第48話 雪の女王のかき氷
カラフルな提灯が夜空を彩る御伽祭り。
歩行者天国となった御伽町の各通りは、まるで人の川のようだった。普段、ゆったりまったりとしたおとぎ商店街も例外ではない。浴衣や甚平姿の人々が通りを絶え間なく行き交い、賑やかな顔を見せていた。
立ち並ぶ屋台からは、肉の脂が焼ける香ばしさや、食欲をそそるソースの甘辛い匂い、よく冷えたビールやジュースの炭酸の弾ける音などが広がり、夏の湿った空気に混じる。
私たちの《りんごの木》のかき氷屋台も、そういった店に混じって元気に呼び込みをしていた。
「いらっしゃいませ! 【雪の女王のかき氷】、いかがですかぁッ⁉」
今日の私は、紺地に紫色の紫陽花柄の浴衣。頭はお団子ヘアにした。以前から着付けとヘアセットを乙葉さん習い、自分でもたくさん練習したので、ばっちり成果を出すことができた。
赤色のトンボ玉の簪は、りんごおじさんからのプレゼント。りんご飴みたいで可愛い。
私がお店の前で、手持ちの看板を掲げて飛び跳ねていると。
「可愛い店員さん。ごきげんよう。キウイ味のかき氷を頼むよ」
王子様のように爽やかな声がして、ドキッとしてしまう。振り返ると、赤と黒のレトロモダンな浴衣を纏った小折シェフが立っていた。周囲がハッと息を吞むほどかっこよく、実際、《りんごの木》の屋台の周りには彼女に釘付けになっている人々がたくさんいた。
「こっ、こんばんは!」
「元気そうでよかったよ。あの日の君が悲しそうな目をしていたから、心配だったんだ」
台詞回しまでイケメンだ。
私が「ありがとうございます。おかげさまで、もう大丈夫です」を頭を下げると、小折シェフは安心したように頷いた。
けれど、気がかりがあったのは私の方だ。
「小折シェフ、ごめんなさい。あの日、りんごおじさんとのデートだったのに……。私のせいで台無しになっちゃいましたよね。えっと……、告白が……」
ちょっと背伸びをして、ひそひそと小折シェフに耳打ちした。
けれど、腰を屈めて聞いてくれた小折シェフは、予想外に「ぷっ!」と吹き出した。お腹を押さえて、笑いを必死に堪えている様子だ。
「えっ! なんで⁉」
「あはは……。すまない、お嬢さん。そんな勘違いをさせていたなんて。……凛悟君。姪っ子さんのなかで、私は君に首ったけらしいよ」
「それはお断りの状況ですねぇ」
小折シェフは屋台で氷を削っていたりんごおじさんに近づくと、ぺしぺしとその背中を叩いて笑い続けている。りんごおじさんは眉毛をハの字にして苦笑いだ。
「えーっ⁉ 2人はそういう関係じゃなかったの⁉」
「僕と花衣里さんは、同じ料理の専門学校の同期で、フランスでも同じお店で働いた仲です。でも、恋仲ではないですよ。決して」
「あぁ。私と凛悟君の関係は、戦友やライバルといった表現が相応しいかな」
りんごおじさんと小折シェフが説明をしてくれた。りんごおじさんの「決して」は強めだ。
「でも、あの名刺のメッセージは? 『約束の場所』で『君を手に入れてみせる』ってやつ! 告白じゃないの?」
「面白い発想だ。それはね、私が凛悟君を東京の店に引き抜くための、料理勝負の話なんだ。場所は私が管理しているクッキングスタジオ。季節ごとにあそこで勝負をするのが、私と凛悟君の約束なんだ」
「勝負ぅッ⁉」
そういえばりんごおじさんと小折シェフの待ち合わせ場所――クリーム色の壁の建物は、料理教室の入ったビルだった。まさかあそこが……と、私の目はまん丸になった。
「フランス時代は、凛悟君に歯が立たなくてね。コンクールもずっと凛悟君の独り勝ち。私は万年2位。ようやく優勝した時には、凛悟君は日本に帰ってしまっていた。だから日本で決着を付けなければ、とね」
「なにそれぇ。あんな紛らわしいメッセージで、そんな大変な約束を? りんごおじさん、負けたら困るじゃん!」
「まぁ、僕は負けませんから」
さらりと言ってのけたりんごおじさんは、小折シェフに「ですよね?」といたずらっ子のような目配せをした。
「たしかに先日も私が敗北を期したけど、来季こそはリベンジするよ」
あまり残念そうにもしていない小折シェフは、りんごおじさんからキウイ味のかき氷を受け取っている。
かき氷はふわふわの口どけの氷の上に果肉たっぷりの特製ソースがかかっていて、キラキラと美しい見た目だ。実は、氷の中にもカットされたキウイが入っていて、二度楽しめるようになっているというお楽しみまである。
「いいねぇ! 甘さと酸味のバランスが絶妙だ」
「イチゴとパイン味も作りますね」
「りんごおじさん、いくらなんでもひとりで3つは無理じゃない?」
りんごおじさんにしては、めずらしい冗談だと思ったのだけれど、違っていた。りんごおじさんは大真面目だった。
「料理勝負に負けた花衣里さんは、全味のかき氷を食べながら、お店の宣伝をして回るという任務があるんですよ」
「お腹を壊したら、凛悟君のせいだよ」
「うちの食べ物でお腹は壊れませんよ?」
小折シェフを見つめるりんごおじさんの目は、笑っているけど笑っていない。
「ははは……。分かっているさ。残りの味は、商店街を一周してから食べに来るから。私が宣伝したら、お客が倍増するから覚悟しておくんだね!」
爽やかな捨て台詞を残して、小折シェフは去って行った。風というか、竜巻のように豪快な人だ。
彼女の背中を見送るりんごおじさんの唇は、愉快そうに弧を描いている。
私の知らないりんごおじさんだ。以前なら、そんな姿を見る度に心がざわざわしただろう。けれど今は、りんごおじさんの新しい一面を知れることが嬉しかった。
「料理勝負、これからも絶対に勝ち続けてよね!」
私はツンと澄ました態度を取ると、りんごおじさんは「はい。もちろん」と、大きな手で頭を優しくなでてくれた。




