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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第十一章 目の前にあっても見えない答え
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困難を実感すれば


 舫い綱を解き港の防波堤を抜けると、フルクの船はまた帆一杯に風を孕んだ。滑るように水面を切っていく。

 こんなスピードで走っている船など、他には海上にいない。

 さすが、海の男の中の男だとハンスはただ眺めている。ほんの少しの風向きの変化を、ロープを引いたり緩めたりしながら操船する。たまに船の右側に座れとか左に寄れとか指示される。それ以外はただの荷物の気分でいろという云い方もフルクらしい。


「さあ、あれが問題の川だな」

 フルクが帆を一枚畳みながら顎で示した。

「オレ、オールなら漕げるぜ?」

 ハンスは提案してみたが船主は首を横に振る。

「おまえ、あちこち怪我してるだろ?」

 目を瞠ってしまった。

「脱がしたのか? 寝てる間に?」

 着ているのはフランキで手に入れた、紋無し略式の騎士服で、長袖長ズボンだ。

「バカ、動きにいつもの切れがないからそう思っただけだ」

 フルクといると何度バカと云われるかわかったものじゃない。


「海の船で川に入るのは難しんだよ。普通川船は平底だろ? 運河なんて棺桶みたいな箱船で往来する。海では浮く船が川では深く沈みこむのわかるか?」

「ああ、泳ぐ時でもそうだよな」

「だから喫水が変わる。瀬もあれば淵もあり水深が決まらん。その上、流れを遡らなきゃならない」

「大変そうだな」

「無理だと思ったらそこで下ろすから覚悟しろ。オレはこの船傷めるつもりはない」

「わかった」


 後ろから風を受けて、自分のくせっ毛が頬の横に遊ぶのが見える。この追い風があるうちに川を上がらねばならないのだろう。フルクは両手でオールを漕ぎ、たまに突き立てて川底を探ったりした。

 思ったより川幅があり流れが緩やかだとわかったのか、フルクはほっとしたようだ。


「ギリーがメルカット娘と付き合ってる。上手くいけば結婚してレーニアの西の浜に住む。パーチ夫妻はギリーの両親の振りをして同行するかもしれねぇ。そしたら、畑作やら羊飼いやらが入植しても助けあって生活できる。おまえ、メルカット人の隠れ蓑探して島に帰るとか云ってたよな?」

「ああ」

「何だよ、ノリが悪いな」

「うん、皆は帰れるだろうと思う、オレとピオニア以外は」


「何だ、それ?! じゃ、オレには意味がない」

 フルクは一瞬オールを止めたが、船が川下に流されるだけなのでまた漕ぎ始めた。

「姫さまにレーニアを返したいんだ」

「オレだってそうだ……」

「こないだ、そんなことは云ってなかったぞ? 船取りに行く前も後も」

「あの男がいる限り、オレたちは帰れない」

「あの男って? あの州知事か? 知ったヤツなのか?」

 ハンスは黙って頷いた。


「アイツも他の知事と同じで飽きれば逃げ帰るだろう?」

「飽きないし逃げない」

「殺すか?」

「そんなこと、オレにはできない」

「オレはできるよ?」

「ピオニアがさせてくれない」


「だが、考えてみればオレは元々余所者だし、ピオニアがレーニアを諦めるなら、オレたち抜きでみんなは島に帰って暮らせばいい」

「だから、そんなこと、レーニアの誰も望んでいない。それじゃ一緒じゃないか、ルーサー王に姫さま差し出してのうのうと暮らすなんて嫌だから、戦争になったんじゃないか! 姫さまのいないレーニアなぞ意味がない」

 フルクは苛立ちを力に変えて、オールを漕ぎ続けた。

「オレはピオニアを手放せない」

 ハンスは頭を抱える。


「あれは、あの男は、もしかして……ルーサー王か?」

「ああ、そうだ」

 ハンスは船底を見たまま低い声を絞り出した。

「おまえを絞首刑にしようとした男なんだな」


 ハンスはくいっと顔を上げて尋ねた。

「レーニアの船でなら、メルカット軍に勝てるか? 東国の海賊が作った船でもレーニアの技術があれば勝てるのか?」

「数が足らねぇ」

「フランキとサリクトラが援護してくれるとしたら?」

「それでも大型船が六隻は要る。造ってる間にもっと東国から持って来られたら、ついでに船乗りまで連れて来られたら、間に合わない」


「なんてことだ……。オレには先が見えない」

「レーニア船、サリクトラ船、それにフランキ船もか? それらで島を取り囲んで王様に出て行ってもらったとしても、その外回りを東国船に囲まれる」

「ランサロードでジンガが何隻船を造ろうが、敵もその分増えるだけだよな」

「それに、レーニアの男は軍人じゃない。船に乗って戦うのは戦時下ののみ。普段は好きなことしてのん気に島で暮らしたいんだ。取り囲まれたままなんて、まともな生活はできない」

「ああ、オレは何てことをしてしまったんだろう……」


「こら、煮詰まるな。湖に出たぞ」

 フルクにそう云われてやっと、辺りの景色が目に入る。見晴らしのいいゆったりとした湖面が広がっていた。思えばパラシーボ城から眺望することができる湖だった。

「まずは姫さまに会ってから考えろ。焦り過ぎだ。おまえもう、父親かもしれないんだろ?」

「だからだよ。守るものばかり増えて、その実オレが妻や子に何をしてやれるんだか……」


 斜めから照る太陽を水がちらちらと反射する。ハンスは目を細めて、できるだけ遠くを見やった。フルクは容赦ない。

「オレの前では情けなくていいから、姫さまには見せるなよ? まずは姫さまの体調はどうなのか、子どもは生まれたのか、元気なのか、それを確かめろ。全てはそれからだろう? おまえが独りで煮詰まっていいことなんて何もないんだからな?」

「ありがとう、こんなオレに優しくしてくれて。島の生活を壊してみんなに苦労かけているのは全部オレのせいなのに」

「バカ、悲劇のヒロインなんて似合わねぇ、図々しくしてろ。まず、姫さまを幸せにするのがおまえの仕事だ。おまえにしかできないんだぞ? 何が姫さまの幸せなのか、本人に訊け。そこからだ」


 船は湖を横切って、パラシーボ国王旗が掲げてある水門に近付く。担当役人は腕を振って何か合図を送っているが、フルクが理解できたのかどうかは定かでない。水位調節機能のある開閉門で、フルクはそれを見て取ると、通り過ぎて船を岸に寄せた。

「ハンス、降りろ。オレはこれ以上行かない。たぶん、運河は無理だ。それにオレが行くと姫さまは姫さましちまって、おまえに云いたいことも云えないかもしれないからな」

「ここまで来て、会っていかないのか? 城でちょっと休んでいくとかもできるぞ?」

「ガラじゃない。流れに乗せて海に戻って野宿したほうが性に合う。赤ん坊にも姫さまにも、今は会いたくない」

「そうか……、わかった、ありがとう」


 ハンスは飛び降りて水しぶきを上げ、フルクが投げた自分の荷物を受け取った。そして去っていく船を沈痛に似た気持ちで見送った。


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