第39話 お菓子がなければ【有栖川白兎】
「有栖川って、妹いるの?」
気絶しそうになるくらい暑い、駅近のカフェの真夏の行列にて。
ふと思い出したかのように尋ねてきたのは、同じクラスの堂道翼だ。
堂道はオレが家出した時に下宿のアパートに泊めてくれていた友達で、スイーツを食べに行く仲間だ。
見た目と言動は、ちょっとお堅い優等生っぽい。爽やかな黒髪の短髪に賢そうな四角いメガネ。放課後にカフェにいるよりも、図書館に直行しそうな雰囲気があるが、これで恐ろしい甘党と大食いヤロウだ。
正直、世の中は高校生男子一人では入りずらいスイーツの店が多い。店やメニューが可愛かったり、お客が若い女性や主婦層中心だったり……。
もちろん食べる権利は誰にでもあることは分かっているが、思春期男子は悪目立ちするとちょっと恥ずかしくなってしまう年頃だ。
でもオレは将来のためにスイーツの研究がしたい。そんな話を友達に溢したら、堂道だけが快く「じゃ、ボクが一緒に行く」と言ってくれた。それ以来、コイツとオレは『菓子友』だ。
「は? 妹? いないけど、なんで?」
オレはくわぁ……と、あくびをしながら堂道を見つめ返した。
オレは生粋の一人っ子だ。だからこそ《かがみ屋》の跡取り問題ですったもんだしたわけで、妹なんていなかった。
「いや、こないだ小学生くらいの女の子といるとこ見たからさ。商店街のお茶屋で、ソフトクリームを食べてなかったか?」
「あぁ。あの限定抹茶ソフト、めちゃくちゃ美味かったんだよ。すっごくお茶の香りがよくて、くちどけも風味も最高で――」
「まぁ、ソフトクリームはいいんだよ。今度行くから。……じゃなくてさ」
堂道が呆れた笑いを漏らし、オレは「あー、ハイハイ」と頷いた。
オレとスイーツを食べに行くのは、堂道だけじゃない。白雪ましろもそうだった。
「それ、バイト先の店長の姪っ子。ましろは店の手伝いしてて、オレが接客の指導してんだよ。素直でいい子なんだ」
ましろはたまに失敗もするが、お客さんのために一生懸命になれる子だ。最近は、接客も堂々としていて、無邪気な笑顔もお客さんたちから好評だ。季節のメニューが切り替わっても、ちゃんと名前や説明も覚えてくるし、本当に、えらいと思う。少なくとも、オレが小学生の時は、そんなことやろうと思ってもできなかっただろう。
「へぇ、可愛がってるんだなぁ」
「まぁな。できた妹分だよ」
ましろのことを「妹分」と勝手に言い切ってしまったが、向こうが自分のことを兄のように思ってくれていたら嬉しいなと思う。時々生意気な口も利くが、「アリス君、アリス君」と仔犬みたいにじゃれついてくるのは素直に可愛い。
ちょうどその時、カフェの店員さんが外に出て来た。
「おっ! いよいよオレらの番か?」
「申し訳ございません。本日の限定ヘクセンハウスは完売となりまして……。今のお客様で終了とさせていただきます」
店員さんの衝撃の発言に、オレはピシリと固まった。「マジかよ! ここまで並んだのに⁉」と、膝から崩れ落ちてしまった。
お目当ての「限定ヘクセンハウス」とは、北海道の最上級のバターと小麦粉をふんだんに使ったビスケットやベルギー産のチョコレートなどを用いて作られた、高級で可愛いお菓子の家だ。
予約不可のお店と聞いたので、勇んで列にならんでいたのだが、まさかおやつ時を待たずに売り切れてしまうなんて……。
「お菓子の家、相当な人気物件だったんだな。午前中狙わないときつかったかぁ……。今度、夏期講習がない日に来てみるか?」
「いや……ダメだ。オレは今日食べたい。持ち越しなんてできない!」
「でも、もうなくなったて……」
「堂道、行くぞ!」
「へ? どこ行くんだよ⁉」
地面からすくっと立ち上がったオレは、堂道を大きく手招きしながら走り出した。
オレの辞書には、こう書いてある。
「スイーツがないなら、作ればいいだろ!」




