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夢幻の塔  作者: ねぴあ
【深雪の塔】
12/19

絶望と混乱と後悔と

 その日は中々眠れなかった。

 

 高校三年生を来年に控えた夏。高校生活を楽しみながらも、ちらほらと今後の進路についての話題が出始める頃。部活に全力で取り組む者、難易度の高い大学を志望し、既に受験を見据えて勉強をし始める者、とにかく学生生活を満喫する者。私の周りにも様々な人がいたのを覚えている。

 ただその中にも将来のことを考え行動を決めている人もいれば、現状は何も考えずに、とりあえずこれをしたいからすると言っている人もいた。

 そして私は……そのどちらにも当てはまっていた。


 

「……もういいっ!」


 そんなよくある台詞と共に勢い良く箸を置く。その振動で飲みかけのスープが半分ほど器からあふれ出し、白いランチョンマットを汚す。


「ちょっと、***!」


 叱るように自身の名前を呼ぶ母親も気にせず席を立ちあがると、リビングを出て自分の部屋へ。戻るように言う母親の声を無視し、思い切り扉を閉めるとベッドに飛び込んだ。

 ぎしりとベッドのフレームが軋む音がする。枕に顔を埋めながらシーツを強く握りしめた。


 夕食中、ふと話題になった今後の進路。今まで何度か話題になりながらも、明言は避けてきたやりたいことについて。そろそろ言わなきゃなと思いながらも言いにくかった自身の希望の進路。

 感触を確かめるように、恐る恐る言い出した私のやりたいことについて……思ったよりもはっきりと母親は否定の意を唱えてきた。

 最初は弱く言い返していた私だが、否定を続ける母親に徐々に腹が立って……気が付いたら声を荒げる喧嘩となっていた。


 どうしてわかってくれないのだろうか。頭ごなしに否定しているだけじゃないか。ぐるぐると不満の声が頭を巡る。

 将来やりたいことはあった。そしてそのためにコツコツとやっていることもあった。だがそれは母親からしたら、所詮趣味の範疇でしかなくて……。

 確かに自分が今まで話題を避けてきたせいもある。自信がなく、大手を振って、これをしたいと話さなかったのが原因だ。だがもう少し話を聞いてくれてもいいのではないか。私のためだとか言って結局自分の思い通りにしたいだけじゃないのか。


 そんな愚痴を脳内で繰り返す。だが、頭のどこかでは母親の言うことも正しいとわかっている。だからこそ、こんなに腹が立つのであろう。


 脳裏に浮かぶのは幼いころの思い出。

 昔から躾はそれなりに厳しい方だったと思う。決して裕福とまでは言えないが、不十分なく生活をしていける家庭だった。習い事も自分のやりたいものをさせてもらえたし、将来のためと学習環境も整えてもらえた。


 そんな中、ふとしたきっかけでのめりこんだのはピアノだった。

 ピアノ教室と言えば、子供に通わせると教育に良いと言われる為、幼少期の習い事の鉄板である。しかし、私は特に親から強制されたわけでも、薦められたわけでもない。自分から行きたいと申し出たのだ。

 きっかけは偶然テレビから流れてきたアーティストの歌。包み込まれるような優しさと奮い立つような力強さが同居する、そんな不思議な歌声に聞き惚れた。そして、曲が終わるころには、画面に映っていたピアノで弾き語りしているアーティストを指差し、「これやりたい」と言っていた。


 普段、あまりおねだりをしない子供だったのだろう。両親は特に否定することもなく、近所のピアノ教室に通わせてくれた。

 

 ピアノというのは何度も同じ旋律を繰り返し練習することが必要となる。反復練習を繰り返し、指に動きを覚えさせ、弾けるようになる曲を増やす。その作業が性格に合っていたのだろう。人によっては、つらいと思うかもしれない練習が、私にとっては楽しくて仕方がなかった。そのおかげかメキメキと実力は上達し、コンクールでも何度も賞を取るようになっていった。


 そして、ピアノが上達すると共に作曲や歌唱の分野にも興味を抱くようになり……、いつしかあのアーティストのようになりたいという夢を抱くようになっていた。幼いながらにメロディーを作り、歌詞を付け、歌った。私が新しい曲を作る度、歌う度、両親も褒めてくれた。そして私も褒められるのが嬉しくて、音楽と言う分野に更にはまっていった。


