第40話 ヘンゼルとグレーテルのお菓子の家【有栖川白兎】
スーパーで買い物をしてから、《りんごの木》にやって来た。
オレは店長から合鍵を持たせてもらっている。店が休み日にキッチンを使って、スイーツの試作や研究をしてもいいと言われているのだ。今日はちょうど木曜日の定休日だ。
シン……と静かな店内に入ると、堂道は遠慮がちに内観をきょろきょろと見回した。ワインレッド色のカーテンやこげ茶色のテーブルや椅子を見て、「こじんまりしてて、落ち着く感じの店だな」とつぶやくような感想を漏らしている。
だが、店が小さいからといって侮ることなかれ、だ。
オーナーシェフの白雪店長シェフが作る料理の味は、高級店に引けを取らない。かと思えば、懐かしい家庭の味も感じられる。子どもから大人まで、老若男女が虜になる魔法のような一皿が、この《りんごの木》にはたくさんある。
ちなみに店長は料理だけでなく、製菓も達人の域。
去年、気まぐれにぶらりと店に寄ったオレが、食後のデザートを食べた後にパティシエを目指したくなってしまうような美味しさだった。
大袈裟かもしれないが、価値観を変えてくれるような体験ができる店なのだ。
(――で、そんなすごい店のすごい店長から、教わってるのはお菓子の作り方だけじゃなくて……)
「わくわくできるお菓子の家、建設するぞ!」
オレはホールのテーブルの上に、買ってきた材料をずらりと並べた。
「板チョコ、チョコレート菓子数種、チョコペン、ウエハース、ビスケット、マシュマロ! よし、やるぞ!」
「おぉ~! 有栖川のライブキッチン? すげぇ、楽しみ」
「お前も一緒に作るんだよ。ホラ」
オレがビスケットの袋を開けるように指示すると、堂道は「ボク、不器用なんだよね」と、唇を尖らせる。
「ボク好みのでっかい家にしてくれよな。二階建てで屋根裏部屋がないと」
「有栖川建築に任せろ」
土地は白い大皿。ビスケットを温めたチョコペンのチョコで接着し、壁を組んでいく。ドアは板チョコ、屋根はビスケット。カラフルなマーブルチョコレートで要所要所を飾る。
「やべ、楽しい……」
こだわり出すと止まらない。本当は手作りのクッキーで作りたかったが、それは次回挑戦してみよう。
いつの間にか椅子でうとうとしている堂道そっちのけで、オレは作業に集中していた。
そしてこれまたいつの間にか。気付けば、小学生の女の子がそばでヘクセンハウス作りを眺めていた。
「アリス君、すごいね! お菓子の家?」
「おわっ! ましろ!」
驚いてひっくり返りそうになってしまった。よほど周囲が見えていなかったらしい。
白雪ましろは淡い紫色のつるつるしたリュックを背負っている。最近の女の子には紫色が人気なのだと、以前本人が教えてくれたことを思い出した。
「なんでいるんだよ!」
「読書感想文書こうとしたら、本をバックヤードに忘れちゃってて。そしたら、キッチンからアリス君の独り言がぶつぶつ聞こえたら」
「独り言? オレ、何言ってたんだろ。記憶ねぇわ……」
変なことを口走っていないだろうかと不安になったが、ましろはそんなことはおかまいなしだった。目の前のお菓子の家に興味津々で、キラキラした目でソレを見つめている。
「絵本から飛び出して来たみたい……」
「……一緒に作るか?」
なんて可愛いことを言うんだろう。
胸がむずむずしてきたので、オレはそう提案した。なんとなく、ましろを喜ばせたくなったのだ。
「いいの? やったー!!」
ましろはその場でぴょんぴょんと飛び跳ねた。ランドセルの中身がゴンゴンッと厳つく揺れる音がして、オレは思わず吹き出してしまう。
早く家に帰さないと店長が心配するかもしれないので、オレはサッとメールを送信した。店長は休みの日は家のキッチンで新メニュー開発に没頭するが、ましろ関係となると返信が早い。きっとすぐに気づいてくれるはずだ。
その間に、ましろはうとうとと居眠りをしていた堂道に挨拶をしていた。
「アリス君のお友達さん、初めまして。白雪ましろです」
「ど、どうもご丁寧に。堂道翼です」
目覚めたばかりの堂道は、いつの間にか現れたましろに目を丸くしていた。ずれたメガネを押し上げ、慌てて居住まいを整えている。
「なるほど。君が噂のましろちゃんね」
「噂? アリス君、変なこと言ってないよね⁉」
「お前がドジでミスばっかりって話はしてる」
「わーっ! ひどいよー!」
ましろはオレの背中をぽかぽかと丸めた拳で叩いてくる。もちろん嘘だが、こういう反応が面白くて、度々からかいたくなってしまう。
そして3人でわちゃわちゃと作業をしているうちに、立派なお菓子の家が完成した。
屋根はウエハース、壁はビスケット、装飾にはカラフルなチョコレートに、ふわふわのマシュマロ。要所要所のホイップクリームは、お店のものを買い取ってたっぷりとしぼった。
「これは……夢にまで見たお菓子の家!」
「有栖川、マジ天才」
「うわ~い! おいしそう!」
壊すために作られるなんて、悲しい。けれど、見た目も味も愛おしいのがお菓子の家だ。
「よいしょーっ!」
「えーいっ! いただきまーすっ!」
堂道は屋根をはがし、ましろはポキッとえんとつをもぎ取っている。容赦がない。
「よし、オレも!」
2人を見習って、お菓子の家の壁をパキンっと折り取って口に入れた。お菓子の家を作ったという達成感と、馴染みのある市販菓子の美味しい味が混ざり合い、満足感もひとしおだ。
(うまい! 止まんねぇ! ヘンゼルとグレーテルが食べまくる気持ちがよく分かる)
「どうしよう。晩ご飯が入らなくなっちゃうよ」
「店長のメシはうまいから、どうせ食えるだろ。あーあ。ましろ、でぶルートまっしぐらだ」
「やだやだ! 困るよーっ!」
ましろをいじるのは、とても楽しい。反応が面白くて、かわいい。
(妹って、こんなかんじなのかな)
「お兄ちゃんってこんな感じなのかな」
ふと、ましろが言ったひと言に、オレの胸はぴょこんと跳ねた。
「おっ! いいじゃん。有栖川がヘンゼルで、ましろちゃんがグレーテルだ」
「でもヘンゼルは魔女に捕まっちゃうよ?」
堂道とましろの会話でハッと我に返った。我ながら、照れくさいことを考えてしまっていた。
「オレなら、グレーテルを守るぜ。んで、悪い魔女を倒す!」
「わぁ。心強いヘンゼルだね」
オレもましろの家族になっていいのかな――そんなことを思った夏の日だった。




