手には長刀のような骨を下げていた。そして浮かび上がるアイコンは―――
《スケルトン・サーペント》
―――ステージボスを示す黒色。
『…………』
骸骨は何も言わない。淡く光る朱色の瞳がただこちらを見つめ……その右手の得物を振り下ろした。




