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夢幻の塔  作者: ねぴあ
【深雪の塔】
10/19

迷い人

 固く閉ざされた扉。

 それは何の変哲もない木製のドアだ。にも関わらず、周りに重い空気が立ち込めている気がするのは、中にいるものの心情を写しているのか。


 ドアへと続く通路もまだそこまで遅い時間ではないのにも関わらず、静寂に満ちている。ここに辿り着くまでに聞いていた外の喧騒がまるで別の世界の出来事のようだ。


 場所は【スニエフ】内の宿屋。俺の寝泊まる所だけ欲しいという希望にワジムさんが案内してくれた場所だ。そこまで大きなわけではないが、手入れが行き届いた二階建ての小奇麗な建物。その二階の奥の角部屋の扉の前に俺は立っていた。


 目の前の部屋が俺に割り当てられた部屋……ではない。俺の借りた部屋は逆の角部屋である。

 では、誰の部屋かと言うと、先ほど話に出てきたプレイヤーである。


 俺よりも少し前にこの【深雪の塔】に入り、塔の主の一角に挑み……自分を除いてパーティメンバーを全員失ったプレイヤー。ワジムさんによると必要最低限の水や食料を口にしているだけで、ほとんど喋りもしないらしい。

 

 それを証明するかのように眼前の扉の向こうからは物音一つしない。本当に向こう側に人がいるとは思えないほどに。


「……まあとりあえず入るか」


 正直言って入りにくい。とても。

 だが、ここで立ち往生していてもしょうがない、そう思って扉に手を掛ける。ノックはしたし、それでも返事が返ってこない場合は勝手に入って良いと言われている。


 部屋の中はカーテン替わりの暖簾によって閉め切られているため、昼間だというのにかなり暗かった。だが身体能力と共に視力も上がっているおかげで、うっすらとだが中の様子は見て取れる。どうやら部屋の内装は俺の借りた部屋とほぼ同じのようだ。


 入って右手の一番奥にベッド、左手に一人用の机と椅子が並んでいる。そして自然に俺の目線はその部屋の一角――ベッドへと向けられた。


 ベッドの側る小さな机の上に、申し訳程度に灯っているランプがぼんやりと、だが確かにその影を映し出していた。ベッドの上にある、一部分だけ盛り上がっている布団。明らかに不自然とわかる布の中に、人の気配も感じる。


 その気配は部屋に誰か入ってきたのが気付いたのか、布団の中でぴくりと反応した。次いで、恐る恐る俺に声をかけてきた。


「……誰?」


 俺は話しかけられたことに多少驚きながらも、言葉を返す。


「すみません、突然入ってしまって。俺の名前はリヒト。……あなたと同じ『加護持ち』です」


 ゆっくりと聞きやすいように意識して言った。しんとしている室内に自身の声が嫌に大きく響く。しかし、返事はなく、沈黙が部屋に落ちる。


 五秒、十秒と続く静寂に俺は内心溜め息を吐いた。


 この人の境遇は知っている。まあこの塔に来てからの行動だけだが。

 そこから内心を推し量ることは可能だ。だが、果たして何を言えば良いのか。慰めか、激励か、共感か。


 だが、俺はそういった人を優しく慰める言葉をかけることができるような人間ではない。有り体に言ってしまえば、苦手でもあるし、その資格もないと思っている。

 

 そもそも状況を知っているから適切な言葉をかけられるかというと、それは否である。内心を推し量ると言っても、文字通りそれはどこまでも推量であり、俺の勝手な想像でしかない。それに例えその推測が合っていたとしても、どこの馬の骨だか知らないようなやつに知ったような口を叩かれたくないだろう。


「……ないの?」


 心中でそんなことを零していると、小さな、この静かな雰囲気でも耳を澄ませてないと聞こえないほどの小さな音が聞こえた。


「え?」


「……怖くないの?」

 

 主語も目的語もない、支離滅裂な文章。しかし、それが意味するところは伝わってくる。

 

 何が、と聞き返す必要はなかった。見知らぬ土地、見知らぬ怪物、命の危険。いつ、どうすれば帰れるのかわからない状況……そして孤独。それら全てを包括して怖くないか聞いたのだ、彼女は。


 ……ん? 彼女…?


(女の子?)


