第41話 小折花衣里のラブレター
8月の御伽町は、ある大きなイベントに向けての準備で忙しい。
「御伽祭といって、土地神様にお願いごとをするお祭りがあります」
「大通りが歩行者天国になってさ、脇に出店がいっぱい出るんだ。すげぇ楽しいぜ」
定期ミーティングで、りんごおじさんとアリス君が説明してくれた。
ホールのテーブルを引っ付けて、店員4人でぐるっとそれを囲む。冷たい緑茶と水ようかんをお供に、私たちはお祭りについて話し合っていた。
「うちは今までは出店したことがなかったのですが、今年はアリス君とましろさんがいるのでやってみてもいいかなと」
「私は子どもと買いに行くから頑張って!」
恩田さんは「意見だけは出しますから」と、グーサインをしてみせる。恩田さんがお祭りの日にいないのは寂しいけれど、お子さんに会えるのも楽しみだ。
そして、議題は何の店をやるかだ。
「はい! かき氷がいいです!」
私は真っ直ぐにピンと手を挙げた。
「お祭りといえば、絶対にかき氷!」
「かき氷って、氷にシロップかけるだけでしょ? 私、損した気分になるから、あんまり買わないんだけど」
「違うよ、恩田さん! 最近のかき氷はすごいんだよ!」
「それは言えてるっす」
アリス君は手早くスマートフォンで画像を検索し、有名店のかき氷を紹介してくれた。
果物やアイスクリームがのったカラフルなもの、餡子や白玉など和の素材満載のもの……今どきはおしゃれできれいなトッピングをまとう、まるで芸術作品のように美しいかき氷がたくさんあるのだ。
「見た目のインパクト重視のかき氷も多くて、SNSにアップする人も増えてます。パフェにも負けてないですよ」
「あら、ほんと。いいじゃない」
「僕もいいと思います。かき氷。今年のデザートメニューのために、かき氷機も買いましたし」
りんごおじさんも頷き、全員意見が一致した。今からわくわくが止まらない。
「じゃあ、御伽祭はかき氷をやるぞーっ!」
私が拳を天井に向かって突き上げると、りんごおじさん、アリス君、そして恩田さんも「オーッ!」と笑いながら拳を掲げた。
***
「ましろさん、【浦島太郎の漁師飯】、【マッチ売りの少女の七面鳥ランチ】を奥のテーブルにお願いします」
「はーい!」
御伽祭りまで、あと10日。私はかき氷屋さんをするのを楽しみにしながら、《りんごの木》の給仕を手伝っていた。
日曜日なので子連れのお客さんが多く、ランチタイムはあっという間に満席になった。店内はとてもにぎやかだ。子供用の食器を買い足しておいてよかったという会話をりんごおじさんとも交わしたところだ。
そんな中、30代前半くらいの女の人が来店した。さっぱりとした黒のショートヘアで、細身のパンツをかっこよく履きこなすきれいな人だ。背が高くてスラッとしていて、身のこなしが王子様みたいでキラキラして見える。
(わわわ……なんか俳優さんみたい……)
「も、申し訳ございません。ただいま満席でして……。こちらでお待ちいただけますでしょうか」
私がドギマギしていると、その女性は店内にチラリと視線を向けた。「大盛況だね」と感心した様子の声は、ハスキーで中性的な感じがした。
その人は残念そうに微笑むと、長い脚を折りたたんで屈んだ。私の目線に合わせてくれたのだと気づいた時には、黒くて大きな瞳に見つめられていた。
「また出直すよ。ねぇ、君。これをシェフに渡しておいてくれないかい?」
「えっ? は、はい……」
「ありがとう。よろしくね。私は《かがみ屋》に泊っているから」
女の人はすくっと立ち上がると、颯爽とお店を出て行った。まるで、夏に窓を吹き抜ける風のようだ。
私は彼女から手渡された小さな紙切れを見下ろした。マットな素材のグレイの紙には、人の名前とお店の名前、そして住所が記されていた。
「なに? 名刺?」
「うん。《かがみ屋》のお客さんみたいだよ」
こちらを気にしてくれていたのか、アリス君は素早く歩いてやって来て、名刺をのぞきこむ。そして、彼は眉を跳ね上げて声を裏返らせた。
「小折花衣里じゃん!」
「誰?」
私がきょとんと首を傾げて尋ねると、アリス君は名刺の下に書いてあるカタカナを指で何度もなぞった。
「《テーブル・ディ・エスポワ》! 今、東京で一番人気のフレンチレストランのオーナーシェフ!」
「わぁ! すごい人なんだね!」
「すごいなんてもんじゃねぇよ。フランス料理のコンクールで3年連続で入賞。2位だったかな……、んで去年はついに1位を取った、実力が右肩上がりのシェフなんだってさ。しかも、イケメンだっつって女性人気がめちゃくちゃすごい」
「アリス君、詳しいね」
「旅館に予約が入った時に、親父と調べたから」
なんだかんだ、アリス君はパパさんとは仲良くやっているらしくて安心だ。
それにしても、そんな今をときめくシェフが、小さな町のレストランの店長に名刺を渡してほしい、だなんて。
「りんごおじさんと知り合いなのかな?」
「そうみたいだ。裏にメッセージが書いてある」
名刺の裏には、手書きでメッセージが書かれていたのだ。
『親愛なる凛悟君へ。明日の15時、約束の場所で待っているよ。必ず君を手に入れせみせるからね』
「えぇっ⁉ ラブレター⁉」
「に、見える!」
目玉が飛び出す寸前だった。私たちは2人で顔を真っ赤にして、あわあわと名刺を押しつけ合った。とてもキザな文面だけれど、これは告白のためにりんごおじさんを呼び出している内容としか思えない。
「マジかよ! 小折シェフが店長に?」
「分かんないよぉ。ねぇ、これって、勝手に見てよかったのかな……」
「ましろさん、アリス君。何を騒いでいるんですか?」
さすがにうるさかったのか、りんごおじさんがキッチンから飛んで来た。そして、件の名刺に目を留めた。
「それは?」
「えっと、さっき来た人が、りんごおじさんに渡してって」
「……なるほど」
名刺を手渡すと、りんごおじさんの目がわずかに大きく開かれた。驚きと嬉しさが入り交じったような表情だった。そして、名刺の裏を見る。
「見ましたか、裏」
ジロリと、りんごおじさんの視線が突き刺さった気がして、私とアリス君は縮み上がった。メガネが光っていて怖い。
「みっ、見てません!」
「見てないっす」
「そうですか。なら、いいです。さぁさぁ、仕事に戻りますよ~!」
ちぎれそうになるほど首を横にぶんぶんと振ってると、りんごおじさんはにっこり笑って名刺をエプロンのポケットにしまった。意味深な笑顔が恐ろしく、後ろ姿を震えながら見送った。
やはり、勝手に見るべきものではなかったのかもしれない。けれど、見たからには気になってしまう。
残された私とアリス君はテーブルを片付けながら、小声で会話を再開させた。
「怪しかったね、りんごおじさん。約束の場所って、どこなんだろ? この町に思い出の場所でもあるのかな」
「……まぁ、いいじゃん。忘れとこうぜ」
「えー、なんで?」
「店長もあぁ言ってたしさー」
ここに来て、アリス君が急にトーンダウンした。悩ましげに眉を寄せながらお皿を回収している。さっきまで盛り上がっていたのにどうしたんだろうと、私は不思議で仕方がなかい。
「ま、気にするなよ」
アリス君は造り笑顔を浮かべて、私の頭をくしゃくしゃとなで回した。