 だが、いつからだろうか?いつの間にか両親の前で歌を披露することは少なくなっていった。特に両親と仲が悪くなったわけではない、音楽が嫌いになったわけでもない。だが、中学、高校と進学し、歳を重ねるにつれ、両親の前で歌うことは減っていき……やがてまったく歌わなくなった。


 といっても歌わなくなったのは両親の前でだけであり、自分の趣味としては、ピアノも作曲も続けていた。変わらず歌もピアノも好きであったし、夢も自分の中で持ち続けていた。


 だからこそ、今回のようなことが起きたのだろう。


 音楽の専門学校に行きたいと言った私に母親はきっぱりと反対の意を示した。私が音楽を続けていることは知っているようだったが、未だに幼いころの夢を追っていたとは思っていなかったのだろう。音楽は趣味として続けていいが、大学は広い選択肢をとれる普通の学校が良いと、そう薦めてきた。


 多分、ショックだったのだと思う。


 幼いころからすごいと、自慢の娘だと音楽の分野で褒められてきた自分が。その褒めてきた母親から直接、音楽は趣味にしなさいと言われたことが。


 母の言いたいこともわかる。将来的に何になるにしろ、普通の会社で働くよりも音楽の分野は不安定である。さらに言うと自分の成績が悪くないということもあるのだろう。通っている高校の偏差値も高く、国立の難関大学も狙える位置にいたのもあった。母親としては、普通に勉強して、進学すればある程度の生活はできるから、という理由があったのだろう。


 顔を埋めていた枕をぎゅっと抱きしめる。


 それは理解できる、理解できるが……。もう少し私の気持ちも考えてくれてもいいんじゃないか。ちょっとくらい耳を傾けてくれてもいいのではないか。

 小さい頃言ってくれたじゃないか。……歌手になれると、そう褒めてくれたじゃないか。


 勿論、その称賛が幼子に向ける誇張したものだとはわかっている。しかし、そう思わずにはいられなかった。


 腹の中で感情が渦巻く。抑えきれない苛立ちと後悔……そして悲しみが。そうして頭の中で問答を繰り返している内に、私を意識を手放していた。




 ―――その日、夢を見た。


 家族と一緒に食卓を囲んで話をする夢を。話した内容は覚えていないが、私も母も楽しそうに笑っていた気がする。


 少し、罪悪感を感じた。

 自分の言ったことに後悔はしていないが、言葉遣いが汚くなってしまったことと……スープをこぼしてしまったことは悪いことをしたかもしれない、と。


 そのときの私は何故か夢を見ているという自覚があり……起きたら謝ろうと、そんなことを思ったことを覚えている。


 だが、結局その思いは果たされることはなかった。


 その翌日、私は“ユキナ”となったからだ。


***



 閉められていた窓掛けの隙間から光が漏れ出る。新たな太陽が登ったことを告げるその光は、私を薄い眠りから目覚めさせる。


 周りを見渡すと既に見飽きてきた部屋。必要最低限の生命活動しかしていないことを示すように、床には物が散らかり、使われていない棚の上には埃が溜まっていた。

 覚醒直後だというのにやけに頭ははっきりしている。眠りが浅かったからだろうか。


 夢を見ていた。ここに来る直前の夢。


 結局、謝ることもできずに私はこの世界に来てしまった。 

 あの後、起きて私を待っていたのは見慣れぬ世界。謝罪ができなかった後悔をする間もなく、生きるために戦いを強要される世界。


 ベッドから立ち上がり部屋の隅に置いてある鏡の前に立つ。そこに映るのは、少しやつれた顔と……見慣れてきた銀髪・・


 この世界にやってきた日、私の身にいくつかのことが起こった。一つ目は不可思議なメニュー画面の出現。『アイテム』『ステータス』といった項目が存在している、ゲームのような選択画面を自由に出せるようになっていた。


 そして二つ目に……容姿の変化。


 鏡の前で髪を手に取る。しばらく手入れを怠っていたせいか少し荒れているが、背中まで届くような艶やかなそれの色は……銀色。

 容姿の変化といっても顔や体系が変わったわけではない。変化したのはこの髪と瞳、そして身にまとう装備だ。直前まで着ていた部屋着は、見覚えのない革製の衣服に、茶色がかった黒色の髪と瞳はガラスのようなシルバーへ。


 当然自分で髪を染めた覚えもなければ、カラーコンタクトをした覚えもない。事実に気づいたのは、宿の鏡で自分の姿を見てからだったが、初めは鏡の前の自分が一瞬誰だかわからなくて悲鳴を上げてしまった。


