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王族に生まれてしまったら  作者: 陸 なるみ
第十一章 目の前にあっても見えない答え
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フルクとの帆走は


「おまえ、冗談も大概にしろよ? オレの船はおまえの馬車じゃない。オレはおまえの従者でもない」

「もちろんだ」

 覚悟はしていたが、フルクの寝起きのお小言は簡単には収まりそうにない。

「どの頭からオレがパラシーボに行きたいなんて考えが湧くんだ?」

「会いたいかと思って」

「会いたい? おまえと姫さまの愛の結晶に? バカか」

「いや、産まれたかどうか知らない」

「はあ?」

「三週間ちょっと会ってないんだ」

「どこ、ほっつき歩いてたんだ? 姫さま初産で心細いに決まってるだろ?!」

「うん……」

 ハンスはうなだれる。

「孕ませておいてほったらかしってどういうことだ?」

 何も云い返せない。うつむいていると怒鳴られた。

「ほら、しゃきっとしろ。でかけるぞ」


 浜に向かうフルクの背を追った。

「怒られてもオレがフルクを好きなんだよな」と独り言を云いながら。

 並べた丸太の上を滑らせながら、漁船を海に出す。サリウとグザビエと乗ったものよりまだ小さい。

「ボートか?」

「小さくても帆が張れるのはボートとは呼ばねぇ。もう山風の時間だからな、結構船足が出る。振り落とされんなよ」

 そういうとフルクは帆の向きを操りながら、滑空するように内海に入っていった。


「この船でパラシーボまで行けるかどうかは知らないぜ? メルカットの東港までなら経験済みだ」

「信頼してるよ。東港から馬でもいいさ」

「東港より北はどんな海だか、そこいらにいる船乗りに訊いてから決めるから焦るな」


 船尾に座ったハンスの背中を西日が照らす。

「レーニア見るの久し振りだろ?」

 フルクが思いもかけない優しい声を出した。

 落日を浴びる島も城も宝石のように浮かび上がって見える。

「ああ、西の浜だな。城の天辺も見える。なんかもう、懐かしいな」

「あの城はオレの家だぁとか叫べよ」

「いや、そんなつもりはない。ピオニアはやっぱり城がいいのかな?」

「生まれ育った家だから、いいんじゃないか?」


「ん? あれ、何だ、人影か?」

 視力のいいハンスの目がそそりたつ岸壁の上に動くものを見つけた。ちょうど、メルカット軍が野営したあたりの丘の上から断崖絶壁に近付き、そのまま海と並行に歩いている。

 メルカットからの渡しが着く港に向けてなだらかに低くなっていく丘を、急ぐでもなく散歩しているという風情だ。

 フルク達の船は、海と島とに分かれていても、その人影に追いつき、追い越した形となる。

「前にも見たことがある。新しい州知事だと思うんだが」

 フルクが答えた。

 ハンスは口を手で押さえて、何も云わなかった。


 渡しの港を越え、レーニアの皆で作った石壁を見ながら船は進み、北山が後ろに過ぎて行った。

「レーニア、オレの島」

 そんな言葉がハンスの心を一杯にした。


 レーニアを過ぎ、船が北へ舳先を向けると、フルクは座ってオールを漕いだ。自然、顔を見合わせることになり、ハンスは話題を振る。

「なあ、二人寝しても子供ができない方法ってあるのか?」

「はああ???」

「いちゃつく度に子供ができてこんなにヤキモキしなきゃならないのか?」

「おまっ、いくつだよ?」

「二十九になるとこ」

「今さらバカなこと訊くんじゃねぇ」


「やっぱり作法があるんだな。オレは十五で許嫁ができて、式前にその作法を習う予定だったんだが、縁談のほうが壊れて、習わずじまいなんだ。さっき『孕ませておいて』って云っただろ? 孕ませない方法があるなら教えてくれ」

「カンベンしてくれよ。おまえ、故郷に何十人も子供がいるんじゃないのか?」

「いないよ」


「何だ、その自信は?」

「二人寝してないから。許されなかったんだ。酒盛りしてても時間になると部下がやってきて、寝室に連れて行かれる。見張りが付いてた」

「だからって抜け出すことだってできただろ?」

「初恋こじらせてたからかな、それともオレに母親の違う弟がいるせいなのかな、皇太子に子供ができたら相手の女は将来王妃だと云われて、それも重かったな」

 フルクはオールを漕ぐ反復運動を続けながら、じっとハンスを見つめた。

「姫さまが初めてだったのか?」

「そうなるな」

 答えておいて俯いた。狭い船の上で居たたまれない。


「そんな話を恋敵にしてしまえるから、鈍感でイライラすると云われるんだぜ」

「ああ、わかってる」

「オレじゃなくってエリオかシェルに訊け。カーニャは今でもソーセージ作ってるか?」

「イノシシが獲れる度に、何種類も風味を変えて、ハムやら干し肉やらパテやら」

「パラシーボにだって医者も肉屋もいるんだろう?」

「肉屋がなんか関係あるのか?」

「肉体のことは肉屋に訊け!」

 フルクが赤くなって声を上げ、会話は止まった。


「オレの初めては、おまえがレーニアに連れて帰ってくれたあの夜だ」などと云ったら、フルクは逆上しそうだ。

 二人寝の作法についてピオニアは、「アンナに習ったの」と頬を染めていた。寝室に引き込んだのは姫さんのほう。でもこの腕の中で丸まって震えていた……。


 ハンスは思い出を辿り、いつのまにか眠っていた。深夜になってからフルクは、船をメルカット東港に舫った。


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