王族というやっかいなもの
ピオニアの声が真摯に響く。
「全ては私が悪いの。あなたにきっと誤解させた。あなたが無理強いしないのをいいことに、手紙には辛辣なお断りを書いても、顔を合わせたら今みたいに仲良くおしゃべりしてしまっていた。兄のように信頼していたから、いつも通りで。あなたのお嫁さんにはなりませんと一度もきちんと、面と向かって伝えなかった。ごめんなさい」
ピオニアは本気で低頭した。
「いや、それは私の罪でもある。ピオが城に入れてくれることに優越感を持った、お茶も食事も共にしてくれるなら、それだけでも幸せのように思えた。私ではだめなのだと認めたくなかった」
「聖燭台会議に行ったの」
「え?」
「ジーニアンは私」
「あの、覆面殿?」
「ラドローに見破られて」
ピオニアの横でルーサーは、肩を落として両手で顔を覆った。
「私は本当に浅はかだ。物事の表面しか見えない。覆面をすればピオもわからない。病痕ができたらラドも見失うのか」
「私が悪いの。覆面なんて必要なかった。ピオニア姫として、レーニアを代表して会議に出れば良かったの。女だからあなたに認めてもらえないかと怖気づいたのは私のほう」
「ピオが聖燭台会議に出ると云ったら、私は、やはり止めたと思う。まだその頃は、国の代表は男で王族だと思い込んでいた」
「あなたと意見が違うからこそ、私は自分を偽ってはいけなかった。私そのものを見てもらわなきゃいけなかったの。十代の反抗期に親の目を盗んで外出するみたいにバカなことだわ。あなたを説得できないで、他国の代表と渡り合えるわけないじゃない。あなたを敬愛しているからこそ、きちんと筋を通すべきだった……」
ピオニアは娘に目を落としてから続けた。
「これが私の間違えたこと。私がレーニアの代表として間違えたことだから、みんなの生活を取り戻すのは私の責任です。ここからやり直させて下さい。それだけできれば、統治は大統領に任せられる。ルーサー王、お願い致します……」
ピオニアは娘の上に覆いかぶさるように頭を下げた。
ピオニアが頭を上げる前に、ツゲの生垣の陰から男が飛び出し、ルーサーにのしかかった。
ルーサーはしきつめられた舗石の上、背中側に倒れたが、男の喉元に短剣を当てていた。
「何だ、ちっとも衰えてないじゃないか」
「ラド、おまえか? ほんとにおまえ……なんだな?」
ルーサーは押し倒された姿勢のまま、ナイフを手から滑り落とし、ラドローの頬に触れた。
「こんな顔になってしまって」
「絞首刑にしようとしてた男がよく云うよ」
「会いたかった……」
「嫁さんの目の前でこんな体位で告白するのは止めてくれ」
不敵に笑うとラドローは転がって、段下の芝生の上に座り込んだ。ルーサーも上体を起こした。
夫が手放しの笑顔をピオニアに向けた。自分のよく知ったラドローの、ハンスの、ちょっぴりテレの入った笑顔。
そしてあの頃、聖燭台会議のテーブルの向こうから、「傾聴していいるよ」「尊敬している」「おまえの意見、最後まで聞かせろ」と響いてきた、優しく熱い瞳。
よそよそしさなど、どこにもない。
「私、この城には帰ってきたいけれど、対岸を治めるのがデルスじゃ、落ち着かないわ」
「アイツが足を引き摺るのはオレのせいだからな。アイツもオレがここにいるのは嫌だろうよ」
「メルカットも国民投票でもするか」
「要らないって。おまえが戻れば丸く収まる」
「民間代表がいるほうがいい国じゃないのか?」
「違うよ、そんなこと誰も云ってない。メルカットにはメルカットに最適の形がある。おまえは早くからアストールに自治を許して周囲ともうまく折り合いをつけていたじゃないか。国民の意見を聞くしくみがあるなら別に選挙でなくてもいいさ。まあ、今選挙しても、おまえが勝つよ」
「そうなのか?」
「アストールはそう云ってる。デルスの徴兵制はいただけない。『ロボットみたいな軍人に使われるロボットみたいな兵隊は嫌だ。人間味あふれるルーサー王に帰ってきて欲しい。王はいつでも陳情を親身に聞いてくれた』などと云われているようだよ。軍人が大きな顔する国に平和はない。オルディカは牧場主、サリウは海の男、レーニアなんて軍人やるのは戦時下だけ、そう明言できるほうがいい国じゃないか?」