 今気づいたが、先の問いをしてきた時の声は女性特有の高さと柔らかさを持っていた。幼さ過ぎず、かといって成熟もしきっていないその声を聞く限り、俺とほぼ同じ年齢の少女。


「………ねぇ…」


 そんなことを考えていた俺は当然のごとく、だんまりになり、催促するようにまた声がかけられる。俺は慌てて考え――と言っても最初に聞いた時から答えは決まっていたのだが――目の前の布団に向かって言った。


「怖いよ」


 元々俺は普通の高校生だ。別に武術を習っていたわけでもないし、体格も人より小さい。そんなただの高校生がこんな状況下で怖がらないはずがない。


「なら……どうして?どうして君は……戦えるの?」


 先ほどよりも気持ち大きくなった声が、空気を震わせる。静寂に響くその声色は必死で、迷子が母親を探す様子を連想させた。


 どうして。どうしてか。


 少女の聞きたいことはわかる。ただ戦いを行う場だけを用意され、いつ、どうしたら帰れるかもわからない状況で何故戦うことができるのか。元の世界に帰るという目標があるとしても、そのためのはっきりした手段がない中で、何を拠り所としているのか。


 考えるが、


「……俺に戦う力があったからかな」


 俺が返した言葉はそんな身も蓋もないものだった。


 もう一度家族に会いたいからとか、プレイヤーみんなを助けたいからとか、多分もっと何かあるのだろう。少女が求めているのもそういった前向きで綺麗な理由かもしれない。しかし、事実はそれだ。


 俺にそんな高尚な理由はない。俺がこうして戦えて、生き残っているのはそれだけの力があったからだ。


 別に自分が強いとかそういうことではない。ただ運良くその力を持つことができただけだ。


 それにどれだけ強固な信念があっても、意志が強くても、戦いでは力が全てだ。


「……なら、私はどうしたらいいと思う?」


 その言葉は彼女の迷いそのものだった。

 仲間を失った彼女は迷っている。戦うことを、そしておそらく逃げることすらも。


「……戦える人が戦えば良い。だから、無理して戦う必要はないと思う」


 そんな彼女に俺は熱のない言葉を返す。捉え方によっては彼女を慮ったとも言える内容かもしれないが、実際はただ事実を述べただけだ。


 このゲームのクリア条件は基本的にプレイヤー全員に共有している。塔のクリア条件も誰かがクリアすればよい。だから、そのクリア条件はクリアできる人がすれば……主を倒せるやつが倒せば良いだけだ。


 逃げることは悪いことではない。

 所謂”寄生プレイ”とでも言うかもしれないが、生き残るという点においては、この部屋で布団にくるまっている方がよっぽど賢い選択だ。危険なボスと戦うより、ずっと生き残る確率はあがるだろう。

 

 しかし、だからといって絶対に戦わないことが正解かというとそれは定かではない。


「ただ……この先何があるかはわからない。そのために戦えるだけの力を身につけておいた方が良いかもしれない」


 このゲーム……世界は悪意にまみれている。それこそいるかもわからない創造主の醜悪な笑みを夢想してしまうくらいには。


 よって、今のような戦える人が戦えばよいという状況がいつまで続くかはわからない。もしかしたら強制的に戦う必要が出てくるかもしれない。というか塔によっては戦わざるをえない塔も存在するのだ。


 だから結局――


「自分がしたいようにすればいいよ」


――自分で決めるしかない。人から得られた言葉で、決意で、絶対の幸福が待っていることなんてありえない。


 そんなことを考え、俺は言葉を終えた。臆病で、無難で、無味乾燥な答え。偽りのない本心であり、何の救いにもならない回答。

 俺にはそんなことしか言えなかった。


 少女は何も言わなかった。



***


 宿屋を出ると寒気が体を包む。とはいえ自室に用意されていた外套を羽織っているので、先程までよりはましだ。ワジムさんに感謝である。


小さく吐いた白い息が大気に消えていく様子を見て、思う。


 戦う理由。少女はそれを求めていた。いや、正確には戦う戦わないに関わらず、何かしらの道標、心の拠り所を探していた。

 

 当然である。こんな世界で何の頼りもなく、ただ一人で戦い続けることなど不可能に近い。誰かのために、何かをなすためにと希望を持って挑まないとすぐに折れてしまう。


 それが戦う理由であり、仲間の存在である。


 しかし少女はその支えである仲間を失った。その失意の程は俺が想像できる所ではないが、確実に少女を蝕んだのだろう。孤独はすぐに全身を覆い、身を絶望の底に沈めてしまう。


 だから、希望が必要だ。

 真っ直ぐな目的。そして頼れる仲間の存在。そんな希望が。


 しかし、そのどちらも俺が彼女に与えることは不可能なものである。

 俺ができるのはいつも一つのみ。ただ戦い、結果を持ち帰ることだけだ。

 



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