番外編① 木こりのブッシュドノエル
中学3年生になったましろのクリスマスのお話です。受験モードです。
白雪ましろ、中学三年生は絶賛受験勉強中。
今日がクリスマスだなんて関係ない。目指せ、志望校合格だ。
私は夏のオープンキャンパスで、栗夢高校を見学して以来、受験に燃えに燃えていた。
アクセス良し。進学率良し。そして、部活動とても良しの高校。
特に私は料理部に心惹かれた。地元のお祭に出店したり、学食や地域のレストランとコラボメニューを作ったりといった、楽しそうな活動が魅力的でたまらなかった。
私は休日に叔父さんの《りんごの木》というレストランを手伝っていて、それがきっかけで料理をすることが好きになった。
単純かもしれないけれど、大好きなことが将来に繋がると嬉しいと思うから、受験勉強を頑張っているというわけだ。
ところが、先日の模擬試験の結果がいまひとつだった。判定は、ギリギリ合格するかどうかの危ういライン。この冬休みが勝負だと、中学校の先生は言っていた。
「絶対に合格したい……。絶対……絶対に……」
だから、週1回にまで減らしていた《りんごの木》の手伝いも、ついにゼロ回なった。ほとんど自分の部屋にこもって勉強三昧。部屋から出てくるのは、トイレやお風呂、そしてりんごおじさんとのご飯の時くらいだ。
私のために夜食まで用意してくれるりんごおじさんは、「受験は家族で乗り切るものですから」と、笑顔で応援してくれている。
優しいりんごおじさんのためにももっと頑張らないと――と、思っていたのだけれど。
「ましろさん。今日の晩ご飯は、お店で食べませんか?」
部屋のドアをコンコンコンッとノックして、りんごおじさんが外からしゃべる。手を止めて、「入っていいよ」と告げると、りんごおじさんは穏やかな顔をのぞかせた。
「今日はクリスマスですよ。せっかくですし、どうですか? 息抜きもかねて」
「……行きたいけど、そんな時間ないよ。追い込み中だもん。もっと勉強しないと……。夜はもっと遅くまで……、朝はもっともっと早起きして……」
私はぐすんっと鼻をすすりながら、りんごおじさんが入ってくる直前に裏向けた過去問の答案を睨みつける。
思わず隠してしまったのは、赤ペンの直しがいっぱいだったからだ。悔しくなって、思わず目が潤んでしまう。
「ましろさん」
「いいんだよ。りんごおじさんは、私を気にせずお店に行って。今日、クリスマスだから忙しいでしょ? 早く行った方がいいよ。私は自分でパパッと何か作って食べるよ」
りんごおじさんが安心して仕事に行けるよう、気丈に振る舞う。
だって今日はクリスマスだ。《りんごの木》は予約でいっぱいのはずだから、りんごおじさんは私にかまっている場合じゃないはずなだ。
「りんごおじさんだって大変なんだから、早くお店に――」
「よくありませんね、ましろさん」
突然、りんごおじさんのメガネがギラリと光る。単純に怖い。りんごおじさんの必殺技の一つだ。
「ましろさんは、『木こりと旅人』……、というイソップ物語を知っていますか?」
聞きなれない物語の名前に、私は小さく首を横に振った。
「どんな話なの?」
「ある木こりが、毎日斧で木を切っていました。とても真面目な木こりです。けれど、だんだん日を追うごとに、切れる木の本数が減っていったのです。その様子を見た旅人が、『斧がボロボロだから、直した方がいい』と助言するのですが、木こりは『そんな時間があったら木を切るよ』と断った……、というお話ですよ」
「…………」
私は黙って、刃こぼれした斧で木を切り続ける木こりを想像した。木を切れば切るほど、斧はボロボロ。仕事の時間を延ばしても、悪循環からは抜け出せない。
「今のましろさんは、木こりです」
「えっ」
「根を詰めすぎると、上手くいくものもいかなくなります。受験勉強なんて、なおさらに。効率を上げるためには、メンテナンスや栄養補給が大切です。ましろさん。あなたには、何が必要だと思いますか……?」
りんごおじさんに真っ直ぐに見つめられ、あたたかい言葉が凝り固まっていた胸に沁み込んでいく。
「私は……」
熱いものが弾けたような気持ちになった。
懐かしい。お母さんを亡くしたばかりの幼い私は、心に傷を抱えて《りんごの木》に行った。
その傷を癒やしてくれた、お店で過ごしたあの日が目前に蘇る。
優しいりんごおじさん。面倒見のいいアリス君。頼りになる恩田さん。美味しいご飯。
私にとって、《りんごの木》での時間は何よりも特別だった。
「私……《りんごの木》に行きたい……!」
ぺンを握りしめたまま、手の甲でぐしぐしと涙を拭う。
もがいてももがいても模試でいい結果を出せず、私は《りんごの木》に行く資格をなくしてしまったような気がしていた。合格するまでは我慢しようと、会いたい人たちから勝手に遠ざかっていた。
でも、違う。《りんごの木》は、私をダメにする場所なんかじゃない。そんなこと分かっていたはずなのに。
「りんごおじさん……、お店に行ってもいい?」
「いいに決まっています。みんな、ずっとましろさんに会いたがっていました」
りんごおじさんはニコリと微笑むと、私にダウンジャケットとマフラーを手渡してくれた。
「さぁ。行きましょうか」
「うん……!」
あの時も、今も、りんごおじさんは私を外に連れ出してくれる。
美味しいご飯と笑顔をくれるサンタクロース……、だなんて言ったら、「僕はおじいさんじゃありませんよ」と怒られてしまうだろうか。
「アリス君が、ましろさんのためにケーキを焼いてくれたんですよ。【木こりのブッシュドノエル】だそうです」
「むむっ。木こりぃ? それって大丈夫?」
「きっといい斧で切ったんですよ」
粉雪が舞い散る道も寒くない。おとぎ商店街を歩きながら、私たちはくすくすと笑い合った。