「デルスと燭台囲んで仲良くしましょって雰囲気にはなれないわ」
「私が王でいいのかな?」
「だんぜんいい」
「他にいないでしょ」
ラドローが改まった顔で云った。
「悪かった、酷い目に遭わせた。どうしても、コイツのことだけは譲れなくて……」
「それが恋っていうもんだろうよ……」
静かに微笑んだルーサーには、長らく恋に苛まれてきた年長者の貫禄があった。
「それにしても、どうしてこんなことになったんだ? ピオはピオだし、ラドはラドじゃないか。こうやって笑って話せるのに」
ルーサーの表情が軽くなる。
「みんな大人になって、背負うものが大きくなっちゃったのよ。私は政治なんて向いてないのに、この城と二百人の人々の生活を受け継いじゃったの。あなたたちふたりも、大国ランサロードをどうしよう、メルカットを良くしなきゃって」
「そうだな、ピオニアの云う通りかもしれない。大きなものを背負っていると思い込んでしまったんだろう。船大工も漁師もオレよりよっぽど男らしい、しっかりしたヤツらばかりなのに」
「そうそう」
ピオニアがからかって、ラドローは「妻ならそこで否定しろよ」という顔をした。
「私は王だからって何でも人より上手くできるような気がしていた。恋愛でさえも。それが大きな間違いだ」
「そうだな、こっちもだ。皆にさんざん迷惑をかけてしまった」
「ひとつの救いは一人も死者が出てないことだ」
「そうなのか? レーニアはそうだが、そっちも?」
「ああ、最初の海戦から海に落ちたメルカット兵は収容し、漂流した船は追いかけて保護してくれたじゃないか。全部、のし付けて返された気分だったが。レーニア・メルカット戦争で遺族年金の申請は一件もない」
「そうか、よかった。ありがとう……」
「ほらほら、私たち自慢の賢王ルーサーに戻ってちょうだい。仲良しだった幼馴染がちょっとケンカしただけでしょ。ルーサーはおバカさんのピオの留守におうちを守ってくれていた。ラドが戻ってきて仲直りしたからもう大丈夫。こんなちっちゃなことが、王族であるが故にこんがらがっておおごとになって、みんなに迷惑をかけたんだと私は思うのだけど?」
「引退して、ここでこのまま楽に暮らすわけにはいかないか? 私はかなりこの島が好きなんだが」
「だめね、いかないわよ。三十才で何云ってるの? デルスの手綱を取って、預かっていたレーニアはレーニア人に返したって宣言して私を助けてちょうだい。できたら多額の恩賞を与えて彼には東に帰って欲しいの。あなたがこの島が好きなのは知ってるわよ。だから私が欲しいのか、島が欲しいのか判断つかなかったんだから。前みたいにいつでも遊びに来ればいいじゃない」
「いいのか、来て? 会いに来ても?」
「いいと思うよ。仲良しなんだろう、オレたち。この城にオレたちが住むかどうかは知らないが」
「二百人が住めたんだから、三人くらい住めるわよ。レーニア大統領や大臣が何人できても」
ピオニアが云って、みんな笑った。
そこに女性の声がした。
「王、居間にお茶を用意しました。赤ちゃんはそろそろ中に入ったほうがいいと思います。どちらのお部屋にお泊りいただきましょうか」
「ああ、ありがとう。でもこの城の主人はこちらのおふたりだ」
ルーサーの身の周りをしてくれているのだろう、若い女性は目を丸くした。
幼馴染三人組は立ち上がった。
「ではルーサー王、ひとつ探し物があるのですが、きちんと保管してくださってますか?」
ラドローが冗談交じりに訊く。
「何でしょう、木こり殿」
ルーサーもおどけている。
「王妃さま手縫いのウェディングドレス。まだ着させてやってないんだ」
赤面したピオニアにルーサーが微笑む。
「ピオがしまったところにそのままちゃんとあるよ」
「さ、お茶にしましょう」
ピオニアはテレて話題を変えた。
「あのお茶を淹れてくれた方も一緒がいいんじゃないかしら? この島では、王だ、民だなどと云わせませんから」
ピオニアの言葉が風に乗って、中庭を踊っていった。
ー了ー
長い間、読んで下さり、本当にありがとうございました。
主人公たちの成長を感じてもらえれば嬉しいです。
また、男と女の頭の働き方の違い、みたいなものが漠然とでも出せていたら成功なんですが。
もちろん、どちらがいいといったことではなく。




