第49話 願いごと
しばらくすると、屋台に買い物に出かけていたアリス君が戻って来た。
両手に綿菓子、チョコバナナ、カステラ焼きといった甘味をいっぱいに抱えているので、お祭りを満喫してきたように見えるけれど、なぜだかせかせかと焦っていた。
「あちこちでウチの屋台が噂になってます! 小折シェフ太鼓判のかき氷があるぞって!」
「彼女は有言実行してくれますねぇ」
りんごおじさんはアリス君の報告にメガネをキラリと光らせた。
そこからは記憶が飛びそうなほど大忙しだった。
小折シェフの宣言のおかげで、《りんごの木》のかき氷屋台は大盛況。りんごおじさんとアリス君で猛スピードで氷を削り、果物ソースをかけていく。私はお客さんの列を整理したり、注文を聞いたりと、接客に勤しんだ。
そして、知っている顔もチラホラと現れた。
桃奈ちゃんとご家族さん。
「ましろー! 【雪の女王のかき氷】くださいな」
「いらっしゃいませ! 桃奈ちゃん家の果物を使ったソース、大好評だよ!」
アリス君のパパさんとママさん。
「白兎。食べに来たぞ」
「イチゴ味を2つ、くださいな」
「……ん! 分かった!」
金崎虎太郎君とパパさん。
「よ! 白雪っ! 父さんと食うから、スプーン2つ付けてくれ!」
「金崎君! どの味にする?」
大地君と愛華さん。
「うわぁ~、美味しそうだね! 迷うね、愛華さん」
「すみません。大地君にかき氷全種類ください」
「さすが愛華さん。容赦がないですねぇ」
乙葉さんとまゆりちゃん、そして旦那さん。
「ましろちゃん、ヘアセットも着付けも完璧だね!」
「乙葉さんが教えてくれたおかげです!」
アリス君のお友達の堂道君。
「有栖川、がんばってるな!」
「よう、堂道! 絶品だから全種類制覇していけ!」
そして、なんとテレビまで来てしまった!
「は~い、こちらシエラ! 御伽祭を生中継してま~す! めーっちゃおいしそうなかき氷を発見だよ!」
「うわぁ! シエラちゃん! また来てくれたの?」
「ましろちゃん、久しぶりぃ! リピしちゃった!」
ここまで来ると、《りんごの木》への注目はすごかった。次から次へとお客さんがやって来る。
「あわわーっ! 忙しいよーっ!」
「あらあら。嬉しい悲鳴」
私が忙しさに目を回していた時、人だかりの中からひょっこり現れたのは恩田さんだった。私から注文メモとペンをサッと取り上げると、「ここはベテランパートの出番ね」と演技がかった仕草で髪を掻き上げてみせた。
「えっ。恩田さん、どうして……。ご家族とお祭りに来てたんじゃ……?」
「《りんごの木》が大繁盛してるって小耳に挟んでね。旦那と子どもたちも、手伝いに行った方がいいんじゃない? って。ほら、私がいたら、店長とましろちゃんがお祭りを見て回れるじゃない」
恩田さんの言葉に私は目を見開いた。
実は私はお祭りの出店を見て回りたいと思っていたけれど、お店が忙し過ぎて言い出せずにいた。だから、恩田さんの心遣いが嬉しくてたまらない。
「お礼は一家ディナーご招待でいいわよ、店長」
「喜んでお招きします」
りんごおじさんは恩田さんに深々と頭を下げると、しゅるりと赤いエプロンの紐を解いた。エプロンの下は若草色のゆったりとした浴衣で、りんごおじさんにとてもよく似合っていた。
「たっぷり楽しんでね」
「店長にいっぱい奢ってもらえよ~、ましろ」
「ありがとう! いってくるね!」
頼もしい恩田さんとアリス君に見送られ、私とりんごおじさんはお祭りの人混みに繰り出した。
***
賑やかな屋台通りは、夜が深くなるほど人が多くなり、美味しい食べ物の匂いも濃くなっていく。
たこ焼き、ソースせんべい、牛串など、お祭りならではのB級グルメの香りに思わず頬をほころばせながら、私はりんごおじさんの隣を歩いていた。
人が多いけれど、はぐれないように手をつなぐのは恥ずかしい。だから、りんごおじさんの浴衣の袖をきゅっとつまんで歩いていた。
「すっごくワイワイしてるね」
「そうですねぇ。観光客の人もたくさんいるようです」
「ねぇねぇ、たこ焼き半分こしよう?」
「いいですよ。美味しそうですね」
「見て見て! 冷やしたい焼きだって!」
「面白いですね。買っちゃいましょう」
「くじ引きしたい……。ゲーム機当たるかも」
「う~ん。その確率はしぶいですね」
同じ景色を見て、2人で食べて、2人で笑う。
他愛もない会話が愛おしくて、心が踊った。
いつか私が大人になった時に覚えているかは分からない。けれど、忘れずにいたいと思える時間だった。
「ましろさん。ここが土地神様のいらっしゃる神社ですよ」
おとぎ商店街を抜けて、小さな神社の前に来ていた。いつもはひっそりとしていて通り過ぎてしまうような場所だけれど、今日はたくさんの赤い提灯の明かりに照らされ、たくさんの人が集っている。
「御伽ノ天月様という、食を司る神様らしいですよ」
「へぇ。願い事を聞いてくれるっていう?」
「古い時代は、豊作を願うという意味だったようですが……。今はもっと自由でいいようですね」
私たちはせっかくだからと、参拝していくことにした。
賽銭箱にお賽銭を入れて、一礼だった二礼だったか分からなくなったので、自身のない動作はりんごおじさんの真似をした。そして目をつぶり、静かに手を合わせた。
御伽ノ天月様、お願いします──。
「りんごおじさん、何をお願いしたの?」
境内から出た後、りんごおじさんの高い位置にある顔を見上げた。
すでに空は濃い藍色に染まっていて、明るい満月が私たちを照らしていた。その優しい光の中を2人で並んでゆっくりと歩んで行く。
「内緒ですよ。お願い事は、口にしたら叶わなくなってしまいますから」
「じゃあ、私もナイショ! さぁ、《りんごの木》に戻ろう! みんなが待ってる!」
「あっ! ましろさん、待って!」
私は「ふふっ」と小さく笑うと、りんごおじさんの手を取り、ぐいっと引いて駆け出した。2人分の下駄の音がカランカランと軽快な音を立てる。
(りんごおじさんと、これからもずっと『家族』でいられますように――)