 何故こんな変化が起きたのかはわからない。身に覚えもなければ、何の説明もないのだ。だが、それを言い出したら、そもそも目が覚めたらこんな世界にいることに疑問を持つべきである。


 結局、あらゆることに疑問は尽きなかったが、すぐにそんなことを考える暇はなくなった。


 戦わなければいけなかったのだ。


「……ッ!!」


 あの時の惨状がフラッシュバックし、思わず声にならない悲鳴が漏れる。


 脳裏に過るのは苔色の装束に身を包んだ骸骨。


 名は≪スケルトン・サーペント≫。スケルトンの名の通り、骸骨の見た目をしたそいつは自身の体の一部であろう骨を武器として使う。獲物である骨は鉄よりも鋭く、洞穴内の岩も楽々と切断するほどである。


 鮮明に焼き付いた骸骨の顔は恐怖の象徴として頭から離れない。


 元々争いごとが好きな性格ではない。習い事は多くやっていたが、武道などはやったことがない。いや、もしやっていたとしてもそれがどれほど役に立ったかわからない。それほどまで命を懸けた戦いというのは違った。


 初めてモンスターと対峙したとき、否応なしに足が竦んだ。武器を振るうどころか敵の姿を目に入れることですら恐怖心がついて回り、戦いにすらならなかった。

 

 そんな自分が生き残れたのは『加護持ち』特有のステータスの成長による身体能力の向上のおかげ…………そして何より一緒に戦ってくれる仲間がいたからに他ならない。それも全員私よりも大人で頼れる人たちが。

 最初の塔からここまで私一人ならとても生きていけなかった。戦力的な部分でもそうだが、それよりも精神的な部分で、だ。


 いくらステータスが上昇し、戦える能力を持ったとしても、それを扱うのは自分自身だ。スキル的な要素もそうだが、常に死と隣合せという状況で自身の精神の手綱を握り続ければならない。それは酷く精神がすり減っていく行為で……だから、絶対に孤独では耐えられなかったと、私は断言できる。


 逆に言えば仲間がいれば、その困難も耐えられると、そう考えていた。


 

 そして、それもまた間違いだと知ることになる。


 油断をしていなかったと言えば嘘になる。塔の攻略にも慣れてきたこと、そして入った洞穴のモンスターが今までと比べ弱かったこと。そのせいで気が抜けていたことは否めない。『加護持ち』と持て囃されて、自分たちの力を過信してしまったというのもあるかもしれない。


 そうして自惚れていたことを後悔したのは、最年長のパーティリーダーを勤めていた男の首が飛んでからだった。


 完全なる不意打ち。まだボス部屋すら辿りついてない時に、薄暗く死角から放たれたそれは、いとも容易く一人の命を奪い去った。


 突然の出来事に誰一人として事態を認識することができなかった。恐怖を感じる間もなかったのだろう、疑問の表情を張り付けたリーダーの生首が足元に転がったのを見たとき、初めてパーティメンバーの一人が悲鳴を上げた。


 そして、混乱しながらも慌てて振り向いた私たちの前にいたのは、苔色の衣を纏った一体の骸骨戦士。


 音もなく現れ、ボスモンスターのカラーアイコンを持つそいつを見てあらゆる疑問に襲われる。

どこから現れた?いつの間にボスの出現エリアに侵入していた?不意打ちとは言え一撃で?


 尽きない疑問とパーティリーダーの死亡という事実でパニックとなった私たちに、戦うという選択肢はもうなかった。

 背を向けて全力で逃げ出す。命を懸けた戦いを経験していた私たちだが、目の前で仲間が命を落とすということは今までなかった。


 だから初めて知ったのだ。命を懸けるということの本当の意味を。


 そこから先はもうあまり覚えていない。

 散り散りになって逃げ出す私達に容赦なく追撃する骸骨。連携も何もなくなってしまった私達にそれを防ぐ術はなく、一人ずつやられていき……そして気づいたら私はボロボロの状態で、一人洞穴の入口で倒れていた。


 生き残ったのは奇跡だったのだろう。ボスと出会った地点がそこまで入口と遠くなかったのか、それとも途中でがむしゃらに使ったアイテムが功を奏したのか。とにかく私は生き残った。


