第38話 人魚姫のウェディングケーキ
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一時間ほど経ち、バックヤードとお店をつなぐ扉がゆっくりと開いた。
お店のメンバー、乙葉さんと乙葉さんの旦那さん、大地君と愛華さんが、割れんばかりの拍手で新婦さんを迎えた。まゆりちゃんは拍手はできないけれど、乙葉さんに抱っこされたまま、にこにこ笑っていた。
拍手の音にびっくりしながら扉をくぐるおばあちゃんは、とてもきれいだった。
ゆったりとした純白のワンピースは、袖がレース生地、裾はふわっと自然に広がっていて上品な印象。髪はローシニヨンというスタイルで、低い位置で髪をくるりとまとめている。そして髪飾りは小さなヒマワリ。
「おばあちゃん、すっごくきれい!」
私が声をかけると、おばあちゃんは「茶化すんじゃないよ……っ」と照れた表情でおろおろとしていた。
「ましろがドレスコードだって言うから、着替えたのに。このたいそうな状況は何だっていうの?」
「結婚式だよ!」
「結婚式?」
私は目を丸くするおばあちゃんに駆け寄ると、その手をぐいっと引いた。
ホールの真ん中に作った通路を2人で一歩一歩と歩いていく。本当は父親がする役割だとは聞いていたけれど、《りんごの木》流結婚式だ。孫の私が隣を歩いたっていいだろう。
私は短いヴァージンロードの先に待つ、おばあちゃんのことを一番大切に思っている人と視線を交わした。
(がんばってね)
「アンタ……どうして」
おばあちゃんが、おじいちゃんの顔を見てつぶやいた。
「ばあさん。いや……、海子さん」
おじいちゃんは、照れくさそうにしながらおばあちゃんの名前を呼んだ。
おじいちゃんの長年着ていなかった黒のスーツには、ちょっとシワが寄っている。けれど、胸にはおばあちゃんの髪飾りと同じヒマワリの花のブートニアが刺さっていた。ステキな花婿さんだ。
「大事な結婚記念日……覚えておったよ。海子さんを驚かせようと、忘れたフリをしていたんだ。上手くはいかなかったが……」
おじいちゃんは少し手間取りながら、スーツの内ポケットからシックなブルーの小箱を取り出した。パカッと蓋を開けると、そこにはおじいちゃんからのサプライズプレゼント──、キラキラ光る石があしらわれた銀色のペアリングが収まっていた。
「すまんかった。これを渡したかったんだ」
「一悟さん……!」
「これまでたくさんの幸せを2人で分かち合ってきた。子どもたちが生まれ、成長を見守り、孫にまで恵まれた。つらいことも悲しいことも……海子さんがいたからなんとか受け止めることができた」
じんわりと、おばあちゃんの瞳が潤んだ膜を張った。後ろの席で額に入ったお母さんの写真を膝に乗せているりんごおじさんを見て、ぐすんっと鼻をすする。
お母さんは絶対、おじいちゃんとおばあちゃんが落ち込んでいることも、喧嘩をしていることも喜ばない。ずっと仲良く笑っていてほしいと言うだろう。
「……これからも、わしの隣には海子さんがいないと困る」
おじいちゃんは、おばあちゃんに手を差し伸べた。
「おばあちゃん。指輪、はめてもらいなよ」
「ましろ……」
私はそわそわと落ち着かないおばあちゃんの背を優しく押した。
おばあちゃんは零れそうになっていた涙を指の先で拭うと、こくんと頷きながらおじいちゃん隣に立った。
おじいちゃんとおばあちゃんは、今まで見たことがないくらい、とても幸せそうに笑っていた。
「お母さんも天国から見てるといいな」
りんごおじさんの隣の席に戻った私は、希望を込めてそうつぶやいた。りんごおじさんはそっと私の肩を抱き寄せ、「そうですね。きっと見てくれていますよ」とメガネの奥の目を細める。
その視線は、おばあちゃんの左手の薬指で光る指輪を捉えていた。
「僕の店で父さんと母さんが笑い合っているなんて、なんだか不思議です。ましろさんのおかげですね」
「夫婦喧嘩がきっかけっていうのは困るけどね」
「たしかに」
りんごおじさんが口を開きかけた時、「さぁ、それでは!」と張り切った声がお店に響き渡った。司会進行と勤める恩田さんだ。
「お待たせしました! 《りんごの木》パティシエ特製、【人魚姫のウェディングケーキ】です!」
アリス君がワゴンに乗せて大きなケーキを運んで登場すると、「わぁ」という歓声が上がった。
スポンジが二段重ねの大きなケーキで、真っ白のクリームが波のように美しくデコレーションされている。パイナップルやオレンジ、マンゴーなどのトロピカルフルーツがたっぷり盛りつけられ、側面は貝殻や魚を模したかわいいクッキーで彩られていた。
「可愛い~!!」
「だろ、ましろ? 海子さんの名前にちなんで、海のデコレーションにしてみたんだ」
「あらぁ! すごいわぁ! 食べるのがもったいないわ! 食べるけど」
おばあちゃんのリアクションで、会場は一気に和やかな空気になった。
手作りの結婚式は、みんなのおかげで大成功だ。
私と恩田さんが中心になって準備した、真っ白なテーブルクロスやぴかぴかに磨いたシルバーの食器。席に1枚ずつ設置しているのは、手作りのメニュー表。
華やかな卓上花とブーケとブートニアは、大地君と愛華さん。きれいなヘアメイクは乙葉さん。
和と洋を折衷させた特製のディナーは、もちろんりんごおじさん。
おじいちゃんもおばあちゃん向けに、コース料理は品数と量を絞ってあるらしい。チキンと海藻のサラダ、ゴボウのポタージュ、柔らかい白パン、お魚のステーキ。どれもこれも美味しいと大評判だ。
私は飲み物や料理を運びながら、協力してくれた人たちにお礼を言って回った。
「大地君、愛華さん。きれいなお花をありがとう」
「とても楽しそうだからね。お手伝いできてよかったよ」
「ふふっ。私たちも《りんごの木》さんで結婚式させてもらう?」
パンのおかわりを持っていき、大地君のお皿にもりもりと積み上げていると、愛華さんがいたずらっぽく口の端を持ち上げた。大地君はびっくりしてジュースをこぼしそうになっているけれど、満更でもない様子で照れている。どうやら、仲は順調なようだ。
「自分の結婚式を考えるのって楽しそう」
「ましろちゃんにはまだ早い!」
「慌てなくてもいいんですからね……! まだまだここにいたらいいですから!」
独り言のつもりだったのに、おじいちゃんとりんごおじさんの声が飛んで来た。地獄耳すぎて、びっくりしてしまう。
「もうっ! 過保護なんだから!」
恥ずかしくなって、ぷいっと顔を背けたけれど、心の中ではちょっと嬉しかった。
家族から大切に思われていること。居場所があるということ。
それが分かった、素敵な晴れの日だった。