 いや、生き残ってしまった。



 そうして全てを無くした私に残ったのは、常人より少しばかり高い身体能力と……途方もない絶望感。


 仲間を失った悲しみ、自分だけが生き残った罪悪感、そしてこの先への絶望。


 一度は自死も頭を過ぎった。だがそれを選ぶ勇気すらも持てない私は、ただこの部屋で息を殺すように過ごしてきた。 食欲は湧かず、連日見る悪夢のせいで満足に睡眠も取れない。生きるために必要最低限の活動のみをこの部屋で行ってきた。


 とにかく逃げたかった。戦いから、絶望から、……この世界から。


 だがそうするには戦わなければならない。ボスを倒し、ステージをクリアしなければならない。

 しかし、もうそんなことが私に出来るとは思えなかった。

 このステージにあんなに強いボスがいる。しかも一体だけじゃない。その上、頼りになる仲間達はもういない。


 だから、あんな言葉が口をついて出たのだろう。


『どうして君は……戦えるの?』


 問いかけた人の名前も知らない。暗闇で顔もわからなかった。わかっていたのは、声から自分とそう年齢が変わらないであろうこと、その人が『加護持ち』であり……戦っているということだけ。


 信じられなかった。

 こんな曖昧な状況で、世界で、戦い続けられるのが。正気でいられるのが。それもおそらく自分とそう変わらないであろう年齢の子が。


 教えて欲しかった。何故そんなことができるのかを。


 そんなことを考えていると、こんこんと、ノックをする音がした。最初、いつも通り食事を届けに来てくれたのかと思ったが、次いで、扉の向こうから声が聞こえた。


「……今大丈夫?」


「君は……」


 まだ声変わりの最中であろう、少年じみた幼さを含んだ声。返事をするとゆっくりと扉が開く。


 締め切ったカーテンによりシルエットしかわからない。しかし声を聞く限り、足を踏み入れたのは、昨日も話した少年であろう。少年は扉の前に立つと後ろ手に持っていたあるものを取りだす。


「これを届けに」


「……え?」


そうして彼が取り出したのは……長さ一メートルほどの棒状の物。


「それって……」


「洞穴の入口付近に落ちてた。多分君のでしょ」


 ここに置いとく、と言ってそのまま壁に立てかける。暗くてはっきりと視認はできなかったが、私にはそれが何か理解できた。あれは私の武器だ。……あの時、洞穴に落としてきた武器。

 それの意味するところは。


「君もしかして……洞穴に……?」


「……うん。ごめん君のパーティメンバーも見つけたけど……」


 そこで言葉を切る少年に全て理解する。いや、わかってはいた。わかってはいたが、仲間達はもう……。


 何度も考えた可能性。それでも胸に広がる衝撃は確かなものだった。

 幾度となく襲った自己嫌悪が再度渦巻く。あの時立ち向かっていれば。仲間を助けようと動いていれば。


 沈黙が部屋を覆う。少し気まずそうに身動ぎする少年に頭を切り替える。


「……ありがとう。でも気をつけて、あの洞穴にはボスが……」


「ん、大丈夫、あの骸骨のやつはもう倒した」


「……え?」


 一瞬、思考が停止する。あまりに自然に告げられるその事実に惚けた声が漏れた。

 倒した?あのボスを?


「残りのボスも倒しに行くけどもう少し時間かかるかも」


 だから、少し待ってて。続けてそう言うと、少年は背中を向けた。


 その言葉は私には何処か遠い世界の出来事のように聞こえた。


 何故って感情が追いつかない。


 本当にボスを倒したのか、倒したとしたらどうやったのかという疑問。あれ程恐怖し、絶望した敵がもう居ないという気が抜けるような思い。仲間達の仇となる相手がもういないという無力感に似た思い。様々だった。

 そして何より、突如降って湧いた希望に、どういった反応をすればいいのかわからなかった。心も体も。


 何も言えず佇む私の前で扉が閉まる。


 少年が嘘を言ってるとは考えなかった。「あの骸骨のやつ」とは姿を見ていないと出てこない台詞であるし、何よりすぐバレるであろう嘘をつくメリットもない。

 だからこそ、混乱に陥ってしまう。そもそもあの少年は何者なのか?何処からきたのか?パーティメンバーはどこにいるのか?知らないことだらけである。


 しかし、それらを整理する間もなく、もう一度扉は叩かれる。少年が戻ってきたと思ったが、続けて発された声はさらに低い、大人の声だった。



「突然すまない……リヒトから話を聞いてきた。俺の名前はバロウ………リヒトと同じ『加護持ち』だ」


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